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イタリア徒然

イタリアに暮らしながら、各地のロマネスクを訪ねた記録

コロナの真っ只中でした(ベルベンノ)

2020年7月ヴァルテッリーナの谷(Covid明け)、その1。

次はどこをまとめようかと悩みましたが、やはり、時系列に沿って行くことにします。
近年忘却が激しくて、どこにしても過去の旅に関しては、記憶抜け落ちも多いのですが、この旅は、Covidの年、3月から禁足状態の後の夏休みということで、印象はとても強くて、え、もう四年もたつの?という感じもあります。
なんせ、仕事は100%在宅だったし普段は、週に一度、近所のスーパーに買い物に出るくらいの生活をしていたので、とにかくマスクなしで空気を吸える場所を散歩できるだけでもありがたいような日々でしたよねぇ。そしてそういう生活が、その後一年も続くなんて、思いもしていなかったですし…。
Covid蔓延の異常事態、有難いことに、今や昔、となりましたけれど、これから先の人生でも、折に触れてあの異常な状況を思い出したり、もしかしたら懐かしさすら覚えたりするのかもしれません。

外食すらできなかった数か月後のお出かけでしたから、普通の旅をする勇気はなく、友人の山の家ににお世話になり、その友人の土地勘もあてにして、谷を行ったり来たりしました。

ということで、ロンバルディア州の北のはずれにある山岳地域ヴァルテッリーナの谷にあるロマネスク探訪です。
基本的に、とても地味な教会ばかりです。逆に言えば、わざわざ行かなくても、という程度の教会が多いので、そこは在住者の私が行くべきだろう、という場所かとも思います。

まずは、この谷がどこにあるの?からです。

valtellina 001

左側にコモ湖が見えますよね。そこを南下したところにミラノがあります。
ミラノからはコモ湖の東岸を北上して、谷に入ることとなります。ヴァルテッリーナと印がついている場所が、地域最大の町ソンドリオとなります。

谷を、対向二車線の国道が走っており、その道を行ったり来たりすることになります。事前に、あまり細かく調べていない状態で出かけて、かなり行き当たりばったりでした。
まずは出発して、国道沿いに目に付いた教会がありましたので、そこからのスタートとなりました。

valtellina 002

ベルベンノBerbennoのサン・ピエトロ教会Chiesa di San Pietroです。

いくら国道沿いにあったからと言っても、このファサードでよく停まったものと思います、笑。なんとなくくさかったんですかね。
ネット検索しても、情報はほとんどなし。というのも、ファサードで分かるように、後代の手が相当入ってしまっていて、ロマネスクの面影は限りなく薄いのです。

解説。
「Berbennoのサン・ピエトロ地区にある教会で、創建は、正確には不明ながら、7世紀から10世紀終わりにかけてと考えられている。
おそらく、キリスト教初期の時期の、オープンで誰でもがアクセスできる場所に洗礼の場を設けようという考え方に従って、谷の底の、道が交差する場所が選ばれたもの。それによって、谷のどちらの側からも、信者がアクセスしやすかった。」

ということで、起源は確かに古いのでしたが、洪水等の被害も多かったために、度重なる改築があり、こういう姿になってしまったようです。

valtellina 003

後陣部分も、かなり改築しているようですが、オリジナルの面影は残されています。
中に何かあるかと期待しましたが…。

valtellina 004

床の写真くらいしか撮影していないところを見ると、本当に何もなかったと思います。正直ここは、立ち寄ったこと以外記憶なしです、笑。

valtellina 005

石は、おそらく地域産と思われますが、柱の形状なども、往時のものとは考えにくい様子です。
天井は、でもきっと、こういう木製だったのだろうなと想像します。石も木も豊富な土地ですが、なんせ山間の田舎ですから、ヴォルトなどはなかったでしょう。
装飾性もゼロ。でも、洗礼の場があったというわけですから、往時は、信者もやってきたのでしょうし、それなりの数の信者がいたのでしょうねぇ。

