fc2ブログ

イタリア徒然

イタリアに暮らしながら、各地のロマネスクを訪ねた記録

マスクの時代だった(リヴィーニョ)

2020年7月ヴァルテッリーナの谷(Covid明け)、番外編

旅の間に、リヴィーニョLivigno遠征をしました。

リヴィーニョって、知名度ないよね?
スイス国境のアルプス山中にあるリゾート、主にスキー・リゾートで有名で、同時に、免税地ということでも有名なんです。
私は初めての訪問だったので、興味津々でした。

valtellina 072

まずはともあれ、遠くてびっくりでした。
スイス国境は近いという印象を、勝手に持っていたので、すいすいと着くもんだと思っていたら、山道延々でした。
私の印象は、ティラーノあたりに突き出しているスイス領、有名なベルニナ特急の走っているところですね。そういう地形の印象があったから、泊まっていたあたりから2時間超もかかるとは思ってなかったんですよね。

valtellina 073

めっちゃ標高高い。
数年前に、フランス中央部で、知らずに2000メートル級の峠を越えてしまったことがあるんだけど、あの時みた車窓の風景と同じ。明らかに普通の標高の風景と違っていて、美しいのに民家がないっていう。当たり前のことなんだけど、フランスの時は、そんなに高い場所を走っているって気付いていなかったから、すっごく不思議な気持ちで走っていたんですよねぇ。

valtellina 074

途中、おにぎりピクニックをしたんだけど、5月末はまだ寒すぎて、風が吹くとブルブル、みたいな。お日様が照っていないと寒いのでしたよ。そんな陽気で歩く準備はしていなかったので、早々に引き上げ、町へ。

valtellina 075

普通の、なんてことはない山のリゾート地でした、笑。他と違うのは、免税店があることくらいかな。
タバコやお酒が、ちょっと安いのです。まだコロナ収束もしていなかったから、次にいつ会えるか分からないことを想定して、持ちの良いお土産、つまりお酒などをちょっとだけ買いました。

valtellina 076

夏は、免税のお買い物を楽しむために来る人も沢山で、それなりの人出でしたね。
ホテルも並んでいたけれど、全体にはこじんまりしたリゾート地。普通のお家が普通に並んでいるっていう感じ。
イタリアって、観光地化、得意じゃないよね。そこがいいっていうの、あるけどさ。

というわけで、イタリア北部の旅。
この頃は、コロナの関係で、海よりも人が集まりにくい山に人気があったんだよね。そして、州内でしか移動できないなどの禁足令もあったから、ロンバルディアでは、このヴァルテッリーナ地域は、かなり潤った地域かもしれません。

valtellina 077

山だし、リゾートだし、と油断している人もいるけど、ほとんどの人はマスク着用でした。そうだったよねぇ。ミラノ市内で、マスクしないでいたら、鉄拳制裁的な雰囲気があった頃…。
当時の名残の不織布マスクが、今も手元に残っているけれど、本当に嘘みたいな日常がありましたね。

さて、次はどこに行きましょうか。
しばらくイタリア続ける予定です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
日々の生活をつづる別ブログ。そろそろ例年おなじみ、フオリサローネのレポートが始まってます。
イタリアぼっち日記

ブログランキングに参加しています。よろしかったら、ポチっとお願いします。
にほんブログ村 美術ブログ 建築鑑賞・評論へ
にほんブログ村

にほんブログ村 海外生活ブログ イタリア情報へ
にほんブログ村

インスタグラムに、これまでのロマネスク写真を徐々にアップしています。
Instagram, Notaromanica
スポンサーサイト



テーマ:イタリア - ジャンル:海外情報

  1. 2024/05/14(火) 17:05:42|
  2. ロンバルディア・ロマネスク
  3. | コメント:0

美しすぎる緑と廃墟(コーシオ)

2020年7月ヴァルテッリーナの谷(Covid明け)、その7。

この谷最後の訪問地は、実は、同年5月ごろに訪ねています。日帰りで、行ったような気もします。

valtellina 057

コーシオCosioのサン・ピエトロ、サン・ピエロ、サン・マイオーロ修道院教会、またはサン・ピエトロ・イン・ヴァッラーテ修道院Chiesa e il monastero benedettino dei Santi Pietro, Paolo e Maiolo (Abbazia di San Pietro in Vallate)です。

