黄金のモザイクは、もうちょっと紹介したいので、お付き合いください。
後陣。
光り輝いている状態がわかってもらえるでしょうか。照明がはいっている効果ももちろんなんですが、なんと言うか、全体の黄金のオーラが、それ以上にあるって言うのか。とにかく、これでもか状態の黄金ですからね。
近づくと、こんな感じです。
ビカビカですよ、とにかく。祝福するキリストは、あまりに壮大で偉そうで(?)、ちょっと引けちゃうんですけど、聖母がいい感じなんですよねぇ。
どうでしょうか。天使に両側を守られて、玉座に座っています。青い衣をまとって、黄金を背景にしたマリアというと、ベネチアの島、ムラーノやトルチェッロの後陣を彷彿とさせるのですが、それら島の聖母がちょっと孤高の雰囲気があるのに対して、この聖母は、より安定感があり、表情もとても穏やかで、受ける印象が全然違います。
聖母の下には、聖人たちが並んでいますよ。
モザイクもすばらしいですが、窓のアラブ風の透かしとか、下部にある幾何学模様も、本当に美しいのです。パレルモやモンレアーレのモザイクの面白さ、そして美しさは、アラブ世界との交流なしには、考えられないものなんですね、おそらく。
ロマネスクはこちら。よかったら、ベネチアやラベンナのモザイクなどと比較してみてください。
ロマネスクのおと
- 2011/02/26(土) 05:27:28|
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モンレアーレ、まだまだ続きます。
いよいよ、本堂に突入!なんせ中にはいるのは二十数年ぶりとなりますので、すっごくどきどきしましたね~。
キラキラキラ…。あ~、やっぱり~!覚えていた眺めは、大げさじゃなかったんだ~、としばし呆然とたたずんでしまいました。
脇の扉から入ると、すぐの側廊部分は暗いのですが、ちょっと進むと、輝く黄金の後陣が出迎えてくれます。もちろん自然光ではなく、照明が当てられているんです。お金を入れなくても照明が当てられている教会って、そうないと思うんですよ。ここは、入場料を取るわけでもないのに、太っ腹ですねぇ、モンレアーレ。
さて、モザイクは、もちろん後陣だけではありません。
まず目を奪われるのは、身廊を分ける壁のモザイク。
すべてが黄金で、相当修復もしているのでしょうが、実に保存状態もよくて、とにかくすばらしいの一言です。
教会が堂々と大きいので、当然壁面も大きく、そのためモザイクで描かれているテーマも、全体にゆったりとしていて、とてもわかりやすいのもいいです。パレルモの街中にある、たとえばマルトラーナなども、同じように聖書のエピソードを描いているのですが、迫力が全然違います。かなり高い位置にあって、目からは遠いのですけどね。
そう、遠いので、写真を撮ると、どうしてもゆがんでしまいます。
最近、モデナの大聖堂でやたら勉強している旧約聖書。これはアダムとイブの楽園追放ですね。剣を持ったケルビムに追い出されています。アダムもイブもやけに筋肉質ですねぇ。
カインとアベル。モデナのカテドラルにある彫刻では、カインの棍棒が、アベルの頭を直撃する場面が彫られているのですが、ここでは定石どおり、その直前の図となっていますね。やはり絵とかモザイクだと、その瞬間を描くのはちょっと強烈過ぎるからかな。
アベルがつらそうな顔をしているけれど、カインは、してやったりの表情で、結構怖い絵です。
これは、エサウとヤコブのお話です。
うわー、このエピソードって知らなかった!兄弟の不和の話は、カインとアベルだけじゃなかったんですね。兄のエサウは左側で能天気に狩をしているんですが、その隙に、死にかけている父親をだますヤコブ。カインとアベルのエピソードだと、神の存在が前面に来ますが、こっちのエピソードは、ママのお気に入りの末っ子がうまくやってみたいな家族の話で、聖書にかぎらずって感じ。ただ、この後ヤコブは夢で天使に出会って、有名なヤコブの梯子のエピソードになるわけですね。
教会全体が、まさに絵で描かれた聖書そのもの。読むのが面倒な私としては、ここでじっくりと、聖書の勉強をしたいってな気持ちになりますねぇ。
ロマネスクはこちら。モデナのカテドラルの勉強が、こんなところでも役立って驚き。やはり聖書の知識は必要ですねぇ。
ロマネスクのおと
- 2011/02/23(水) 06:05:05|
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外観、続きです。チェックするべきポイント二番目は、ファサードの扉です。
この青銅の扉は、ピサの青銅の扉で気に入ってしまった、ボナンノ・ピサーノの作品なんですよ。ロマネスクをやるまでは、注目すらしていなかった人なので、今回は大いに興味があったんです。
しかし!実はこの扉、鉄格子に阻まれて、近づくことができない…。少なくとも5メートルは隔てられての鑑賞で、肉眼ではほとんど細かいところは見えないんです。がっかりですねぇ。入場料を払ってもいいから、近くで見たかったです。
仕方ないので、デジカメで思いっきりズーム。でもたったの6倍ですから、たいしたことはなくて。
ピサでいいなぁと思った感じは、ちょっとわかりました。でも実際は、後から写真をパソコンに取り込んでからじっくり見て、ほぉほぉ、です。微妙に違うような。モンレアーレは、ピサのあとの作品のはず。なんとなく、ピサの方が、よりスタイリッシュな感じがするので、もしかして逆?