今でも、公共の場所や病院ではなじみの消毒液。

valtellina 006

そして、ソーシャル・ディスタンス。

valtellina 007

それまでは、気にもせずに、隣の人とぎゅうぎゅうでも座っていたのが、Covidによって、必ず人との距離を取るように強制されて、教会でも、こうやって一人分の席がしっかりと示されるようになったのですねぇ。
なんだか、Covidを回想する記録になりそうです、笑。

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日々の生活をつづる別ブログ。そろそろ例年おなじみ、フオリサローネのレポートが始まります。
イタリアぼっち日記

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テーマ:art・芸術・美術 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2024/04/23(火) 17:26:24|
  2. ロンバルディア・ロマネスク
  3. | コメント:0

小さな古いクリプタだけど、電気も来てます!(ブレーメ)

(2020年7月訪問)

Covid-19のせいで、生活がいろいろ変わりましたし、数か月はひきこもり生活となったわけですが、それでも何かしら良いことはあるもので。いや、良いかどうかはわかりませんが、なかなか遠方に行けない分、ロックダウン後に、日帰りのお出かけ頻度がアップしました。別にストレスを感じていたわけでもないのですが、単純に外出したい気持ち、そしてまた、ロマネスクに浸りたい気持ちが、どこかにあったせいもあるとは思います。
で、日帰りですと、当然ミラノ近郊となるわけで、そういえば、しばらく近所の訪問をしていなかったなぁ、と気付いてしまいました。
この数年、夏休みなどの長い旅は、フランスやスペインなど外国中心で、そもそもイタリアは、おろそかになっていたし、近郊は本当に行かなくなっていたんですが、考えたら、ロマネスク修行を始めた当初は、日帰り訪問が基本で、情報を探しては、まめに出かけていたのですよね。
それっきり行けてない場所が、実は結構あります。写真も、以前はCDやDVDに保存していたのですが、パソコンが変わるにつれて、そういう媒体を読み込むことができなくなっていたりして、古い写真は、もはや取り出せなかったりもします。だから、今後は、近郊の再訪もして、新たに撮影するのも大いにありだな、と改めて思う今日この頃です。

今回は、そういうロマネスクの一つ。いや、ここは、実は存在は知っていたけれど、なぜかこれまで訪ねるチャンスに恵まれなかった場所だったんです。

2020 breme 001

ある日、ミラノからピエモンテに用事で行くという友人に同行しました。時間もあるし、高速を使わないで行く、ということで、地図をたどりながらののんびり旅。
途中、まだロンバルディア州内ですが、地図に、ずいぶん昔に印をつけた町に気づきました。その地域で、印がついているほとんどの町は訪ねているのに、ここだけは記憶がありません。
せっかくなので、ちょっと立ち寄ってもらうことにしました。

それがこのブレーメBremeという町です。

2020 breme 002

見るからに小さくて、実際も小さい町なんですが、そんな中に、中世の教会と洗礼堂と、そして、他の教会のクリプタがあるんです。びっくりです。なぜ、過去に訪ねていないのかもびっくり。たぶん、当時は、あまり情報が出てこない場所の一つだったのではないかと思います。
ロンバルディア州とピエモンテ州との境目、パヴィア地域となり、米どころゾーンですが、この一帯には、小さくて地味で、でもかわいらしいロマネスクが点在しています。

まずは、今は住宅街に埋もれたようになっている教会。

2020 breme 003

サンタ・マリア・アッスンタ教会Chiesa di Santa Maria Assuntaです。起源は10世紀と古いものの、往時の面影を残す部分は、ほとんどない様子です。でもおそらく、往時も、こういうレンガ造りではなかったかと思います。
中も、全部新しくなってしまっています。

2020 breme 004

なのに、後ろ側、つまり後陣側に位置する洗礼堂は、古い時代の建物が、しっかりと残っているのですよ。

2020 breme 005

そちら側に回り込むと、こういう様子です。

2020 breme 006

こ、こりは…!
すっごく私好みの古さ。私好みのロンバルディア・アーチ、うっとりものです。
8世紀から9世紀とあります。
もともとレンガと、川石をミックスした建材でできていて、三つの後陣を持つ立派な建物だったそうです。お隣の教会とはそれぞれ独立した建物となっていて、ブレーメの人々はもちろん、近郊の人々の先例に使われた、地域唯一の洗礼堂だったのですねぇ。
今は、教会と一体化されちゃって、教会内の礼拝堂のようになっているようです。今回は、残念ながら開いていなかったようですが、まさか礼拝堂のようになっているとは思わなかったので、きちんと確認できていないのは残念ですが、おそらく、また訪ねるチャンスがあると思っています。

