別嬪さんたちに続くのは、中世の方々。衣装的にも色的にも、かなり地味なので、人ごみに埋もれているんですが、でも実は結構いらっしゃいました。
この方は、腹の出っ張り具合といい、堂々の目立ちぶり。撮影場所のしょぼいのが残念です。
手に大きな盾を持っていて、よくフレスコ画にある騎士の絵と同じで、なかなか凝っているんですよ。このマスクなんて、一体どうやって入手したんでしょうねぇ。
胸の下で切り替えしたスタイルが、とっても中世。
色目は地味で、とても本物っぽい女性一家。お母さんが、「ほら、せっかく写真を撮ってくれるんだから電話を切りなさい!」と言っているのに、子供がかまわず携帯にかじりついているのが笑えました。相手は、もしかしたら急な出張で参加できなくなったパパかも?
やっぱり地味~。
でも中世の村の人々という感じで、愛らしいグループ。
中世系の人々は、やはりマスクとはそぐわない感じで、兜以外は素顔になりますねぇ。
兜と言えば。りりしい騎士を二連発。
地味だけど、結構しっかりした衣装なんです。上の人なんて、びっしり鎖帷子。それこそ、どこでどうやって入手したのよ?と尋ねたくなります。
衣装のインパクトはないし、仮面もつけていないので、かなり一般人にまぎれてしまうせいか、あ、ちょっとすみません、写真を撮らせて!というと、え?僕?撮ってくれるの?といううぶな感じで、精一杯ポーズ。シリアス顔。笑えました。
しかしこういう若者って、一体どういう人たちなのだろう?ナルシスト?縫い物好き?ちょっと不思議。
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- 2011/03/30(水) 05:17:43|
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原発が日々ひどいことになっていて、仕方ないと思いながらも心配が先にたち、なんだか生活に集中しにくい毎日です。原発にかかわって、命をかけてがんばっている人を見ていると、なんだかもうどうしようもなくなります。でも仕方ないとしか。
皆様の健康と安全と将来を、ただ祈るばかりです。
そういうことを言いながら、やるせないんですが。でも、日常、やりますよ。
もう今更でもありますし、全然Casoじゃないけど、せっかく撮った写真をお蔵入りにするのは惜しいので、過去に舞い戻って、停止していた、ベネチア・カルネヴァーレの特集。続けます。
改めて基本に立ち戻って、せっかくなので、美しい女性のお姿をいくつか。
この人は、とにかくぴか一でした。立っている場所も完璧。パラッツォ・ドゥカーレの地味な壁をバックにして、邪魔が入らないような立ち姿。計算しつくしています。そして、お約束の仮面もしてないんだけど、とにかくそのままでうっとりするくらいにきれい。完璧な美、というよりは、衣装とスタイルすべてが計算されて尽くしていて、それに顔の様子もぴったりなんですよね。これ、バロック時代あたりの絵画をコピーしているのかもしれません。カラバッジョ絵とかに出てきそうな感じですよね。わたしはその辺全然詳しくないんですけど、帽子といい、マンドリンといい、小道具が憎いくらい決まっています。超接近して撮影しているカメラ小僧多数。
この方もまた美しくて。ほとんど素顔状態の最低限の仮面ですが、それも全然OKの美しさ。衣装の色も派手じゃないのに、全体のオーラですね、きっと。人ごみで、目立つ目立つ!
どうですか、この自信たっぷりの笑顔。それもむべなるかな。美しいですもんね。お顔もですが、デコルテも完璧…。それにこのバラを前面に出した衣装は、オリジナリティも高く、いやはや。どれだけのお金と時間をかけたことか、と感心します。
この方は、ちょっと庶民的な空気?
でも衣装の統一感はすごい。小物もすべて赤と黒で、もしかして、ミランの大ファンだったりして?