三人もの聖人に捧げられているようで、名前が長すぎますけど、大体、サン・ピエトロ・イン・ヴァッラーテが通り名のようです。

まずはロケーションのおさらいです。

valtellina 056

左に見える湖はコモ湖ですから、ヴァルテッリーナの谷の、入り口に近い場所にあります。
ついでに、サン・フェデリーノに印をつけてみました。というのも、ヴァルテッリーナの教会では、あの小さなかわいらしい礼拝堂への言及が、大変多く見られまして、距離的なものだったり、興味がそそられたものですから。
サン・フェデリーノはミクロといってよいサイズの礼拝堂ですが、どうもその建築スタイルが、結構この辺の教会建築の元みたいになっているような様子です。要は、時代が古くて、この辺りの建築としては最古みたいになっているということなのかな。

ご参考までに、過去記事をリンクしておきますね。

https://notaromanica.blog.fc2.com/blog-entry-2150.html

valtellina 058

さて、教会は、クルマをコーシオの村に置き、気持ちの良い緑の道をちょっと登ったところ、緑のただ中にある廃墟です。
廃墟といっても、その残り方が素晴らしくて、緑の中にポツンとある状況もあり、どこから見てもフォトジェニックこの上ないお姿です。

valtellina 059

まさに修道院にうってつけのロケーションですよね。
周囲には、石壁の基部などがありますので、おそらくそれらは修道院の建造物の一部ではないかと想像します。

valtellina 060

歴史は古いです。

「1078年、Isola ComacinaのオットーOttoとボニーツァBonizaは、クリュニーに、”コースとロボレダムに隣接する町”の9つの領土を寄贈した。それらは平地や草原、森が混ざった場所で、そこに、サン・ピエトロ、サン・パオロ、サン・マイオーリに捧げられた教会の建設が始まった。それが、Vallateの修道院であったとされるが、Pontidaの修道院に従属するものであったなど、諸説ある。」

クリュニーの創設は910年で、そこから170年後のお話となります。
11世紀から、18世紀終わりごろまで、なんだかんだと生き延びていたらしいですが、色々な修道院に従属するなど、独立性を失っていった挙句、放棄されたということのようです。
20世紀初頭から、修復が始まり、廃墟として完成度の高い現在の姿として修復が完了したのは、2002年ということです。
1800年代の終わりに、グリエルモ・フェリーチェ・ダミアーニという詩人が、廃墟に興味を持ったことで、注目を集めるようになったとあり、そういったちょっとしたきっかけで、幸いにも救われる歴史というのものあるのは、今も昔も同じ。まったく存じ上げない詩人さんですが、それなりに影響力のある方だったのでしょうね。心より感謝したいと思います。

さて、解説を見ていきたいと思います。

「教会のうち、南側の外周壁のかなりの部分が残っており、後陣のある主聖域と、もともと後陣のある小聖域の上の北にある鐘楼が残っています(後陣の両端が残っています)。
教会の南の壁は、さまざまなサイズと色の地元の石のブロックで作られています。下部には大きなブロックが入っています。強力なものは、門の側枠とアーチトレーブに使用されるもので、その上にアーキボルトが装備されており、ルネットを形成し、主要な横壁からのアクセスを構成します。」

valtellina 061

「アーキボルトのすぐ上には、一連窓があります。後陣には 3 つの一連窓と丸窓 (北側) が装備されており、完全に修復された半柱によって垂直のフィールドに分割されています。」

valtellina 062

valtellina 063

「3 つの半円柱はぶら下がりアーチのフレームの下で中断されています。「オオカミの歯」のモチーフ(レンガの三角形)は、後陣のアーチの下と「のこぎりの歯」の列の下に 2 列で表示され、例外的に後陣の台座にも表示されます。」