2020 breme 007

もう一つ、というより、おそらくもともとこっちの方が気になっていたものだと思いますけれど、修道院Abbaziaです。

2020 breme 008

一部が、今は市役所として使用されているようですが、この正面向かって左側に、結構大きな修道院施設が、おそらくかなりオリジナルに近い様子で残っているのですよ。

2020 breme 009

ロックダウンが終わった直後だし、なんだかいかにも開いてなさそうな施設なのに、とりあえず、鉄扉は開いています。わくわくしながらも、中は閉まっている可能性があるから、過度に期待しないように気持ちをセーブしながら、中へ。 

2020 breme 010

すごくわかりやすい!
その上、閉まっていても驚かないような扉、全開!
この通路を通り抜けた先に、地下に降りる狭い階段があり、なんと親切なことに手動の電灯スイッチまであって、アクセスできました!10世紀のクリプタです。

2020 breme 011

雰囲気、すごく10世紀。レンガ、こういうのって味があります。
床面は新しくなっているし、全体に修復がかなり行われた様子ですが、それでもなお、古い時代の雰囲気が残されており、うれしい邂逅でした。

2020 breme 012

脇に、アクセスはできないけど、覗けるようになっているスペースがありました。

2020 breme 013

アクセスできないようになっているのは、後代の構造で、この、左手に見えているのが、本堂からのアクセス階段なんだと思います。今は、上にあるはずの修道院教会はアクセスできなくなっているので、荒れ果てているとか、いずれにしても、もう教会として使っていない建物のはず。だから、本来のクリプタの構造ではなく、ほんの一部だけが残っているという形なんだと思います。

2020 breme 014

その上物、サン・ピエトロ修道院の、わずかな名残が、この壁部分です。どうやら、屋根も落ちちゃっているんでしょうね。残念。でも、よくぞクリプタが無事に残ったものです。
修道院は、17世紀まで活動していたようなので、没落してからは早くダメになったのですね。教会以外の構造は、結構きちんと残っているので、一体何が起こったのか疑問もありますが、単純に戦時中に損壊したとかいう単純な理由かもしれません。

地味ですが、ミラノから日帰りで行ける範囲、結構数がありますので、すでにブログでも紹介している場所も含めて、今後は再訪が目標です。

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  1. 2020/08/09(日) 00:51:44|
  2. ロンバルディア・ロマネスク
  3. | コメント:2

11世紀のフレスコ画(カソレッツォ)

(2019年1月訪問)

この際、なかなかアップする暇がなかった、ちょいとマイナーなご近所も、一気にやってしまいますね。長期休暇の修行以外にも、時々は、ふらふらとご近所に行っているんですよ。実際、訪問できていない場所は、まだ沢山あるのですよね。
自分が持っている数少ない紙の資料だけでも、丹念に見ると、ここもあそこも、まだ行けてない、と焦るほど。
今回の記事も、そういう場所の一つです。

2020 casorezzo 001

カソレッツォCasorezzoのサンティ・サルバトーレ・エ・イラリオ教会Chiesa di Santi Salvatore e Ilarioです(住所Via San Salvatore, Casorezzo、鍵は、地元お住まいのアントネッラさんが保管しています。電話番号持っていますので、必要があればご教示します)。

見るからに、わざわざ、なぜ?というお姿ですよね。でも、愛用のJaca Bookロンバルディア版に、堂々と写真入りで掲載されている教会です。

いつものように、くだらない前ふりから、笑。

お天気の良い週末に、ふと行こうと思い立ちまして、おおよその場所だけ調べて出発しました。正確な住所は不明だったので、すぐには分からず、何人かに訪ねながら、何とか到着。村の北ハズレに当たります。教会の南側に市街が広がり、北側には草原が広がっています。

