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イタリア徒然

イタリアに暮らしながら、各地のロマネスクを訪ねた記録

自慢気な職人さんたちの仕事(モワサック その5-タルン・エ・ガロンヌ82)

2017.08.ミディピレネー及びオーベルニュはカンタルの旅、その106

モワサックMoissacのサン・ピエール修道院教会Ancienne Abbaye Saint-Pierre、続きです。

回廊、前回は、角っこに注目しましたが、今回は、ずらりと並ぶ柱部分を見ていきます。

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ぱっと見でも、ボリューム感って、分かりますよね。
東西南北の四面、それぞれにずらりと円柱が並ぶこと、何本になるのでしょうか。柱頭は、合計で76ということですが、円柱は、シングルとダブルが交互に置かれているので、76本よりは相当数が多いことになります。

それら円柱は、おそらく古代遺跡から持ってきた素材の再利用ということらしいです。このサイズ感なら、再利用もやりやすいはず。灰色、ピンク、紫、緑または白の大理石ということです。普通に考えれば、ローマの遺跡なんだろうかと思うのですが、それぞれの起源がたどれれば、面白そうな気がします。全部が一か所からきているということはないでしょうし、もちろん地域原産の大理石もありそうな気もしますしね。そういう研究をしている人はいるんだろうな。

さて、話を戻しまして、柱頭ですが、これは、石灰岩または大理石が素材となっています。円柱がシングルの場合とダブルの場合で、柱頭の様子は違ってきます。

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柱が一本だと、そこがきゅっとしまったシャープな逆三角形になり、二連柱の場合は、底辺がゆったりした台形になるということです。
いずれにしても、普通の柱頭のイメージよりは逆三角形のインパクトが強く、一つの解説には、「モワサック独特のもの」とありましたが、この結構シャープな逆三、私は南チロルのチロル城を彷彿としました。
チロル城は、お城ですが、ロマネスク時代の彫り物のすごいのがたくさんあって、窓に置かれた円柱状の柱頭が、もうちょっとゆりかご的な丸みがあったかもしれませんが、逆三角形的なスタイルだったのでは。
研究者に反論するわけではないですが、そして他の記事でも言及したかと思いますが、フランスは中世研究が最も進んでいる国ですが、自国にあるもの中心で、なんでも、フランス起源とか、ここにしかないとか言いたがる傾向が強いようなので、あまり当たり前のように、「モワサック独特」とか言われると、眉唾な気がしちゃう天邪鬼なわたくし、というわけです、笑。

また、話を戻しまして、全柱頭76のうち46に、聖書や聖人のエピソードが表されているということです。
手元に、回廊図とそれぞれの柱頭のテーマが書かれた図版があるのですが、なんか、置かれ方が順不同な様子もします。そんなこともないのかな。

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本堂から最初にアクセスするのは、西北角となりますが、その西側回廊。最初にアブラハムの犠牲があり、そのいくつか後にあるのが、ダニエルさん。このダニエルさん、手、特に指の部分が、縮尺的にやけにでかいですよね?もしかして、シザー・ハンズ状態の何かかと思って、拡大で見直してしまいました、笑。普通に手、でした。指の繊細さを強調したかったのかな。
もとい、裏側には、羊飼いのお告げ。

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解説によると、この二つの場面が、一つの柱頭の面に彫られているのは、御托身の謎について考えるよういざなうもの(托身、受肉=三位一体の子なる神が、キリストという人間性を取ったこと)、ということです。ダニエルの人生は、キリストのそれの前兆で、ダニエルが預言した救世主の出現が、天使によって羊飼いに告げられました。
このお告げで、天使が、十字の記された円盤みたいな、なんというか、おはじきの大きいやつっていうか、なんかそんなのを差し出しているんですよね。受肉したキリストの出現を具現化する印とかなんとか。そういうもんなんですね。

かと思うと、こんな柱頭があります。

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解説「人と幻獣。裸の男の姿は、図像学的には古代の彫像を彷彿とさせる図像だが、二羽の鳥を別々に抱え込んでいるが、それら鳥の尾じゃ、まるで蛇のように、ぐるぐるしていて、男に巻き付ています。シンメトリーは完璧で、図像の構図が、柱頭のスペースにぴったりしています。ぎっしりと彫りこみがあるわけではなく、何もない背景と彫りこみ部分のバランスも良く、この前にある一連の柱頭とは異なるテイスト。」

聖書とか無関係で、寓意的なものを、柱頭のスペースを考慮して、デザイン的に施した職人的な仕事だということになるのかな。

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職人的な仕事といえば、このタイプなんか、典型ですよね。すごい技術力を誇っている様子です。