この人がまた、目立っていましたね~。
ピンク。それもベビーピンク。そして色のイメージそのままに羽だったり毛皮だったり、すべてにふわふわ感満載。それでいて、本人は結構年の行ったマダムだったりするんです。頭はマリー・アントワネットだしね。
すごいですよね。こういうのは、もって生まれた顔と姿の美しさがないと絶対にできないスタイルなので、ハードル高いです。でもそういうものを持っている場合、見られたい願望を満たすには、最適な舞台ですね。
皆さん、写真には気楽に応じられますが、こういう高貴な雰囲気の衣装の方ほど、ほとんどしゃべりませんよ。しゃべったら台無し、って言うこともありますしね。衣装につられて、自分の中で高貴な人になっちゃっているのかもしれませんね。
- 2011/03/29(火) 05:22:53|
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昨年末から長々と続けてきたシチリア・シリーズ、当面の終わりです。多分、また行くと思うので、当面。
自分が、いつものことをやっている間に、なんていろんなことが起こるのか。日常って毎日続くように勝手に思い込んでいるけど、まったくそうではないですね。「日常」って言ってられるのが、幸せなんですね。
今日は、何年も連絡していなかった遠方の人から電話が入り、とても暖かい気持ちになりました。連絡しない間に、私のほうが引越しして、電話番号も変わっていたりしたので、なかなか連絡先が見つからなかったけど、とにかく今回の地震のことが気になっていた、と。
この未曾有の事態の中では、とても自己中かもしれないけれど、誰かが自分のことを思ってくれたということは、本当にうれしいことですね。
この人とは、これからたとえ今後連絡がなくても、お互いに忘れずに思いは持っているのかもしれないと思えるということ。連絡してない期間に、わたしは大病したり家を買ったり、なんだかんだいろいろあって、そういうなんだかんだもこの人は知らないけれど、でもそういうことをおいといて、この人の中にわたしは生きていたんだなぁ、というのがほのぼのとうれしかったんです。
シチリアでは、何冊か本を買ってきました。
お隣り合っているマルトラーナとサン・カタルドの本。
それからモンレアーレ。
このキオストロ解説は、とても役立ちそう。さほど詳しくはないのですが、取っ掛かりとして。
こちらはモザイク。モンレアーレのモザイクは、多くが旧約聖書のお話なので、理解するのはそんなに難しくないのですが、わたしの場合は、聖書そのものの知識に欠けているので、そういう意味で役に立ちそう。
そして、こちらは、シチリアの主だったモザイクを取り上げた本で、チェファルーも載っています。
以前ミラノで買いそびれた、イタリアのモザイクという大分な本の縮小版という感じの内容になっています。そういえば、多分同じ出版社。おそらく、この本が最初にあって、そして去年、あの100ユーロ近くもする本が出たんですね。ミラノですぐ売り切れたけれど、パレルモ各所で山積みになっていました、さすがに。思わず買いたくなったけれど、重さを考えたらとても無理だったんで、ある意味助かりました。
ふふ、意外とミーハーな観光客の買うような本しか買わないのねって思われそう。実はそうなんです!でも、観光客向けの本でも、全部読もうとすると、結構大変ですよ。今回のは、読む資料というよりも、見る資料として買ってきたのですが。
では、例によって、気長に研究成果(?)をお待ちくださいね。
- 2011/03/27(日) 06:33:04|
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今度はミャンマーらしいですね。日本の地震とは無関係という話ですが、そうなんでしょうか。かなり被害が出ているようで、心が痛みます。
リビアも、なんだかどうなってしまうのだか。直接巻き込まれているはずのイタリアですが、ミラノは地理的にも心情的にも遠いのか、とても落ち着いています。
こんな状況で、何もないかのように日常を送ることも、どうなんだろう、と常に逡巡してしまいますが、でも、仕方ないので、日常をやってみます。
キオストロ、最後は北回廊です。
サムソンとデリラのお話が、ひとつの柱頭をぐるりととりまいています。