2020 casorezzo 002

たどり着いたものの、扉は固く閉ざされていますし、何も書かれておらず、途方に暮れて、周りをぐるぐるしていました。すると、青年が、犬の散歩に来たのです。トップの、後陣左に見える人です。
慌てて近づき、カギのことを訪ねると、今日は日曜だから人がいるのでは、そこの扉をたたいているといいよ、と。え~、そんなことあるかなぁ、と疑問に思いつつ、何度もノックしたものの、まぁ、当然な感じで、応答はなし。
犬を遊ばせている青年に、再び、いない様子を伝えると、それなら、町の教会に行ったら、何かわかるかもよ、と教会の場所を教えてくれました。

せっかくのお天気なので、車はそこにおいて、徒歩で、教えてもらった道を教会へ。6、7分でしょうか、町の中心に普段使いの教会がありました。
鉄柵が閉まっていのですが、呼び鈴を押す間もなく、丁度人が出てきて、「あれは我々の管轄ではなくて、カギ番がいます」と、カギ番さんの電話を教えてくれたのです。

サン・サルバトーレ教会に戻りながら早速電話をしてみると、「すぐ行きます」と言ってくださいました。嬉しくて、超速足で戻りましたが、結局20分くらい待ちましたでしょうか。アントネッラさんではなく、旦那さんが車でやってきました。
今考えると、昼時で、おそらく奥さんはランチの準備中だったと思います。どこでもかしこでも、我ながら図々しいことをやっているなぁ、と反省中。一年遅いですが、笑。

ここからが本題ですね。

先ほど、どんどんとノックした扉をくぐり、後陣側から入ります。

2020 casorezzo 003

そう、目的は、フレスコ画だったんです。だから、入らないと、まったく訪ねる意味がなかったため、この日は、しつこく頑張って、カギを求めたのでした。

トップの写真でわかるように、教会の建物はもうほとんど変容してしまって、往時の面影はないも同然なわけですが、そうはいっても、もともと小さな教会であったことに変わりはなさそうです。それでいて、ずいぶんと立派なフレスコ装飾がなされていた様子なのは、ここもまた、立地的にはコモ湖畔にも通じるものがあります。つまり、ミラノからフランス方向へと通じる交通の幹線に近いということです。

1990年代の発掘により、今の後陣が、17世紀に西向きにされたことがわかっています。教会の創建は11世紀とされていますが、両壁は、そのままで、後陣と入り口だけが交換されたというもの。壁は、今は内外とも漆喰ぬりされてしまって、そうは見えないのですが、漆喰の中は、11世紀の石積みそのまま。

2020 casorezzo 004

鍵番さんは、ガイドもしてくださったのですが、このタイプの小さな開口部がいくつかあるのですが、これらのために、フレスコが残ったのではないかということを話してくださいました。
外側は、一応透明な板が張られていますが、密閉ではないですね。

2020 casorezzo 005

今ある後陣は西向きなので、そちらから入って右の壁が南となり、それで、南壁に遺された最も古いフレスコ画の意味が分かったということです。
その南壁のフレスコ画、なんといっても、このエリザベツご訪問が、大変良い保存状態で残されています。

2020 casorezzo 006

フレスコ画が二段で描かれており、赤い帯で区切られています。この赤は、もしかするとすごく鮮やかだったのかもしれないですね。
物語は、南東の上から、つまり、今の入り口寄りの上の方から、ということになりますが、そこから始まり、受胎告知、エリザベツご訪問、ベツレヘムへ向かう場面、生誕場面、マギの図。下の段は、今の扉近くから後陣へ向かって、ほとんど欠落していて正確な内容不明な図(マギの夢とも考えられているようです)、神殿奉献。その後、幼児虐殺、エジプト絵の逃避、神殿でのジェズなど、続いていたと考えられていますが、残念ながら、ほとんどは、ほんのわずかの部分が残されているだけです。

2020 casorezzo 007

これが、エリザベツ訪問の真下にある神殿奉献で、この二場面だけが、よく残っています。
聖母から差し出されたキリストを、恭しく抱き取ろうとしているのがシメオンさん。ヨゼフが差し出すつがいのハトは、生贄。右の方にいるのは、預言者アンナさんらしいです。忠実な再現図っていう感じですね。人物それぞれに、ちゃんと名前が記されているのも、すごく真面目な画家さんって感じ。または、あれか?ビザンチンの影響があるとか?