なんとなく、普通はもうちょっと、旧約があって、新薬があって、変な内容のがあって、みたいなイメージなんですが、ここは、割と順不同な様子が感じられたわけなんですが、全体で見ると、それなりに統一感はあるのかなぁ。
数があり過ぎるから、どうしても植物モチーフとかもたくさん入れないと、無理、みたいなこともあったのかなぁ。

細かく見ていくと、この項、一生終わらないと思うので、ちょっと気になるようなやつだけ、アップします。

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これは副柱頭の部分だと思いますが、独創的です。このぷっくりした顔はなに?
多分、同じ柱頭の他の面ですかね、副柱頭では、やはりぷっくりした顔を持つ天使がいて、本体は、これ、なんでしょう。アレクサンダーの昇天とかあるやつかな。殉教の図になるのかな、もしかして。

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ちょっと派手な演出で、やっちゃった感も感じられるんですけど。

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この副柱頭的な場所に置かれた天使ペア、他にもあって、なんかよい味です。
この柱頭は、「窯の中の三人のユダヤ人」というテーマで、各面、同じ様子なんですけれども、ダニエル書に書かれたエピソードらしいです。「三人のユダヤ人の若者が断罪され、生きたまま焼かれるという刑を王から受けたが、祈りによって救われた。中央には天にも届く火があり、火の脇に、祈る若い殉教者のあげられた手がある。天はまるで劇場の幕が上がるように現れ、アーモンドや王冠を持った天使が、現れる。この世の試練に打ち勝って、神への信頼を守り抜いたものには、永遠の命が授けられる。スタイルが、サン・セルナンで活躍した石工のものに酷似しており、とすると、11世紀後半のものとなろう。」

なんだかんだ、ここは、サン・セルナンと共通するものがたくさんあるということらしいです。
前回紹介した角っこの使徒の彫り物も、その後、サン・セルナンの浮彫を確認したところ、確かにまったく同じタイプでした。石工や工房の共通なのか、その時その時代に流行していたモチーフや技術だったのか、さてね。モワサックとトゥールーズ、距離的にはかなり近いですから、同じ人たちが働いていた可能性は、いずれにしても相当高いと思われます。

はっ。
一生終わらないといったばかりなのに、また解説を読んでいました。
もうやめて、自分の印象だけ、つづります。本当に一生終わらなくなるので。

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西郷どんに似た人。おなかの出具合も程よし。それにしても、柔軟性はすごいですね。こう見えて、開脚18度行けますよね、このおやじ。

おなじみの動物たちも、ちんまりとした彫りで、あちこちにいて、これは、拡大で見ると楽しいです。

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こういう細かいところを見ていくと、伝統的なものと、割とデザイン性の高いシンプルな線のものと、混じっていますね。柱頭の方も、そういう感じで分かれるようですし、これは、時代が結構混じっているということでもあるのか。色々謎もありますね。

ちょっと写真の数が多すぎて、とてもまとまりませんので、一旦切ります。これじゃ半端過ぎて終われません…。

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  1. 2021/06/20(日) 12:19:09|
  2. ミディ・ピレネー・ロマネスク 31-81-82-46-12-48
  3. | コメント:0

大きければいいってもんじゃなかろうもん!みたいな気がしてきました…(モワサック その4-タルン・エ・ガロンヌ82)

2017.08.ミディピレネー及びオーベルニュはカンタルの旅、その105

モワサックMoissacのサン・ピエール修道院教会Ancienne Abbaye Saint-Pierre、続きです。
この教会は、ロマネスク美術史上の金字塔の一つとなるのかとも思いますが、かといって、ここもまた他の多くの教会同様、すべてがロマネスク時代のものではないのですね。

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ちょっと見えにくいかと思いますが、黄緑の部分が、最も古い時代9世紀のものと、近代のものが混在しているらしい場所、薄いピンク(回廊の内側の四角形部分になります)が、11世紀から13世紀、赤が12世紀、水色は15世紀となっていました。
というわけで、見学すべきは回廊、そしてずんぐりとした鐘楼の部分となります。

前夜、ナイトツアーをあきらめた回廊、翌日のこの日は、時間もたっぷりあるので、朝から入場して、じっくりと堪能することができました。

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見学しがいのあるボリューム感が、見て取れるような壮観な眺めですよね。正直、あり過ぎだろう、と思います。ここまであるとね、もうどうしていいかわからず、とりあえず、足が止まってしまうというか、ひるむっていうんですかね。そして、次の瞬間にはやにわに覚醒して、アワアワ脈絡もなく撮影を始めたりしてしまうわけです、毎度です。
でも、ここはある程度冷静に行かないと、何が何だか分からなくなりますから、よゐこの皆さんは、焦らず落ち着いて、取り組んでください、笑。