valtellina 064

「これは、とりわけ、他の 2 つの壁と比較して、東側と南側の壁の表面 (S. フェデリーノ ディ サモラコのように) が回廊から見える部分が視覚的に出現していることを証明しています (ただし、西の外周はもはや存在しませんが、北側のものは崖に露出しており、最小限の部分が保存されていますが、技術的にははるかに貧弱であるようです)。」

valtellina 065

「内部の主な聖域は、後陣の前にある 2 つのトンネルヴォールト (160 センチメートルと 80 センチメートル) で覆われており、したがって後陣は 3 つの同心円状のリングで西に面しています。
これらの最も外側の端は、教会の南側の壁と鐘楼によって隠されています。これは、主要なトンネルヴォールトが壁の空洞のように鐘楼の角の後ろの北に落ちており、小さな後陣によって支えられていたことを意味します。」

valtellina 066

「1 階の鐘楼は、オリジナルの交差ヴォールトの 4 つの周囲アーチを際立たせています。
西に向かって開いたアーチと対称的に、東の横アーチが後陣の南側の攻撃に型破りな方法で重なっています。2 つの後陣は段階的に深さが異なるため、小さい方は主聖域の 2 つの小さなトンネルヴォールトに対応してそれらを支えていました。」

これは、正直よく分からない説明なんですが、おそらく、鐘楼の下部は、ヴォルトで閉じられていたのかな。

valtellina 067

そのヴォルトを支えるアーチ構造の跡があるっていうことなのかな。建築も門外漢、つまり無知なため、字面だけで訳していると、意味不明、はよくあるパターンです、スミマセン。

「鐘楼の東側の外壁を読むと、後陣のタンパンのようなもの(中央にオクルスがある)がもともと予見されており、それがその後上の塔の壁に組み込まれたという明確な印象を受けます。したがって、後陣は塔の前から存在し、その後すぐに塔の上に重ねられました。」

valtellina 068

これが、鐘楼の東面です。

「鐘楼の南の外壁には三日月形アーチの右半分があり、もともとは角柱 (または半角柱) に似たものの上にありました(2枚上の、内陣を見る角度の写真が、鐘楼の南面となります)。
これはさまざまに解釈されていますが、おそらく、2 つの身廊と 2 つの後陣を持つ教会の元の計画を示しており、おそらく建設中に塔を重ねて変更されたものであると考えられます。
大きなアーチの西側の落下点と西側の周囲との間の距離が 7 m であれば、2 つのより狭い柱間スパンが可能になります。大きなアーチは明らかに修道院の内陣を識別し、西側の小さな柱間は典礼的な意味での「身廊」でした。
2つの身廊を持つ類型学は、クリュニーの文脈では珍しいですが、コモ地域、より一般的にイタリアではそうではありません。」

全体像が分かるでしょうか。

valtellina 069

これが、ちょっと引いた内部の全体像です。鐘楼の南壁は、本堂の北壁になっていたのですかね。ただ、本堂と鐘楼の建設には時差もあるようですから、どういう順番で、オリジナルがどうだったかは、なかなか分かりにくい状態のようです。

valtellina 070


まぁ、そんなことは置いといても、実に美しくて、癒される廃墟であることは間違いなし。
初夏という季節に訪ねたのも、おそらくよかったと思います。

valtellina 071


すぐ近くの林に、たわわに実っていたサクランボ。
高い位置にしか実がなくて、落ちていた枝を投げたり色々トライしたのですが、笑、まったく取ることが出来ませんでした。これは拷問だ~、涙。

今年、3月末、そして4月末に、イタリア内をドライブ旅したのですが(もちろんロマネスク目的です)、春から初夏というのは、緑が鮮やかで、花もあり、風景を愛でるにはベスト・シーズンと思いました。そして、イタリアの風景の美しさというのは、改めて、感動レベルだと実感しました。
道はひどかったりするんですけどね、笑。

というわけで、ヴァルテッリーナ谷のロマネスク巡り、終了です。
最後に番外編を一つやっときます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
日々の生活をつづる別ブログ。そろそろ例年おなじみ、フオリサローネのレポートが始まってます。
イタリアぼっち日記