2020 casorezzo 008

今の後陣寄りにも、壁は残されているのですが、もうほとんど内容がわからない状態です。
わずかに残っているのが、この部分ですが、ベツレヘム?何でしょう。

2020 casorezzo 009

下の方は、ほとんどシノピアだけが残っている様子ですから、剥落しちゃったのでしょうかね。残念なことです。絵の上に傷が浸かられているということは、上に漆喰が塗られていたことだと思うのですが、古い絵が守られることなく、かぶせられた漆喰とともに持って行かれてしまったんでしょうかね。

2020 casorezzo 010

一番西寄りの部分には、神殿らしい絵が見えます。
これだけの情報から、色々解明する研究者は、やはり偉いですね。

さて、これらは南壁ですが、北壁の方は、西側上から始まり、エルサレム入場などの受難のストーリーが描かれていたようなのですが、もうほとんどの部分は欠落していたことに加えて、16世紀のフレスコ画となっています。

2020 casorezzo 011

その一連の場面からはみ出す絵もあり、時代が違ったり、いろいろあるようなんですが、下のは、13世紀のもの。若い聖人が十字架を持っていますが、これは、傷もないまま残っている様子からすると、下に、11世紀のフレスコ画があるのかもしれませんね。

2020 casorezzo 012

その右上にあるのは、一層下の部分で、おそらくこの部分が11世紀ではないかと。なんという集積。

2020 casorezzo 013

こちらも、11世紀のものが、かろうじて残っています。

2020 casorezzo 014

場面の縁取りの様子などからも、時代がうかがえるようですね。確かに、時代によって違ったりします。色使いもそうですね。

数は少ないながら、じっくりと拝見したいフレスコ画だったんです。でも、カギを持ってきてもらっているし、それも昼時でしたから、カギ番さんのことを考えなければいけなくて、思う存分というわけにいかないのが、辛いところ。
また、お話をしていただく以上、きちんと聞かせていただきたく、そうするとぱしゃぱしゃと撮影ばかりしているわけにもいかなくて、実はあまりよい写真も取れませんでした。こういう時、一人での見学は、制約が多いです。

この教会に関連して、同時代のフレスコ画がある地域の教会情報も見ましたので、ある日思い立って出かけてみたいと思っています。ある日思い立ってお出かけできる日常に、早く戻りたいものです。

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  1. 2020/04/11(土) 20:22:31|
  2. ロンバルディア・ロマネスク
  3. | コメント:0

今年最初のロマネスクは、12年ぶりの再訪物件(コモ)

(2020年2月訪問)

久しぶりのコモ湖周遊、最後の登場は、コモです。と言っても、ここは、今年に入ってから、ふと訪れたのですけれど。考えたら、今年最初のロマネスク、ということになるのかな。

2020 abbondio 001

コモの町はずれにあるサンタッボンディオ教会Basilica di Sant'Abbondioです。
過去に二度ほど訪ねているのですが、実に久しぶりで、周辺の駐車場に関する記憶など、すべて思い違いも甚だしくて、記憶のあてにならなさを実感しました、笑。
最後に訪ねたのが、過去の記事を見ると、2008年7月です。10年以上の間を置くと、さすがに周辺の状況も、多少は変わっておりました。ブログ様様、本当にありがたい記憶庫です。

冒頭に記したように、コモの町はずれ、結構なハズレとなっております。それにも関わらず、立派な建物で、ちょっと疑問を感じませんか。
実はここ、Via Reginaなんですね、ほとんど。
これまでの記事で触れたと思いますが、Via Reginaは、ロンバルディアと北部ヨーロッパを結ぶ重要な道で、ちょうどこのロマネスク時代あたりに、整備が進んだものです。巡礼や交易に欠かせない幹線だったのです。