上の写真は、回廊という表示に従って、最初にアクセスするポイントだと思います。このころ、インスタでよく、こういう角度の写真を拝見していたもんで、まねて撮ったやつです。

時間かかっちゃうんですが、読んでます、解説。ということで、受け売りで行きますね。今回は、ロマネスク知識欲を満たす記事となります、珍しくね。

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この回廊は、当時のヨーロッパでも最大級のもの(38mx41m、回廊は5m幅)。
北西の角に、大理石の水槽も持つ泉が置かれていたが、1780年には姿を消してしまったということです。回廊には、水場がつきもので、よくあるパターンは、中央部の井戸ですね。そして、中庭は、ハーブ園などの植物栽培に使われていたのではないでしょうか。
水場は、修道院にとっても必須のアイテムですから、考えたら、そこに置かれる回廊は最重要なスペースという位置づけにもなるんでしょうかね。

それにしても、これだけ広大なスペースだと、瞑想しながら過ごす修道僧が何人いても、交差することもなく瞑想にふけることができそうです。

この回廊は11世紀のものとなっていますが、これ以前に、おそらくより小さいサイズの回廊があったということのようです。サイズが違うということは、完全にスクラップ&ビルドということなんでしょう。
石灰岩、または大理石で作られた円柱、角柱、柱頭が、ロマネスク時代のもので、その後13世紀、時代はゴシックになった頃に手が入り、レンガによるアーチ構造が作られたということです。

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この、柱頭の上の部分だと思うんですが、この際、どういう形で工事が行われたのかは不明、となっています。
もともとの構造は、おそらくレンガではなかったんでしょうけれど、でも構造的にはやはりアーチでしかありえないわけで、でも、なぜそれほど大規模な工事をしたかったんでしょうかね。
さて、その後は、近代になり、革命とか戦争の時代、宗教とは無関係な使われ方をした時代もあったそうです。硝酸工場とか、騎馬軍団の宿舎とか…。広さがよかったということなんでしょうけれど、当然そういった使い方によって、傷みが進んだということ。19世紀後半から20世紀に、それぞれ大規模な工事があり、戦後の20世紀における工事で、かなりオリジナルの姿が取り戻されて、今がある、というのが、大まかな歴史ということになります。

まずは、構造のかなめとなる、四つの角にある角柱部分から。
ここには、回廊の方に向けて、それぞれ二人ずつのペアで、使徒の姿が彫られ、計八体のフィギュアを見ることができます。

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これは、サン・アンドレア、北西角の北側にいます。そしてお隣には、サン・フィリッポ。

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御親切にも、各フィギュアの上に、ちゃんとお名前が記されているので、私でも分かるようになっているんです。見学の時に、いちいちちゃんと計算しながらとかできないもんで、あとから認識できず困ることも多くて、大いにありがたい石工さんですね。

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北東部の東を向いているこれはサン・ジャコモ、つまりサン・ヤコブさん、大きい方のヤコブです。そしてお隣はサン・ジョバンニ、つまりヨハネ。こちらは両人ともはだしで、立派なおみ足ですね。

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現地で、英文のガイドも買ったのですが、サン・ジェームスとか、サン・ジョンとかって、ちょっとなじまないですね、びっくりしちゃう。しっくりくるイタリア語を多用して申し訳ないのですが、聖人の名前って、どうしても英語読みは無理。

その昔、英国に英語を学びに行ったとき、まだイタリア語のイの字も知らない頃ですが、イタリア人のクラスメートがパオロというんで、「パオロってなんだよ、ポールだろ?パオロなんて発音するだけで気恥ずかしいわ」とか、ルチアという友人にも、ルーシーだろよ?と思ったもんですが、イタリア語になじんだ今となっては、英語発音が気恥ずかしくなるという逆転現象が起きております。不思議なもんですね。

さて、その他、東南の角には、東向きのピエトロさんと、パオロ。そして西南の角の西向きにバルトロメオ、お隣にマッテオ、というコンビでたたずんでいます。もれなく撮影したつもりでいましたが、どうやらそうでもなかったようです。

あ、バルトロメオさん、発見しました。

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とすると、お隣はマッテオさんですね。螺髪感がちょっとすごい。大きすぎてお饅頭サイズみたいになっていますが。

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この8名以外の使徒三名、については、どうやら、今は消失してしまった泉の場所に彫られていたそうです。あ、シモンは、西側の真ん中にいました。

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こう見ると、どうやら12使徒の名前もうろ覚えだな、オレ、という事実に気付かざるを得ません…。やはりもう少し聖書知識、必要ですな、反省!