これが、モンレアーレ。
こっちは、ピサのマギ。
あれ、モンレアーレの方は、マギと書いてないので、違う主題?でも内容は同じですよね。
どうなんでしょう?個人的にはピサの方が、デザイン性が高いような気がするんです。
ちなみにこれは、カインとアベル。
羊ちゃんたちが、妙にかわいらしいのですが、人物フィギュアはとてもシビアな感じです。モンレアーレの作品は、ちょっと土臭い感じがしたりするのですが、もしかしたら、それは私の勝手な思い入れかな。
いずれにしてもとてもデザイン的なのは間違いがなく、青銅というマテリアルのせいでそうなるのか、またはピサーノの性質と技術なのか。でも、青銅の扉といえば有名なヴェローナのサン・ゼノも、やっぱりデザイン的なんですよね。あれ?あれは誰の作品なんだっけね?あれは、確かすっごく古いもんだったような。ということは、このデザイン性は、青銅というマテリアルのなせる業っていうのもあるのかな~。ちょっと面白いですね。あまり例が数多くないので。
いずれにしてもボナンノ・ピサーノは、もうちょっと調べたい人かもね。
っていうか、頼むから近寄らせてくれ~。
ロマネスクはこちら。今日も、中世の辞書とともに、モデナの本を精読。イタリア語だと、どれだけ読むのが遅いんだ、自分!とびっくりしています。
ロマネスクのおと
- 2011/02/20(日) 07:18:55|
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パレルモに行ったら、たいていの人は、モンレアーレを訪ねると思います。
パレルモの町外れから、南東に向かって、緩やかな坂道を延々と行った、山の中腹にある小さな町。
これは、パレルモの町を見下ろす高台からの写真。かつて、アラブに占領されていた時代、この平野一帯に、オレンジやレモンなどの柑橘類が植えられていて、実がなる季節には、目に付くすべてがオレンジ色だったんだそうですよ。それで、黄金の平野(Conca d'oro)と呼ばれる土地です。
すべてがオレンジ色…。君よ知るや南の国、ですよね。
パレルモの町まで、家がずっと立ち並んでしまっている今の姿から、自然の緑やオレンジ、黄色など鮮やかな色しかなかった千年前の眺めを想像するのは、ちょっと難しいのですが、でも12月だというのに、この鮮やかな緑、青い空からは、今でも損なわれていない自然の豊かさは少なくとも伝わってきます。どうでしょうか。
私にとっては、三回目のシチリア、そしてモンレアーレ。
モンレアーレは、シチリアの中でももっとも思い入れの深い町なんです。というのは、初めて訪ねたときに知り合った子供と、今でも文通しているからなんですよ。文通!昔はインターネットも携帯もなかったですからねぇ。
当時小学生だった彼女、当初はお手紙でもしょっちゅうスペルを間違えていましたが、今では素敵な女性になって。
今回は、五年ほど前に彼女がミラノに来たとき以来の再会で、とても盛り上がりました。大人になっても、私にとってはどうしてもピッコラ(子供)で、すごく大人な女性らしい発言をされると、なんだか戸惑ってしまうのでした。
さて、モンレアーレを訪れる目的は、もちろん黄金のドゥオモです。
前回、十年前に訪ねたときは、オープンしているはずの日に、なぜか「消毒中」ということで、入場できませんでしたから、今回は大いに期待していました。
まずは、外側もしっかりチェックです。
内部は黄金ですが、ファサードや側壁、外観はとっても地味でびっくりするほど。
とはいえ、その地味な中でも注目するべきポイントは二つあって、ひとつは、後陣。
パレルモのカテドラルの後陣と同じ装飾ですが、こちらの方が、おそらく後代の手の入り方が少ないせいか、より美しいし、よく残されています。結構地味な建物の並ぶ路地の突き当たりに、装飾的にはかなり派手な姿が垣間見えて、このアングル、好きです。
やっぱりアラブ風、アラベスクなんですかね。とんがったアーチにしても、幾何学的モチーフにしても、ちょっと違いますよね。色も、なんか砂漠っぽい淡いベージュで。