2020 abbondio 002

中世以前、すでに初期キリスト教時代にも、状況は同様だったようで、実はこの教会の下には、初期キリスト教時代、4/5世紀ごろの使徒教会Basilica Apostolorumがあります。
今ある建物よりは、小さいものだったようですが、ラテン十字の一身廊、小さな内陣、大きなナルテックスがあり、正面には五つの扉があったということまで分かっているのだそうです。
今の教会のファサードは、後代の手が入っていたものを、ロマネスク様式に無理やり直した、という経緯があり、その賜物なのですが、手が入ったにも関わらず遺されたものが、おそらく、その初期キリスト教時代の教会の遺構なのかと思われます。

2020 abbondio 003

同じような写真を並べて恐縮ですが、この、ファサード前と道との間のスペースは、なんとなくナルテックスの後かな、と考えられなくもなし。
そして、ファサードに張り付くつけ柱が、ナルテックスの天井を支えるアーチの根元だったのかな、と。

初期キリスト教時代の教会は、カロリング時代に、多くの装飾が加えられ、徐々に変貌を遂げた後、11世紀初頭に、ベネディクト派の管理となり、その潤沢な資金により、さらに多くの変貌を遂げたそうです。その結果として、11世紀終わりごろ、修道院としての機能も併設して、修道院教会となったようです。教会が先で、修道院が後、というのも、ちょっと珍しい気がしますね。

その修道院部分は、過去に訪ねた時は全く分かりませんでしたが、上の写真で、ファサードに向かって左側に、回廊があるのです。2006年に修復されて、大学施設になったようです。

2020 abbondio 004

本堂から、ちらりとのぞける場所がありました。近代的な様子になっています。基礎はそのままに、内装から何から、新しくして、今の仕様に耐えるようにすることは、よく行われますが、すごいことですよね。

内部は、ロマネスク的には、かなりシンプルです。

2020 abbondio 005

ほとんどの柱頭は、のっぺらぼうだし、円柱も、しっかりとそろっていて、風情もあまりなし、笑。ほんのわずか、古そうな彫り物が残されています。

2020 abbondio 006

一個だけ、やけに手の込んだやつが。

2020 abbondio 007

グリーンマン系ですね。副柱頭の組紐帯は、あちこちにはめ込まれているので、おそらく、初期キリスト教時代からカロリング時代には、もっと彫り物があったのではないかと想像します。扉口とか、後陣外側の窓枠とかに、多くの緻密な彫り物があるので、内部も、本来はそういったものがあったはずに違いないと思うのですよ。

私の持っている本によれば、北側の柱頭は、フィギュアもの、南側は植物モチーフ、とありました。そうだったかなぁ?

装飾性には乏しくとも、この堂々とした円柱の存在感は、なかなか。

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ちなみに、後陣全体を覆っているフレスコ画は、14世紀半ばのもので、私の好みではありませんので、いつ行っても、じっくり見たことはないのです。悪しからず、笑。

2020 abbondio 009

修復されていて、ピカピカ、かなり良い状態です。

では、扉口へ。

2020 abbondio 010

ね。植物系も組紐系も、動物フィギュアも、繊細でかわゆし。ネコ系ライオンと鳥は、左右同じ。これは、かなりの部分、再建なのかも。またはやりすぎの修復。

ぐるりと南側の壁を回って、後陣の方へ。この辺りの壁の様子、シンプルな装飾も含めて、とても好きです。

2020 abbondio 011

レンガを入れたのは、修復した人の考えなのか、それとも、もともとそういうものが見られたのか。ちょっと唐突な感じがします。かわいくて、好きですけどね。
付け柱は、こういう様子だと納得できるのですが、それと連動しているアーチの厚みが、深いですねぇ。印象的です。この半円つけ柱、実に味があります。私の大好物。

2020 abbondio 012

先に記したように、窓枠に、様々な彫り物装飾があります。
ここも、再建入っていると思いますが、モチーフがなんだかよい感じです。

2020 abbondio 013

2020 abbondio 014

近づけないのが残念ですが、美しい後陣の眺めです。

2020 abbondio 015

ちなみに、二本の塔の一本は、後代の再建。どっちだと思いますか?(南側が、19世紀の再建。)