えっと、使徒が置かれた順番は、マルコの福音書に出てくる順番ということになっています。伝統に従って、パオロがユダと入れ替わっているということですが、手元の聖書を調べてみても、意味が不明…。

さて、この人物フィギュア、扉の預言者たちじゃないですが、ほぼ実際の人と同じサイズとなるようです。どこもここもすごいですな、壮大で。で、私が、ちゃんとフランス語を理解できているのかどうか、若干疑問が残るところなのですが、出自は、近場にあった墓所の石棺に彫られていたもの、とあるんです。石工または工房は同じということです。
石工さんまたは工房が同じというのは、明らかですよね。
解説に指摘されていますが、誰もが、顔半分の、ほぼ横顔、右手を挙げていて、足はぶらぶらしているような様子、という同じポーズを取っています。彫りの深さは3センチか5センチ。これを浅いとするのか、深いとするのか、私などにはわかりませんが、中間的な深さのようですね。

解説では、トゥールーズのサン・セルナン教会の周歩廊の壁にはめ込まれている浮彫との共通性を指摘し、カロリングの象牙細工とか、金細工による祭壇装飾を彷彿とさせるものである、としています。
なんとなくのっぺりとした様子は、確かにサン・セルナン風ではありますが、ここのフィギュアは、それほどの装飾性を持っていませんし、全体にはあまりうなずけないような…。

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彫りは細かく、技術力はありますが、類型的な様子もあります。線もすっとシンプルだし、余計なものを排除したミニマリズムの感じで、石棺のために、もしかして量産されていたような既定のデザインのやつ?とかいう疑惑も…。

ただ、南側の真ん中に置かれた、この修道院長らしい浮彫を見ると、ちょっと似た感じも…。

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確かに共通性を感じますよ。正面向いているから、というのも大きいですが、これだけスタイルが異なるような。これは修道院長という特定のモデルがいるからですかね。やはり他は定型作品ですかね?

ひゃあ、グラン・フィナーレのモワサック、さらりと終わる予定が、なんだか半端に読み込んで、収拾つかない状態になっています。早く完了して次に行きたいのに、まだ柱頭が山ほど…。
ミラノも一気に暑さがやってきて、集中しにくい季節になってきましたのに、ふぅ。

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  1. 2021/06/13(日) 15:31:29|
  2. ミディ・ピレネー・ロマネスク 31-81-82-46-12-48
  3. | コメント:4

憂愁のエレミアのダンス(モワサック その3-タルン・エ・ガロンヌ82)

2017.08.ミディピレネー及びオーベルニュはカンタルの旅、その104

モワサックMoissacのサン・ピエール修道院教会Ancienne Abbaye Saint-Pierre、続きです。
モワサックを訪れる多くのロマネスク・ファンが、最も気にしているのは、前回紹介したタンパンではなく、そのタンパンを支える位置に置かれた人の彫像のはずで、正直、私もそっちの方でした。

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ボーリューとか、同じ構造ですよね、この大きな扉を支える真ん中の柱。ここに、彫られている彫刻が、モワサックの教会では、おそらく最も有名なもの。

扉に向かって、左側の面に、サン・パオロさん、そして、正面には、ライオンがたくさん、そして、右側が、その超有名なお方、この人です。

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写真をトリミングしているからますます長く見えますけれど、実際長いんです。こんな柱に一本彫りっていうか、スイヤックなどよりさらに印象的な彫りものになっていると思います。脚、長すぎん?西洋人全般、腰高で脚長いですけど、これはちょっと~…。
これは、旧約世界の預言者エレミアさんとされております。

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この手の、高度な技術のたまものって、もうご存じとは思いますが、私はあまり得意じゃなくて、目が離せないというような気持ちにもなれないんですが、このエレミアさんのすごいのは、とにかく保存状態、めっちゃいい。ほぼ完璧ですよ、コンディション。扉口なんて、それも、手の届き場所にあって、簡単に壊されそうな位置なのに、これはすごいです。まぁ、でかいんで、一部壊せるかと言えば、難しい話ではあるんですが。

解説には、思わずクスリとしながら同意してしまった、著者のとても主観的な文がありました。が、これ、定説なんですかね。
「交差した長い脚で、あたかも、教会からダンスのステップを踏みながら、出ようとしているように見える」。

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どうですか、踊ってますかね。
この文、私が書いたなら、いかにもって感じでしょう。でも、ちょっと変なのは、こう書きながら、そのメランコニックな表情に言及しているわけです。
「頭を傾け、長い髪、そして髭は、繊細な様子で波打ちながら垂れ下がっている。メランコニックな(おそらく、両目が、そして半分閉じられた瞼が、わずかにアシンメトリーなことが、そういうイメージを与える)視線」。
確かに、何とも言えず、憂愁漂う表情しています。なら、ダンスのステップはおかしいだろう、と。
でね、どうせおかしいなら、付け足しときたいですが、この優雅なおみ足に対して、くるんと丸めた左手は何ですか?ということです。
なんなら、えくぼとかあっても不思議じゃないようなふくよかな手の甲で、この肉付きの薄い筋肉、いや、骨と皮的な下半身に対して、えくぼの手はちょっとおかしいのじゃないか、と言いたいわけですよ。って、力を込めても仕方ないですけど。