旧約聖書のお話は、結構お話として面白かったりするので、当時の人は、こういうものを見て、うんうん、サムソンだね、なんて面白がっていたのか、または、宗教的に真摯に受け止めていたのか、どうだったんでしょうか。
こちらはまた、変わったモチーフ。
これ、アダムらしいんですよ。一人でいる図なんて、とても変わっています。この同じ柱頭のほかの部分に、イブも一人でいるようです。一人でいることに飽いて、絶望的な様子が彫られているとありますが、確かにアップで見ると、哀しそうな顔をしています。それにしても、他の回廊部分とは、確かに作者が違いますね。
旧約聖書が続くかと思いきや、また面白いモチーフ発見です。
これ、樫の葉っぱが風でわさわさ揺れている状態と、蜂の巣。この二つで、甘さや喜び、ひいては、聖母のシンボルである蜂の巣をあらわし、強調しているんだそうです。蜂蜜、甘さ…、結構直接的ながら、宗教的な感覚と、にわかには結びつかないかも。この、柏餅の葉っぱのようなオークが、妙な存在感です。
こちらは、ラザロの魂を、天使が天国に持っていく場面。
ああ、聖書のことに詳しくないので、旧約や新約や、あちこち見ないと話がわからなくて、今おろおろ、手持ちの本をあさっています。
あ、十字軍かな、珍しいなと思ったもの。
もちろんそういうわけはなくて、悪の破壊と平和の再生を表すシンボリックなモチーフだとか。盾は、神に与えられた防御のシンボルなんですってさ。「信仰という盾を、常に手にしていなさい」と神は言われたそうですわ。
なんかしまりのない終わりですが、こんな感じです。この回廊の面白さって、ちょっとはわかってもらえましたでしょうか。自分自身は、クローズにもめげずに翌日再訪した甲斐があった!と大いに満足しています。
全部の柱頭を撮影したくらいに思っていましたが、実際はそんなことなくて、いまさらがっかりしています。細部を見るには、肉眼より撮影したものの方が、よかったりしますしね。まぁ、おそらく、ここは、またいくことがありそうですから、よし。
- 2011/03/26(土) 07:12:14|
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実は、この1/2ヶ月というもの、原因は不明ながら、なんか気持ちがすっきりしない日々が続いていて、その挙句、最近の大事件の連発で、ますますぐったりとしていました。
そんな中、病院の検査に行き、早朝のアポだったのであっという間に終わるかと思っていたら、なんと午前中いっぱい拘束されて、ますますぐったり。
でも、夕方ごろから変な反動みたいのがむくむくわきあがってきて、天気もいいことだし、やっぱり健康第一だし、このごろ明らかに運動不足だし!よし!ジョギングを再開するか!
と、妙に前向きになってきました。
思い立ったが吉日。さっさと仕事を切り上げて、約3ヶ月ぶりのジョギング。
いや~、辛かったけど、気持ちのよい4キロでした。明日は、おそらく筋肉痛でがたがたでしょうけど。今からすでによろよろしていますけど。
なんとなく、ぐったりした気持ちが、しゃっきりしそうな予感。いつまでもぐったりはしていられないしね。明日に向かって、がんばろう!
さて、モンレアーレ。ここでちょっとキオストリーノ。
南西の角にある、キオストロの中の小さなキオストロ。サイズは小さいですが、柱や柱頭はキオストロと同じなので、装飾が拡大される感じで、迫力があります。
もともとは、修道士たちが、食堂に入る前に手を洗う泉のための場所だったのだそうですよ。そう、このキオストリーノの真ん中は、泉。
その泉にしても、周囲の柱や階段の配置にしても、いろんな意味があるみたいですが、例によって詳細は、将来サイトでまとめるときに詳しく調べましょう。
ここで、わたしのような素人が目を奪われるのは、キオストロの中庭に突き出した柱を覆う、細かいレリーフです。
なんかすごい。かなりオリエントです。後ろに連なるアーチもアラブ装飾だし、独特ですよねぇ。
レリーフは、さまざまなモチーフが、つる草模様の中にちりばめられていて、かなり楽しめます。
人とか、幻獣も含む動物、花や植物。たくさんありますから、いくら見ても飽きない。多くが、図像学的な意味を持つもののようです。
柱頭も、ここもしっかり装飾されています。