ブログランキングに参加しています。よろしかったら、ポチっとお願いします。
にほんブログ村 美術ブログ 建築鑑賞・評論へ
にほんブログ村

にほんブログ村 海外生活ブログ イタリア情報へ
にほんブログ村

インスタグラムに、これまでのロマネスク写真を徐々にアップしています。
Instagram, Notaromanica

テーマ:art・芸術・美術 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2024/05/12(日) 11:43:37|
  2. ロンバルディア・ロマネスク
  3. | コメント:1

周辺事情を深掘り、いや、浅掘りしてみた(ティラーノ その2)

2020年7月ヴァルテッリーナの谷(Covid明け)、その6。

ティラーノTiranoのサンタ・ペルペトゥア教会Chiesa di Santa Perpetua、続きです。

valtellina 054

解説を読んで、気になるポイントがいくつかあったので、深堀、まではいきませんが、ちょっとだけ考察したくなりました。

「サン・ペルペトゥア(若きカルタゴ人で、皇帝セプティミウス・セウェロスSettimio Severo時代の迫害により、同志フェリチタと共に殉教。そのレリックは、10世紀にフランスのVierzonに運ばれた)の、中世における外国人及び巡礼のための無料宿泊所は、ポスキアーヴォの谷、さらにベルニナ峠へと続く道沿いにあるが、その教会が、訪問を受け入れる施設のわずかな一部とともに、生き延びたもの。
教会は、ティラーノの町を守るための支線に孤立して立っており、眼下に広がる平地を見下ろし、ここには1500年代初頭には、聖母を祭る礼拝堂が建てられていた。
小さな建物で、後陣一つの一身廊と鐘楼があるだけ。」

という、なかなかに簡潔な解説を手持ちの専門書に見つけましたので、記したわけですが、短文の中に興味惹かれるポイントが多くて、ロマネスクには関係ない歴史などにも目を通したくなってしまいました。

1.ローマ皇帝
そもそも、世界史をちゃんとやっていないし、イタリアに暮らしているのに、ローマは早々に飽きてしまったので、結局現場主義的な歴史すら追っていない有様で、ローマ史の知識はかなり限定的です。そのため、超有名な皇帝、主に、重要な建築遺産などを残している人くらいしか知らなかったりするので、ここで出てきたセウェロスなど、聞いたこともない皇帝でした。
ウィキによれば、カルタゴ出身ということで、このペルペトゥアさんとの、何か因縁があったのかもしれないと思わされたり、また、かつてチュニジアを旅した時に、カルタゴの立派な遺跡を訪ねましたが、あれとも関係があるのかと思ったり。実際にチュニジアを訪れるまでは、カルタゴは字面でしか知らない土地だったので、こんな場所だったんだという驚きがありました。

「皇帝セウェロス
ルキウス・セプティミウス・セウェルス(ラテン語: Lucius Septimius Severus、146年4月11日 - 211年2月4日[1])は、ローマ帝国の皇帝(在位:193年4月9日 - 211年2月4日)である。セウェルス朝の創始者であり、アフリカ属州生まれ(属州民ではない)の皇帝となったカルタゴ人である。」

ちなみに、アウグストゥスが皇帝となってのが紀元前27年なので、帝国が軌道に乗って、皇帝の地位も安定した頃となるのかどうか。ざっと見ると、数少ない自然死をした皇帝のようです。

「宗教政策においては、キリスト教の信徒がアレキサンドリアで増加傾向にあったため、197年もしくは198年には大規模な迫害政策が行われた。」

ちなみに、キリスト教が公認されるのは300年以降となるので、この頃は迫害たけなわ。殉教によって、聖人の大量生産時代となるわけですね。それだけ恐れなければならな程に、キリスト教が浸透していたということにもなります。
しかし、100年スパンで迫害し続けたということは、なんだかすごいなぁ。ローマ時代って、今とは時の流れが圧倒的に違うってことですよね。そもそも、一つの帝国が、何世紀にもわたって繁栄をつづけたという事実は、常にどこかで戦争があって、自然災害があって、政権交代は頻繁に起こる不安定な現代においては、さらにすごいことだと感じます。
迫害する方も、される方も、覚悟が違うっていうのか、夢見る未来の視点が、今とは全然違うのかな。どっちにしたって、100年ももたないよ、現代じゃ。
そういう色々を考えると、ローマって、やっぱり研究したくなっちゃうんだろうなぁ。