この憂愁の表情は、無限の解釈があるそうで、エレミアさんの言葉を知らない私には、そもそも想像もできないのですが(数年前に岩波文庫のエレミア書購入済みで、先日発掘。28ページ目にしおりが挟んであったので、そこまでは読んだらしいです、数年前に…)、主な解釈としては、「キリストによる新約聖書を知ることがなかった無念さ、エルサレムで待っている不運の予兆、または、単純に、平和な教会を離れて外の世界の辛さに立ち向かう人々への同情」だそうです。

ちなみに、背中越しの反対側にいるパオロさんの表情はどうかというと。

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目がかっと開かれて、なんかすごく決然とした断固とした様子で、迷いがないです。入り口で信者を向かい入れるフィギュアとして、エレミアの憂愁は、こうなると気になります。なにを言いたかったんだろうか。

正面は、動物フィギュア盛り合わせです。

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ちなみに、人が写っているのでわかりやすいと思いますが、3.52mx0.72m、厚みが0.49mとなります。パオロやエレミアの人物像は、水色シャツのおじさんの頭の位置くらいに足があるような配置なので、ほぼ等身大といってよい大きさとなるようですね。これは大理石の一つの塊を丸彫りということらしいので、石工というより、彫刻家の仕事ですね。三面に彫るって、すごい技術だと思います。

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遠目には、羽みたいにも見えますが、これはライオンたちでした。
「雄と雌のライオンの三組のつがい、注意深い視線、そしてあえいでいる様子の口元。聖所への入り口を守る様子が明らかである」。
ナルテックスの柱を支えるライオンと同じお役目をしているのですね。

それにしても、今気づいたのですが、カップルのからみ方が、エッシャー入っていると思います。三次元なのに二次元に置き換えていて、これはすごく高度な図像なのではないでしょうか。
いろんな意味で、ここの石工さん、やはりただものではなさそうです。

この扉周辺は、かなりの数の彫り物があり、もう全部なんて、とても紹介できないので、あとは適当に行ってみます。
扉の両脇の方に、こっそりとピエトロさんがカギを大事そうに抱えています。

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ボーリューでも同じ位置にひっそりいた感じでしたよね?
対照になる位置には、預言者イザヤがいるようですが、それも同じだったかな?

あと、扉に向いてる横壁構造があって、これもボーリュー同様なんですが、ここは保存状態が、だんちがいにいいです。何で、これほどよく残っているのでしょう
か。

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上の赤で囲った部分です。
西側、上だと左側部分になると思います。

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ラザロと、腹黒い金持ちというテーマの一連の彫り物。
金持ちがアーチの下で、妻と食卓に着いています。食卓は用意され、大きなパンの塊を切り、料理を受け取っています。妻はがつがつと食べ、給仕人がワインを運びます。一方、哀れなラザロは外にいて、身体が膿でおおわれ、死にそうな状態でいます。犬が哀れに思って、ラザロの身体をなめて、慰めています。天使が、その魂を、アブラハムの胸に預けます。

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これは、その下にあったのかな。色欲で、お隣には、貪欲の視覚化があったはず。
毛深く醜い悪魔が、女性の方を向いており、その口からはヒキガエルが飛び出しています。裸の女性は、脚を交差させ、受け入れるポーズ(対照する反対側の位置に、受胎告知の聖母の像が、同じようなポーズを取っています)、同時に、苦しむジェスチャーが見られます(こぶしを握り締めている)。二匹の蛇が、その体に巻き付き、胸にかみついており、またヒキガエルが局部にかみついています。女性と悪魔の間には、イヴを誘惑したと似た蛇がいます。

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なるほど、これが対象となる受胎告知の図ですね。面白い構造になっています。解説を読まなければ、絶対に気付かないことですが、4年後に読んでもなぁ、笑。

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東側の面には、どうやら新約聖書のエピソードが彫られていたようです。

解説を読むのは、確かに面白くて、勉強になります。というわけで、本日も、フランス語を翻訳しながらだったので、えらく時間がかかって、えらく疲れてしまいました。やはり、現場でそのくらいわかると、ふんふん、と面白さが違うのだとは思います、そこまで勉強してみるのも、なんか違うような気もしますし。

解説を読んで、改めて思いましたが、聖書にかかわる内容になると、やはり聖書の内容を熟知すること、それぞれの人々の人生や思想を知ることは欠かせないわけで、そうなると、ちょっと私の方向性とは違うものとなるので、やはりそこまではいいかな、と思いました。
でも、石工さんや棟梁の思想が見える図像とか表現方法というのは、なかなか面白いので、たとえ後付であっても、やはりこうやって見返す意義は大きいです。