レリーフの柱の上にある柱頭は、四季をモチーフにしたもの。これまたかなり細かい彫りです。
グリフィンらしき動物が、羊らしき動物を襲っているように見えるのですが、さて。
もうちょっと続きます。
- 2011/03/25(金) 06:39:25|
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キオストロ、東側に移ります。
いきなり、とてもわかりやすい聖書物語。マリアのエリザベツ訪問です。ここはちょっと時代が下る感じもありますね。
そして、こちらはお誕生の図。
大きい画像で見ると、かなり細かくてびっくりします。
キリストの顔は、残念ながらもげちゃっているのですが、マリアやヨゼフは、そういえば、モデナのヴィリジェルモの彫刻の顔のように、ちょっと様式的なものに思われます。右側にはマギがいるのですが、中国の古い兵馬傭坑の兵士のような顔をしているのが、なんかちょっと。
聖書のテーマが続くかと思いきや、いきなり寓話的になったり。
若者と老人の決闘シーン。守りと攻撃が、対照するもの、賛成と反対、善と悪を表しているんだそうです。わからないなぁ。こういうの、中世の人は、自然に理解していたんでしょうねぇ。
こちらは旧約。私が結構好きな、ライオンとダニエルさんの図です。
ライオンもダニエルさんもちょいとシビアな感じなのですが、天井を支えている人たちの手が妙にかわいかったり、くねくねの足がなんともいえません。
そしてアダムとイブの原罪。
アダムが結構いい男風なんです。マリアやヨゼフの顔、またマギの顔とは明らかに違います。表現も、なんかこっちの方がうまい感じしますけど、どうでしょうか。
まだ詳しく調べていないけれど、ここの柱頭は、一人の石工が作れる量ではないので、もちろん複数の石工がかかわっていることでしょうし、それぞれの持ち味や得意技がきっと大いに発揮されているのでしょう。それをじっくりと分類するのも楽しいかもしれませんね。
ロマネスクはこちらでどうぞ。
現在ブレーシャやっています。資料が少ないし、これはかなり簡単にできるのでは、と高をくくっていたら、しまった!ロンゴバルド、結構本拠地。どれだけ読むか。悩んでいます。
ロマネスクのおと
- 2011/03/23(水) 05:49:10|
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思いっきり時間を戻して、モンレアーレのキオストロです。
前回、西側の柱頭を紹介しましたが、今回は、南側。
まずこちら。ソロモン王とシバの女王とされているもの。
シバの女王は、当時から伝説ということになっていたらしいですね。
この同じ柱頭には、コンスタンティヌスとその母エレナの姿も見られるので、聖十字架伝説、ですね。
これはまた間抜けな感じです。
このアクロバットの姿は、日常からの解放を意味するんだそうですよ。そしてまた、肉体の喜びも。
ちょっと怖いライオンです。
バリバリと音がしそうな状態で、人をかじっていますけれど、これは、善が悪に勝つということなんだそうです。バリバリ…。
こちらは、創世記に言及するテーマで、西側にもありましたけれど、地上の生活には、とげとげ、つまり苦しみがたくさん、という意味で、アーカンサスの上に人がいます。
神が、女性に、「汝の苦しみを、子を産む苦しみを何倍にもしよう」と言ったことが現されています。いぢわる。
ドラゴンと人の頭。
ドラゴンは、キリスト教でも異教でも、必ず登場するシンボリックなフィギュアで、敵の役割を担っています。黙示録では、神に対するもの。
なんだかバラエティに富んだテーマが次々と現れて、面白いのですよ。解説本を買ってきたので、今、こうしていろいろとわかりますが、実際に見ているときは、シバの女王なんて、絶対わかりません。いい本を入手したものです。絶対に現地でしか手にはいらない貴重な本です。
ロマネスクはこちらでどうぞ。
エミリアの後は、久しぶりのロンバルディアですよ。鋭意勉強中。
ロマネスクのおと
- 2011/03/22(火) 05:40:31|
- シチリアの中世
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地震、津波、原発、そして挙句が戦争~!