2.巡礼
カルタゴ出身の方が、なぜにこのような山間部で巡礼宿をやっていたのか、という点もまた、興味をそそります。
そしてまた、巡礼というと、キリスト教が公認され、人々がある程度豊かになった中世以降盛んになったという印象があり、後任前に巡礼があったの?という点にも、驚かされました。
この点も、ネットで検索してみたところ、キリスト教初期の時代から、エルサレム、ベツレヘム、ナザレなど、いわゆるガチ聖地を訪ねる巡礼はあり、最も古い記録は4世紀に遡るとありました。
それにしても、公認されていない時代は、あらゆる迫害のリスクもあったわけで、そういう中で宿を営んだり、実際に巡礼が歩いていたり、なんだか熱いですよねぇ。だからこそ、このような立地で、このような施設があったのかとも思われます。
中世の巡礼は、ちょっぴりは伊勢参り的な部分が無きにしも非ずではあったかと思えるのですが、初期キリスト教の時代に、そんな余裕はないはず。どういう人々が、このような道を歩いていたのかと思うと、想像力めっちゃ掻き立てられます。

3.レリック
さらに、ペルペトゥアさんが、フランスに運ばれたこと、それが、つい最近までレポートしていた、私が2019年に回ったサントル地域の町であるということにも、驚きました。
例によってググってみると、解説にも出てきた同志のフェリチタさんと一緒に、最初はチュニジア、要は出身地であるカルタゴに運ばれ、そこで埋葬されたようなのですが、その後903年までに、まさにヴィエルゾンの町にあるノートル・ダム教会に運ばれ、奉られたとありました。なるほどね。
中世の、「おらが村にもレリックを!」というキャンペーン的なレリック狩りみたいな時代に、どさくさで探し出されて、きっと強奪状態で運ばれたという一連のレリックの一つというわけでした。
それにしても、両人とも、故郷で安らかに眠りたかったのではなかろうか。カルタゴって、海辺で開放的な美しい土地なのに、ヴァルテッリーナにしても、今お眠りになっているヴィエルゾンにしても、海なんて見たこともないような人々の土地ですもんねぇ。
ヴィエルゾンのノートル・ダム教会で検索すると、ペルペトゥアさんのレリックの写真を見ることが出来ました。

といった、低レベルの考察でしたが、素人だからこそのこういう広がりが楽しいものです。中性子をやっていると、ローマとの乖離が激しかったりするのですが、実は聖人を介して、つながったりもするというのは、結構発見です。

valtellina 055

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
日々の生活をつづる別ブログ。そろそろ例年おなじみ、フオリサローネのレポートが始まってます。
イタリアぼっち日記

ブログランキングに参加しています。よろしかったら、ポチっとお願いします。
にほんブログ村 美術ブログ 建築鑑賞・評論へ
にほんブログ村

にほんブログ村 海外生活ブログ イタリア情報へ
にほんブログ村

インスタグラムに、これまでのロマネスク写真を徐々にアップしています。
Instagram, Notaromanica

テーマ:art・芸術・美術 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2024/05/07(火) 13:13:54|
  2. ロンバルディア・ロマネスク
  3. | コメント:0

恐怖の鐘撞労働(ティラーノ その1)

2020年7月ヴァルテッリーナの谷(Covid明け)、その5。

次に訪ねたのは、ドッソでのお散歩の後のティラーノです。ここは、忘れがたい経験をしました。なんでこんなことに?と困惑しながら汗だくで、ミサ中の教会を後にするなど、誰が想像したでしょう。

valtellina 039

ティラーノTiranoのサンタ・ペルペトゥア教会Chiesa di Santa Perpetuaです。

事前に、7月と8月の毎週木曜日、19時45分にミサがあるという情報を得て、ミサの前に訪ねることにしました。
かなり近くまで車道はあるのですが、クルマは町に置き、あえて、町からの急坂を上って、アクセスすることにしました。
ウォーキング仲間と行くときは、できるところでは、教会を訪ねることと、ウォーキングを組み合わせるようにしています。一人だと、どうしても目的的に、無駄無く回ろうという意識が強くなってしまいますが、本来は、少しは歩く部分を残してアクセスしたいタイプなので、ウォーキング・ファーストの教会巡りは、結構楽しいものです。