私の好みは、こういうやつです。

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これほどシリアスな仕事の中に、こっそり、いや、割と堂々といるんだから、本当に嬉しくなってしまいます。

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どういうバランス感覚持っているんでしょうね。

この扉口付近だけでも、相当の枚数の写真を撮影しており、それでも、細部を見だすと、全然足りない、という感覚ではあるのですが、一応解説に沿って、選んだあとで、あ、こんな写真もあった!と見つけては、入れ替えしたりなんだりで、枚数を撮れば撮るほど、まとめる作業がとんでもないことになります。
だんだん面倒になってきて、もうどうでもいいや、と端折ろうとしたんですが、でも、読み始めると、やはりついつい面白くなってきて、本日も、2時間コースでした。将来の自分にとって、面白いものになるだろう、という期待がありますが、どなたかの役にも立てば、さらに嬉しいんですけどね。どうなんだろうか。

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モワサック、まだまだ先長いです。

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  1. 2021/06/12(土) 17:51:58|
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  3. | コメント:0

またもやミトラ教への興味が…(モワサック その2-タルン・エ・ガロンヌ82)

2017.08.ミディピレネー及びオーベルニュはカンタルの旅、その103

モワサックMoissacのサン・ピエール修道院教会Ancienne Abbaye Saint-Pierre、続きです。
本日は、特に予定もないのにお休みを取ったので、非常に余裕があり、手持ちの資料に目を通しています。

イタリア、と聞くと、いまだの多くの日本人は、怠け者で食べることと恋愛に夢中で、みたいなイメージがあるかと思うので、ちょっと言っときますが、そのイメージって、日本イコール芸者、サムライというレベルの思い込みに近いと思います。いや、私の知っているイタリアは、主にミラノとその周辺、いわゆる北部イタリアに限るので、それ以外の地域は、若干異なる可能性はあるんですけどね。
ミラノでは、お休みがたまっちゃって、年度末にどんなに忙しくても消化せざるを得ないということは、日常茶飯事なんです。休暇取得は、従業員の権利でもあり、同時に義務でもありますので、既定の有給休暇は、なんとしても取得しなければなりません。私の場合は、年間休暇が29日ありまして、これまではため放題だったのですが、今はちゃんと取得しないと、権利消失の可能性が出てきたのです。とはいえ、今年前半は、あまりの忙しさのため、一日たりと取得できていないので、半年で29日消化しなければならず、それで、プライベートの予定がなくとも、業務上、不在でも問題ない日を優先的に休まないと、とても消化できない、ということになってしまったのです。
この辺のことは、今度まとめて書いておこうかな、と思います。日本とは制度も運用もすごく違うのですが、イタリア人のメンタル、結構日本的なものもあるということは、あまり誰も言ってくれないので…。

おっと、脱線しすぎですね。これも、余裕があるゆえんです、笑。
では、タンパンを解説付きで見ていきたいと思います。

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壮大な作品です。
タンパンが、開口部とほぼ同じ大きさありますね。サイズは、6.5mx3.5m。この大きさは、同時代のタンパンとして最大のものとされているようです(すでに消失しているクリュニーのタンパンが、ほぼ同サイズだったらしいです)。
この大きな作品は、石灰岩の23のブロックがつなぎ合わされたものということで、クローズアップすると、確かに、垂直方向のつなぎ目は、しっかりとわかります。

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いきなりディテールに入りますが、これ、アーキトレーブのすぐ上に並んでいる、長老たちの段です。
二人の長老の両脇に、縦線が見えますが、これがつなぎ目のようです。
水平方向のつなぎ目は、波型の帯装飾を置くことで、隠されています。

で、彫り物はブロックごとに工房でなされて、それを組み立てた、という形なんだそうです。
これだけの作品だと、大体そういう作りになるんですかね。フィギュアがキツキツの中にあると、彫るのも大変でしょうから、その方が細かいところまで行けるように思いますし。

こういう、作成の技術的な話というのは、実は結構好きなのですが、一般的な解説では、美術に偏ることが多くて、そういう土木技術系の話がなかなか出てこないんですよねぇ。そこまで広げられないとはいえ、石の出自とか、運搬経路とか方法とか、そういう話って、さらりとは知りたいといつも思うんですけどね。

さて、このタンパンのテーマはサン・ジョバンニ、つまりヨハネの黙示録です。全体のクローズアップはこういう様子になっています。

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で、長老がずらりと並んでいるわけなんですが、まずはここから見ていきますね。
上の全体像で見ると、下段に14人、中段に6人、そして、てっぺんに近い方に4人。左右シンメトリーな数で配置されています。

一見して、どの人物も類型的な様子ですが、実は、衣についても、態度についても、すべて微妙に異なるという、石工さんの努力が…。

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遠目では見えませんし、実際現場にいても、ここまで見えてなかったし見てなかったと思います。常にオペラグラスを持っていたはずですが、タンパンは、比較的近いので、そこで細部まで観察した記憶なくて…。
でも、こうしてみると、すごいですよね、この細かさ。
他のタンパンでもありましたが、この、まるでビザンチンの宝飾類のようなきらびやかな装飾の彫り物は、改めて驚かされます。

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それが、一人ひとり違うっていうんですから、なんというこだわり!