エイッ、もう一枚。
うーん、やっぱり好き。
この後陣の向かい側の一角が、モンレアーレでも最も古い地域で、中世の建物がほぼそのまんま残っているということでした。逆に言えばそこ意外は、結構新しくなっちゃっているんですよね。
では、外観のポイント、もう一つは次回。
- 2011/02/17(木) 06:07:09|
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チェファルーは海に面した町なのですが、町そのものがすでに高台にあるし、町の後ろには、どーん、と岩山が聳え立っています。
これは、鉄道駅から旧市街に向かう道ですが、こんな感じ。とても現代的な安っぽいアパート建築の先は、急峻な岩山。ミスマッチで不思議な風景です。
で、旧市街のそこここの小さな細い横道は、どれも上り坂で、どうやらこの岩山に通じているような。岩山の中腹には、古代の神殿跡とか、ビザンチン時代の教会跡とか、ちょっと気になる”物件”もあるんです。
キオストロにふられた私としては、なんだかこのままパレルモに戻るのも能がない気がして、そういう横道のひとつに、ついつい入り込みました。
おお。
整備された階段になっていて、それを登ってしばらくすると、見事な眺めが広がりました。冬だというのにかなり汗もかいて、風がきもちいいい~。海もとってもきれいです。
山道の途中途中に、壁やら門やら、いろんな時代のいろんな建造物があります。不思議な場所。
いい加減登ったところで、いきなり。
仙人?なに?
と思わずびびるような、とにかく何もない山道なんですけど、その途中にいきなりひげぼうぼうのおっさんが、さりげなく座っているんですよねぇ。これにはたまげました。
何だろう、何だろう、大丈夫かなぁ、と恐る恐る近づくと、「一人?どっからきたの?あ、日本、OK」とか何とかいいながら、手持ちの紙に書き付けています。あまりに当たり前のような態度だったので、なんなのかを尋ねるタイミングを失って、「えっと、神殿はまだ先ですか」などと、もごもご言いながら、登り続けました。
後からわかったのですが、この山道、観光地でもあり、一応日没で、途中の扉を閉めるようなんです。だから、登った人のリストを作って、山中に残さないように、特徴を書きとめておくということらしいんですよね。しかし、このじいさん、1日中ここに座って、そんなに来るとも思えない観光客のリストを作って、一日過ごしているんでしょうかねぇ。やっぱり仙人に近いかもねぇ。
この時点でかなり疲れていて、なんか無駄なことしてるような気がするなぁ、さっさとパレルモに戻ったほうがよかったかも、と思っていたのですが、仙人に幻惑されて、なんだかふわふわと先に進めました。
やっと出会った建造物、サンタ・アンナ教会。9世紀とかの遺構で、一帯に残されていますが、遺されているだけで、説明も何もないので、オリジナルがどうとかそういうことは一切わかりません。
さらにちょっと進むと、神殿跡がありました。
ディアナの神殿。これは、5世紀ごろの神殿で、ビザンチン時代に教会に転用されたというような歴史を持っている建物のようです。こういう巨大石などは、かなり古い時代のものがそのまま残っていて、迫力がありました。だからどう、ってんでもないですけれども…。
緑が多くてハイキングにはいい場所だし、時折のぞく海は大変きれいです。仙人のような方のチェックもあるから、安全なような気もするし。相当な登りでしたから、いい運動にもなりました。でも、中世探訪というテーマ的には、わざわざ行かなくてもよかったのかな。いや、こういう場所にまで、なんか作ってたという意味では、よかったのかな。
なんだかよくわかりませんが、チェファルーは海も山もあって、それなりによい町なのではないかというのが結論でしょうか。
- 2011/02/12(土) 05:15:27|
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