しかし、この坂道、確か30分程度の登りだったと思いますが、相当急角度の山道と石段で、かなりきつかったです。

valtellina 040

でも、このような棚田状態のブドウ畑を縫って歩くのは、癒しです。眼下にはティラノの町が広がります。
なかなかフォトジェニック、いやいや、今はインスタ映えっていうべき、笑、素晴らしいロケーションですよ。

valtellina 041

なんでこんな場所に、など、歴史的考察は後回しにして、まずは訪問です。

valtellina 042

気が逸って、18時過ぎには着いてしまい、周辺をうろうろ。最初の関係者が来たのは、19時20分ごろだったでしょうか。彼も鍵を待っており、その間、色々お話を伺いました。
そして、19時半ごろ、やっと鍵が来たので、飛び込むように入場し、後陣へ突進しました。

valtellina 043

後陣に、保存状態も良いフレスコ画があるのです。
12世紀、カロリングの影響もあるフレスコ画とあります。実際に、かなり状態がよく、夢中になって、壁に肉薄してしまいました。これからミサなので、明りがともされていたのですが、正直、絵を見るには適切ではなくて、残念ながら、撮影の結果は、あまり芳しくないです…。

valtellina 045

「壁には、2 つの一連窓が貫通しており、その壁には古代のレンガ造りの祭壇がまだ置かれており、建物が捧げられている聖人 (S. Perpetua と書かれたペイントで識別される) が、聖ペテロ(S.Petrus)と聖パウロ(S.Paulus)の間で、キリスト教初期にまで遡る図像に従って、正面を向いて祈る姿勢で腕を上げて描かれています。」

valtellina 044

valtellina 046

「ピエトロの右(向かって左)には、今日では識別不可な使徒が描かれています。一方パオロは、マッテオ(S.Mafeus)とユダ(S.Iudas)を伴っています。」

valtellina 047

valtellina 049

ちょっと世を拗ねたようにも見えなくもない、笑、奥のおっさんがパオロだと思います。

valtellina 048

「下の方には、大きな星で飾られた幕Velariumの絵。」

さて、解説には、
「半円後陣には、祝福するキリストの姿があります(おそらくアーモンドの中?)。」とありましたが、その痕跡は、確認できず。というより、する暇もなく、呼び出しを食らってしまったんですよねぇ。

valtellina 050

唯一、撮影していた半球部分はこれなのですが、かなり端っこですから、どうなんだろう。もうちょっとしっかりと確認したかったんですけどねぇ。

その前に。
「勝利のアーチにはもともと受胎告知がありましたが、後に同様の表現の絵画に置き換えられました。」

valtellina 051

残念ながら、明らかに時代が下っています。

自分の写真があまりよくないので、かなり申し訳ない気持ちになりますが、現物は、目にも鮮やかな部分も多くて、印象深いです。
なぜこのようによく保存されているかと言えば、実は1987年まで、何層もの漆喰の下に隠されていたんだそうです。その上、気候もフレスコ画にはよさそうですからねぇ。でも、もっと他の部分にもあった可能性は否めず、そこは残念ということかな。
解説には、以下とあります。

「この谷における表現文化的および建築的文化の保守的な特徴を考慮すると、建物の年代は、ここにかかわる最初の文献 (1181 年)によって証明される次期とそれほど変わりません。これは、絵画が完成された時期にも当てはまります。」

12世紀ですが、もうちょっと早い時代のテイストが感じられますよね。現場の解説でもカロリングと言及があるくらいですし。やはり山間部だし、流行の伝播が限られていたというやつですかね。

というわけで、このフレスコ画の肉薄見学は、10分ちょいで、呼び出し食らって、断ち切られちゃったんですよ。
鍵を待っている間に、おしゃべりしていた教会守りさんが、奥から出てきて、ちょっと来いや、というので、お、なんかお宝でも見せてくれるのか?と期待したところ、脇の方に入って行って、はい、君はこれ持って、君はそっちをもって、はい、力一杯引っ張って!