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長老たちは、手に、グラス、そして、ヴィエールという中世の弦楽器を持っています。これは、弓で弾くものと手回しのものがある楽器だそうです。

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手回しでどう鳴らすのか、想像もつきません。この様子では、ヴァイオリンの原型的な、弓で弾くタイプに見えますが、でも誰も弓を持ってないんですよね。

ちなみにですが、ディテールは本当にすごくて、長老が腰かけている椅子の装飾まで、こんなキラキラです。

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マージナルな部分から入りましたが、タンパン中央部のキリストに行きましょう。

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中央にキリスト、周囲に四福音書家のシンボル、そして、布をひらひらさせた二人の天使、という構図です。いわゆるアーモンドの中の玉座に腰掛けるスタイルですが、ここではアーモンドの形がはっきりとは彫られていません。解説ではバーチャルなアーモンドとあったのですが、頭の方の光背の後ろのとんがった部分だけがあるので、そこをただるように、キリストの周囲にいる四人の福音書家が、身をくねらせて、アーモンドの楕円を描くようにしている様子が、バーチャルな、ということなのかと思いました。

解説によりますと、玉座の縁取り、光背、十字架、翼などのアイテムは、全体に、かなりの浅彫りとなっているが、各フィギュアの頭部だけが、非常に深彫りとなっていて、土台から激しく飛び出しています。
正面の写真だと分かりにくいので、ちょっと横から撮ったもの。

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分かりますかね。確かに、浅彫りと深彫りが混じっていて、特に頭部については、ほとんど独立した彫刻状態になっていますよね。
長老たちは、全身がとても深く彫られていて、頭部についてもそうですが、これは飛び出し効果を狙った石工の表現ではないか、とあります。要は3D効果ということになるんでしょうかね、新しい!

そういう表現を多用しながらも、でも全体の統一感を崩さないように細心の注意が払われているとあるのは、やはり画面を埋めるための装飾性や、邪魔しないための浅彫りということになるのでしょうか。

解説で、えっと思ったのが、ミトラ教への言及です。

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キリストの右下にいるルカのシンボル雄牛ですが、この、弓なりの雄牛の様子が、ミトラ神に捧げられた雄牛を彷彿とさせるとあって、なぜいきなりミトラ神?

ミトラ教は、キリスト教前に非常に普及していたらしい、キリスト教からいえば異教、要は古代宗教の一つ、太陽信仰系のやつらしいんですが、資料が全くないのです。ローマには、主に地下に、ミトラ神殿の遺跡がいくつか残されており、私も数年前に訪ねたことがあります。確かブログにも書いたと思いますが、大変興味深いものでした。キリスト教普及のために、ミトラ信仰を利用するなど、キリスト教のうまさが見えるという意味でも面白いのですけれど…。
ただ、そういう流れから、なんとなくミトラは、イタリア半島に普及していたもの、と勝手に思い込んでいたのですが、半島のみならず、ローマ帝国内で信仰されていたということになるのですね、おそらく。
それにしても、唐突な感じで、よくわかりません。

最後にですが、前回、ライトアップの様子をアップしましたが、このタンパンが彩色されていたことは、規定事実となります。彩色跡が、一部見られます。

これだけの彫りをして、さらに彩色って無駄にも思えますが、当時、絵の具は高価なものだったと思いますから、やはりどれだけ金をかけたかが目に見える施工だったということかとも思います。ロマネスク時代の何でもかんでも、どこでもかでも彩色、というのは、そういう意味ではありえないのだと思っています。彫るのは、地元の石工さんが見よう見まねでもできるけれど、石に彩色できるような絵の具はおそらく簡単には入手できないはず。
そして往時の人にとって見れば、はっきりした色というのは、本当に高価な顔料でなければ出せなかったものと思うし、明確な色であるほど、誇らしかったのかな、と思ったり。
時代が変わるって、多分そういうことでもあって、面白いですね。

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まずは、観光案内です(モワサック その1-タルン・エ・ガロンヌ82)