前回と違っていたのは、ファサード側のスペースにアクセスできるようになっていたことです。
ここ、教会前の道がVia Reginaになっていたと思うのですが、すごく狭いんです。その向こうは、鉄道線路がすぐ迫っているし、以前は、ファサードに向かう位置も、道はあってもアクセスできなかったと思うんです。
だから、ファサード全体を撮影するのに、苦労した記憶があります。それが、その道にアクセスできるようになっていて、線路の下をくぐって、反対側に、出られるようになっていたのです。

2020 abbondio 016

これ、多分、ミラノから、Como San Giovanni駅に行くヤツだと思います。町から遠い方の駅です。車窓から見えるんですが、こういう風に撮影できるところには、容易にアクセスできなかったはずなんです、昔は。

ま、私の記憶など、まったくアテになりませんけどね、笑。

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  1. 2020/04/11(土) 00:20:09|
  2. ロンバルディア・ロマネスク
  3. | コメント:2

地味目のツートンカラー(グラヴェドーナ2)

(2019年10月訪問)

グラヴェドーナGravedona続です。

2020 gravedona 014

サンタ・マリア・デル・ティーリオ教会Chiesa di Santa Maria del Tiglioです。
全体に、縞々のツートンカラーとなっています。灰色の石が、Moltrasio産で、白は、Musso産の大理石。どちらもコモ湖周辺の土地ですから、地産地消と言いますか、加工できる石が豊富な土地だからこそ、コモの石工集団が発達したのでしょうね。

ところどころに、白の代わりに、ピンクがかった石が挿入されているのですが、これが、装飾的なものなのか、どうなのか。全部がきっちりと同色で縞々よりも、デザイン性が高いというのか、アクセントになっていると思います。この、違う色の挿入で、縞々感は、かなり薄まっていると感じますので、それが意図するところだったのかどうか。
それとも、あれですかね?ロマネスク建築では、度々出会う、あえての不完全性ってやつ?一辺が歪んでいたりとか、神の完全性を侵さないように、あえて不完全なものを作るっていう。

この鐘楼、35メートルもあるのだそうです。
昔は、この辺りに、背の高い建物もなかったでしょうから、ランドマークとしては、とても目立つものだったのでしょう。
でも、それなら、湖側に建てた方が、より意味があったのではないか、と思ったりもします。

2020 gravedona 015

これ、後陣側ですが、ほら、湖のほとりなんですよ、すぐに。
湖側の後陣は、こういう様子です。

2020 gravedona 016

あ、でも近いと見えない鐘楼も、湖上からは、ちゃんと見えるから、それなりにランドマークであったということかな。
後陣側も、ちゃんとツートンカラーですが、とっても控えめで、渋い縞々ですよね。
縞々というと、なんといってもトスカーナはプラートやピストイアなどの、白と緑の激しいやつを印象しますが、あれは、ああいう石があるからこそああなったということなんでしょうね。

さて、正面側に戻りますが、鐘楼は、上部が八角形となっています。段毎に、サイズの異なる開口部があるのは、ロマネスク仕様ですが、今ある姿は、16世紀前半頃のもののようです。確かに、開口部が、ロマネスクのものだったら、もうちょっとバランス均衡的ですよね。これ、一番上の二連窓のバカでかさに比べると、その下の二連窓が、ちっちゃすぎで、ちょっと変。

この、ファサード組み込みの、スタイルは、フランスのブルゴーニュ地方やアルザス地方によく見られるもの(Clocher-porche)で、この土地が、それらの地域と深くつながっていたことの証左とあります。前回紹介したPiuroも、変容が激しいとはいえ、同じスタイルでしたよね。
アルザスなどは、もっとドイツ的に、西構えの日本鐘楼ドカン!というタイプも多かったように記憶しますが(早く、アップしたいものです、涙)、ブルゴーニュあたりだと、確かにファサード鐘楼一体型、というスタイルは多かったような。
なんせ、Via Regina上にある村ですから、フランスやドイツの様式が日常的に入ってくる土地ではあるわけですね。

2020 gravedona 017

白い帯の部分に、よく見ると、浮彫があるのがわかるでしょうか。
ケンタウロスとか、鹿とか。

2020 gravedona 018

これらは、どうやら、この辺りで見つかったものを、はめ込んだらしいです。ローマのものがあったり、初期キリスト教時代のものがあったり。

2020 gravedona 019

これなどは、おっぱい?