は?なになに?と身体と頭が状況を認識する前に、カラーンカラーンと鐘が盛大になりだしたよ~、ってか、ならしているの俺たちだよ~!!!

実は、教会が開く前に、この鐘はいい鐘で、音もよいんだよ、とユーチューブを見せられました。めったに効けないよ、ミサの時しか鳴らさないから、と。
ミサは、夏の二か月、週に一回だし、確かにレアだよね。それは楽しみだね~とか言ってたの。
まさか自分たちに労働が課されるとはねぇ。

確かにレアだった。
鐘の真下で、綱に引っ張られて跳ね上がりながら、気が狂いそうな状況だったし、レアはレアだけど、音色が美しいとかどうとか、そんなのわかりゃしなかった。マジ、すごい重労働。自動鐘つき器製作した人、天才だと思う…。

valtellina 052

でね、もう死ぬかもしれない、という限界レベルで、やっとおじさんが停めに来てくれて、汗ぐっしょりのくたくたで、鐘楼の下から本堂に出たら、小さいスペースは、ミサの参加者でびっちびちに満員で、皆の好奇の視線が痛いほど集まりました。向こうもびっくりだよ、いきなり東洋人二人が髪振り乱して出てきたんだからさ。
もうね、ミサに参加するとか写真撮るとか、そういう選択肢なくて、なんだかきまり悪くて、逃げるように退散しました。なんでか分からないけど…。

というわけで、その美しい鐘の音に興味がある方は、地味にユーチューブに上がっているので、試してみてね。今、4年ぶりに検索したけど、なんか出てきて、私が楽しむことが出来なかった、きれいな音色でした、笑。

valtellina 053


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
日々の生活をつづる別ブログ。そろそろ例年おなじみ、フオリサローネのレポートが始まってます。
イタリアぼっち日記

ブログランキングに参加しています。よろしかったら、ポチっとお願いします。
にほんブログ村 美術ブログ 建築鑑賞・評論へ
にほんブログ村

にほんブログ村 海外生活ブログ イタリア情報へ
にほんブログ村

インスタグラムに、これまでのロマネスク写真を徐々にアップしています。
Instagram, Notaromanica

テーマ:art・芸術・美術 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2024/05/05(日) 13:01:57|
  2. ロンバルディア・ロマネスク
  3. | コメント:0

秘密ではありますが、ちょいと観光的な(マッツォとドッソ)

2020年7月ヴァルテッリーナの谷(Covid明け)、その4。

次は、ちょっと番外編的なものになります。
このときの旅、まぁ旅というほどのものでもなくて、全然メモとかしてなくて、なぜここに行ったのか、正確な記憶がないんだけど、確か教会かお城か、時間があれば見てもいいかな、というものがあったんだと思うんです。
それで、前回ロヴェロをさらに少し北上した村、マッツォ・ディ・ヴァルテッリーナMazzo di Valtellinaまで行きました。

でも、町から遠い場所にあるらしく、全然分からなくて、道端に停車したんですよ。

valtellina 030

確か駐車禁止になっている猫額のスペースだったので、エンジンも止めずに友人とどうしようかと話していると、軽トラみたいのが入ってきたんです。
いかにも地元民っぽい二人の青年が出てきたので、ちょっと聞いてみよう、と行こうかと思っていた場所のことを聞いたんじゃなかったのかな(恐ろしいほどのうろ覚え。それにしても、なぜ、行くかもしれなかった場所のメモすらないのか不明)。そしたら、行っても開いてないとか、そもそも私有地だから近くにもよれないような話をされたんだったんじゃないのかな。他の何かの記憶と混じっているかもしれないけれど、いずれにしても、行くのはやめたんだから、そういうような話だったはず。
で、そんなところ行くなら、お庭を見ていきなよ、とお庭に誘われたんです。その、駐車しているスペースから入れるお庭。