もうだめだ、やってられないよ、と思っていたんですけどね、モトGP、とりあえず開幕ですから。
開幕の上に、カタールでナイト・レースなので、トライアルからモト2から全部見ました。
モト2、ゆうきが久しぶりにがんばったけれど、表彰台には届かず、非常に残念でした。でも、確実に次につながるレースなので、今シーズン、彼の活躍が楽しみです。
モトGP、これまでのテストやトライアルの結果から、いまさら、ロッシには期待してなかったけれど、やっぱり本番には強いというか、レース運びはタイムとは違うものがありますね。スタートがよければ、トップ集団にも絡めたかも、というレース展開で、スピーズとのバトルでも楽しませてくれて、華があるってこういうことだなって、改めて。
結果は、ストーナーぶっちぎりの、ロレンツォ、ダニ、ドヴィ、シッチ、スピーズで、とにかくホンダのポテンシャルが明らか、て言うレースになりました。ストーナーは、うれしそうでしたね。ロレンツォも。
結局レースを盛り上げたのは、もちろん、ストーナーではなく、ダニ、そしてロレンツォや、下位集団。これなんだよね~、ストーナーがトップにいて面白くない理由。
タイム・トライアルでは全然だめだけど、とりあえずレースになると、がんばれるロッシ。マシンが変わっても、やっぱりスタートがだめそうなロッシ。でも、ひたすら応援するし、今シーズンも絶対何か結果を残してくれると期待しているし。
それにしても、ドゥカの赤と、ロッシ・カラーの黄色は、どうにも相性が悪い…。
やりきれない日々ですが、レースを観戦しているときって久しぶりに純粋に入れ込めたですね。リビア空爆の拠点のひとつともなっているカタールのイベントなのにね。
やっぱり、こういうことって重要だと思うんです。いつもやっている好きなこと。自分が被災者でもないのにこういう仮定はどうかとも思うのですが、たとえば被災地で、モトのレースをテレビで見ることができたら、きっとその一瞬は、いろんなことを忘れられると思うんですよね。一瞬だけのことかもしれないし、そんなのって意味がないって言われればそうなんですけれど、でも生活はしていかなければならないし、気持ちは保っていかなければならないんだとしたら、そういう一瞬って、実はすごく重要ではないのでしょうか。
よく知らないのですが、プロ野球の試合をやるのやらないのという話があったような。プロ野球の選手の人たちは、野球をやるのが仕事なんだし、常にベストを尽くすのが仕事なんだし、できる環境があるのなら、是非やるべきと個人的には思います。
それで、元気が発生する可能性があるんですから。
こんな能天気な生活をしているわたしですが、やっぱり言います。がんばれ日本!
今日、モトでも、1分間の黙祷、そして、表彰台でも、勝ったのがホンダですから、ストーナーが、「がんばれ日本」と書かれた日の丸を振ってくれました。ストーナーだから、なんか全然インパクトなかったですけれど、それでも、そんなことでも、うれしく。ありがとう。
- 2011/03/21(月) 06:12:02|
- モトGP
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パリの週末だぞ!と思って、まずチェックしたのは、近現代の美術館情報。基本的に現代大好きですから、普段ミラノであまり見られない分、かなりうれしかったのです。
でも同時に、もちろんロマネスク視点は忘れていません。
で、調べた限りでは、やはりパリは、ロマネスクというよりゴシックだし、見るとしても、せいぜい、サン・ジェルマン・デ・プレ教会と、中世美術館、しめしめ、今回は近現代美術メインで見学の時間たっぷり、と思っていたんです。
でも、ロマネスク的師匠の方に尋ねると、こことここと、ここも、みたいな感じで結構出てきて、ああああ~、やっぱり見るものあるじゃん。
ということで、かなり時間的にやばいと思っていたのですが、パリも、ミラノより圧倒的に広いとはいえ、実際に歩けば、結構歩けるもんで、かなりがんばって歩いてきました。
まず、パリ最初の観光が、ここ、サクレクール寺院のお隣にひっそりとある、サン・ピエール教会。
メトロでモンマルトルまで行って、駅からサクレクールを目指します。なんとなくこっちかな、と一瞬立ち止まると、開店準備に忙しいカフェーのおじさんが、あ、こっちこっち、そっち行くと階段で大変だから!とケーブルカーへの道を教えてくれます。あらま、パリの人、なんか親切。
実はパリは二十数年ぶり。昔一度だけ来た時は、それなりのレベルのホテルだったのに、ホテルの人が英語をわからないふりとかして、すごく感じ悪いし、嫌な思いをたくさんして、パリは嫌い!だったんですけどね~。英語が嫌いなんて、きっと言ってられなくなったんでしょうねぇ。どこでも英語で困ることはなかったんで、それだけでもすごく楽チンです。