2020 gravedona 020

大きな切り石にポツンとある感じで、もともとどういう状態であったのか、まったく分かりませんね。軒持ち送りなどに、こういうものがあったことはありますけれど、これ、部分だけを大きな石に張り付けているのかなぁ。

では、入場します。

2020 gravedona 021

ほぼ四角な感じで、上部にマトロネオ的な構造物があります。もともとは、初期キリスト教時代の洗礼堂だったと考えられており、それを基本に作られたがために、こういう四角構造。一部、その遺構が見られます。
例えば、床です。

2020 gravedona 022

かつては、床面がモザイクで覆われていたのですね。初期キリスト教時代には、よくあるスタイルです。
彫れば、もっと出てくるのか、すでに損壊が激しいのでこれだけ見せているのかは分かりませんが、いずれにしても、床面全域がこうだったことは間違いないですね。
今よりは、一回りも小さい建物だったようですが、それにしても、手間暇のかかる、つまり金のかかる洗礼堂を作っていたということです。
この床面モザイクは、1900年代の修復で発見されたそうです。

さて、マトロネオのような構造物ですが、どこからアクセスするのか。

2020 gravedona 023

これは、入り口のある西側壁となりますが、どうやら、この壁の中に、階段があるようです。それで、マトロネオや鐘楼へのアクセスができたそうです。確かに、厚みが半端ないですよね。ちょっと面白そうですが、公開はしていないので、今でも使用可能なのかどうかは不明。
実は、勝手にマトロネオと呼んでいますが、この構造の目的は、実は不明だそうです。おそらく建築学的に、石の重量を拡散軽減する技術的な必要から作られたのではないか、と考えられてはいるようですが。確かに、信者のためのスペースとしては、高すぎますし、実用性が感じられないです。

壁面にあるフレスコ画は、ほとんどが14世紀以降のもので、私はあまり好きではないのですが、ちょっと興味深い話があったので、記しておきます。
上の写真ではなくて、東側の後陣側のフレスコ画だと思うのですが、聖母子とマギが描かれています。

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下手な写真で、判別しにくいと思いますが、これは、結構後の時代の再建フレスコらしいです。なんかマギが持っている贈り物が、浮き出しになっていて、変ですよね。
オリジナルのこのフレスコ画が、描かれた時なんでしょうか。二日間にわたって、輝き続けた、という伝説があり、この逸話は、当時の多くの史書に記されているそうです。
東側にあるとはいえ、本当にこの場所にオリジナルがあったとすると、マトロネオ的構造で光が邪魔されるため、自然に明るい場所ではないはず。今は、ライトがあてられているので、変に光っちゃってるくらい、まさに輝いているわけですが、当時は、ほとんど真っ暗だったのではないかなぁ。でも、もしかすると側壁の窓から、光が当たる時間があるのかもしれないし、そういう伝説には、理由があるような気がするんですよね。

上の方の西壁右側の壁面には、木製のキリスト像があります。

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これは、12世紀の作品ということです。立派な彫り物ですよね。でも、実際にここにあったものかどうかは、分かりません。

植物モチーフの立派な柱頭がいくつかありました。

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アーカンサス系は、コモのサンタッボンディオSant'Abbondioとの共通性も感じられるということですが、そちらは次回、紹介しますので、確認してみてくださいね。

つくづく、まだまだ行かねばならない場所がたくさんあることよのぉ、と感心しています。
また、昔に訪ねたっきりの教会は、写真も陳腐化しているので、再訪するべき、と感じました。そういうわけで、つい最近、サンタッボンディオにも行ってきた次第なんです。

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  1. 2020/04/05(日) 02:08:51|
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