2017.08.ミディピレネー及びオーベルニュはカンタルの旅、その102

予告通り、っていうほどのもんでもないですが、いよいよこの旅の最後、フィナーレ、あれ?フィナーレって、日本語でも言いますよね?でもこれって、イタリア語ですね?
イタリア語、音楽用語にはよく使われますけど、日常的にはそんなに入ってないように思います。30年イタリア暮らしでも、日本語はちゃんとしていると思うのですが、こういうのはちょっと戸惑います。一応、辞書で調べたところ、やはり音楽用語から一般化した単語として、ちゃんと載っていました。

もとい、フィナーレ。

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モワサックMoissacのサン・ピエール修道院教会Ancienne Abbaye Saint-Pierreです(7時-19時、回廊は9時-19時。火曜に回廊のナイト・ツアー。夏な毎日21時半から、ファサードのライティングショー)。

この町に来たのは火曜日。まさにドンピシャ、ナイトツアーのある日でした。でも、ツアー参加は断念しました。なぜかというと、ツアー開始は20時なんだけど、19時までに入っていなければならないというんです。そうすると、夕食をくいっぱぐれるリスクもあるので、各自夕食持参で、中で食べられますよ、という非常に変則的なものでした。なぜかというと、教会は、一旦19時に、閉門し、外からのアクセスができなくなるから、というある意味非常にお役所的な理由だそうです。
これが旅の始まりや途中なら、それもいいかな、と思ったかもしれませんが、なんせ、旅の最終日。サンドイッチの夕食は寂しすぎるので、移動中にランチをスキップすることはできても、これは譲れない、と断念した次第。それに、19時には行ったら、ツアーの始まる20時には、もう飽きちゃって、出たくなるに決まっていますしね、フランス語の解説聞くのも辛いし。
ナイトツアーなら、いずれにしても、もう少し日が落ちてから、薄暮の中、いや、むしろ、暗闇の回廊に憧れます。

この修道院教会、実に立派ですし、ロマネスク的な見所も数多くあり、現場でもアワアワしてしまうタイプであり、今、写真を見返していても、うわ~、どっから始める?と戸惑う有様です。
大きなポイントは、メインの扉周辺、そして、回廊となります。

自分がこの町に到着したのは、夕食前の時間です。まだ教会は開いており、併設のインフォメーション及びブックショップも開いていたので、情報収集から開始。そこで、先述の、ナイトツアーの情報などを得て、見学方針を決めたのです。
細かい見学は、翌日、たっぷり時間がありますので、この日は、夜間のライトアップショーが、自分にとってのメインでした。

というわけで、いきなり観光的なスタートです。

前回の記事で、夕食のことを書きましたが、夕食は、教会が正面に見えるような位置にあるレストランのテラス席でいただきました。教会を見ながらの、至福のカモ肉と赤ワイン、というわけです。
で、ゆっくり目にいただき、ショーの頃に、教会近くに移動する、という戦略を立てました。見事、予定通りな時間配分で、お会計あたりで、音響調整が始まり、ファサード近くのベンチに移動できました。

お食事を始めたころは、まだ昼日中状態の太陽光でしたが、ショーの時間には、このくらいの暮れ方。

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濃紺、美しい空の色です。
で、このようにファサードの彫り物に、オリジナルはこんなだったはずです、という彩色の様子が、ライトアップで表現されるってやつです。

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これ、チヴィダーレのロンゴバルドの祭壇でも、同じような感じの仕掛けになっていましたけど、こちらは数倍の大規模。でも内容は一緒です。

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毎度驚かされますねぇ。
祭壇レベルなら、実際にフレスコ画が残っているものもありますし、スペースが限られている分、想像もつきやすいのですが、タンパンのように、構造に組み込まれているその一部だけが、このように激しく彩色されていて、周囲は、石色、というのが、非常に想像を難しくする感じです。

中国や日本の寺院のように、外壁含む全体を漆喰塗して、とにかく木を塗りこめるという発想の方が、バランス的には分かりやすいっていうか。

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それも、色がかなり激しいです。
キリストは黄色の衣で、福音書家本体が赤って、ちょっとすごいんですけど。

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ただ暗闇の中では、彩色があると、彫りの内容が見えやすい、というのは経験しているので、彩色の意図はよくわかりますし、より激しい色の方が、より暗闇で浮かび上がるのだろうな、と想像はできます。
松明やランプをもって見上げたら、これほどはっきりではなくとも、キリストだなぁ、福音書家だなぁ、ということが分かるくらいには、見えたのではないかと思います。

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他の部分も見ながら、夕食後のお散歩。
ヘンリー・ムーア的な人影もライトアップになってて、なんだかかわいらしい。

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ということで、次回から本格的に、ガイド本を読んでみましょうかね(←面倒な様子がにじみ出ていますけど)。

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