モンマルトルでは、そういえば、絵描きの人たちが日本語で話しかけてきましたねぇ。時間ないし、と断ると、それまでの愛想が一気に吹き飛んで、超感じ悪くなるのが、いかにもパリらしいって感じがしましたけどね。
で、サン・ピエール。
後陣には、確かにロマネスク風の何かが。
正面。ここはユトリロで行きましょう。本物より圧倒的に風情があるし。
このユトリロはオランジュリーにありましたね、確か。白いモンマルトルの絵、昔大好きでしたね。多感な十代の乙女には受ける絵です、多分。
外見はともかくとして、中にはいると、かなりロマネスクのにおいはするんです。
写真よりは全体が薄暗くてね。
でも、やはり、もうゴシック時代のにおいの方が強いのが明らかで。
なんで、壁面の開口部が四角いだけで、アーチの天辺がちょっぴりとがっているだけで、もうだめなんだろう、と不思議にも思うんですけれど、でもそういうもんなんですよねぇ。
でも、ゴシックへの過渡期的な空気とでも言うのでしょうか。どっちつかずな感じっていうか。そういう危うい時代のあやふやなスタイルなのかな、と。そういう面白さが、あるのかもしれません。
- 2011/03/19(土) 06:13:29|
- フランス・ロマネスク
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原発。ひどいことになっていて、余震の怖さも勿論ながら、放射性漏れで、今後の日本はどうなってしまうのだろう?と、本当のところがわからない怖さがありますね。
時間が立てばたつほど、大変さがつのるばかりで、本当に、哀しくなります。
避難所でがんばっている人たちの姿を見ると、どうしてもじわじわ涙が出てきてしまいます。
さっきもNHKで、炊き出しを手伝っている、自身も被災者である高校生が、連絡取れない友達もいるけど、でもきっとどこかで元気に生きてると思うから!ってにっこりした笑顔にやられました。こんな子がいるんだから、日本は大丈夫と思いました。
実際、多くのイタリア人がまず言うのが、「日本人はすごい。粛々と淡々と冷静で。イタリア人だったら、まず泣き叫ぶなり怒鳴るなり、半狂乱になっている人ばかりだとおもう。」ということ。うん、確かにそうだと思います。
子供が見つからない人たちも、年老いた両親を探す人たちも、黙って静かに、時として涙を流しながらも、泣き叫んだりしない。イタリア人のように感情を全部吐き出すのが普通な人々にとっては、この人たち、おかしいんじゃないのか、という風にも見える姿なんです、きっと。でも、これだけの事態ですから、静かにじっと辛さに耐えているということが、さすがにわかるようなんです。
ほんの小さなおにぎり一個の食事。長い行列に並んでもらうりんごのひとかけら。それでも、怒る人もいなければ、横入りする人もいないって、すごいことなんですよ。もしかしたら、そういうことがいかにすごいかって、日本の人にはわからないかもしれないんだけど(それにしてもあの小さいおにぎり一個は、辛すぎます)。
日本人はすぐ日本を批判するけれど、海外に出たらよくわかる。批判なんてする必要ない。っていうか、多くの点で日本人の態度というのは、本当に素晴らしいんだから。これだけの事態なのに、誰も半狂乱にならず、自分が今できること、すべきことを淡々とやって。自分が日本人であることに感謝することは、海外に暮らしていると本当によくあるんですけれど、今回もそうです。若い人からお年寄りまで、見事にがんばっていて、素晴らしい。皆さんに感謝したいです。
こういう事態で、不要不急の内容のブログを更新するのが、どうしても難しくって、お休みしてしまっていますけれど、でも、わたしは、これまでもこれからも同じように生活していくんだし、今だけ中止しても何も変わらないと思って、また再開することにします。ロマネスクも、現代美術も、開幕間近のモトGPも、とにかくすべてが不要不急で(まぁ、趣味ってそういうもんですけども)、笑っちゃうんですけれど、大好きな絵本のフレデリックのように、そういうものをたくさん集めて、いつか役に立つ日が来るかもしれない、なんて思って。
そういえば、グスコーブドリ、ですよね。原発に、どうなるかわからないのに、って言うか、わかっているだろうけれど、自分が行くしかないからって入っていった人たち。
そんな人たちって、いないって。世界中どこ探したって。って、思います。ありがとうございます。
わたしは、能天気な記事を書いていきます。せめて自分自身のフレデリックになるために。
パリで見つけた春の写真を貼ります。
- 2011/03/18(金) 05:54:46|
- ミラノ徒然
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