こっちはおばあちゃんと呼ばれる日も近いような年齢の女子二人とはいえ、相手はイタリア人男子二名だし、一瞬躊躇したけど、空気がね、あまりにも緊張するようなものではなかったので、それでは、と付いていくと、石垣の中が、すぐにお庭だったんです。

なぜ?っていうくらいに、全体の写真を撮ってなくて、びっくりしちゃうんだけど、実に美しいお庭だったんですよ、狭いけれど。案内してくれた人たちは、雇われ庭師か、またはオーナーさんだったのかもしれない。

valtellina 031

どの季節にもお花があるように考えられて、そしてとてもきちんとケアされていて、夢のようなお庭。

valtellina 032

7月だったから、スイレンやアジサイなどが美しく咲き誇っていました。

valtellina 033

valtellina 034

今、場所を特定しようと思ってグーグルを見たら、「秘密の花園Giardino Segreto」という名前で登録されていたので、びっくりしました。オーナーさんが、理想のお庭を造ろうと思って、庭師にまでなってケアしたお庭みたいなことが、検索でも出て来ました。
私有地だけど、と言いながら案内してくれた人たちは、やはりオーナーさんだったのかもね。自慢したい一心で誘ってくれたんだろうな、みたいな様子でしたけど、自慢するだけのお庭でした。ベンチやハンモックがあって、木陰も作られていて、こんなお庭があったら、休日もどこにも行きたくなくなるかもねぇ、というレベルです。

お花には詳しくないけれど、緑は癒されますし、美しいお花を見て嬉しくならない人はいないですよね。楽しい経験でした。

そして、もう一つの目的の教会に移動するんですが、その前に、もう一つ番外のお散歩。

valtellina 035

ドッソDossoという村の、城塞跡CastellaccioまたはCastello di Santa Mariaのあたり、お散歩してみました。
古い城塞ですが、15世紀のものとありましたので、思ったよりは新しいし、その割に損壊が激しいのは残念ですね。

元々ティラーノの町を囲む城壁の一部だったとかそういう建造物らしいです。歴史遺産としても、あまり重要視されておらず、こんな状態になっちゃったらしいですが、これがあることで、風景に歴史が可視化されて、醸し出されるものがあります。

valtellina 036

ティラーノの町を見下ろすちょっとした高台にあって、気持ちがよくて簡単なお散歩道です。リンゴ畑を通り抜けたりしてね。

valtellina 037

お散歩も、ただ漫然と道をたどるより、目的があった方が楽しくないですか?私は目的派です、笑。
コロナ後は、通勤でウォーキングしていますが、それ以前は、運動として週末に10キロとか歩いていて、公園の池にいる亀への餌遣りとか、小さい飛行場とか、自転車競技場とか、グミの実採取とか、その時々で目的をもって歩いていました。そうでもないと10キロ歩くのはつまらない。
旅先でのお散歩も、ついつい目的を入れてしまうタイプです。だから、こんな残骸状態でもね、お城あるんだ、じゃぁ行ってみようか、ってなりやすい。

valtellina 038

ヴァルテッリーナは、全体が谷と山の地形なので、歩く道は沢山あります。
でもこの時は、軽くこのお散歩くらいだったかな。
いや、このティラーノの町の教会へのアクセスで、そういえばゼエハアしたっけ!

それは次回。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
日々の生活をつづる別ブログ。そろそろ例年おなじみ、フオリサローネのレポートが始まってます。
イタリアぼっち日記

ブログランキングに参加しています。よろしかったら、ポチっとお願いします。
にほんブログ村 美術ブログ 建築鑑賞・評論へ
にほんブログ村

にほんブログ村 海外生活ブログ イタリア情報へ
にほんブログ村

インスタグラムに、これまでのロマネスク写真を徐々にアップしています。
Instagram, Notaromanica

テーマ:博物学・自然・生き物 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2024/05/03(金) 13:51:16|
  2. ロンバルディア・ロマネスク
  3. | コメント:0
次のページ