ベネチア・ビエンナーレ2013 その1
ベネチアにビエンナーレ詣出、今回も日帰りで行ってきました。
今年はアートの年。建築に比べると、「体験型」みたいのも結構あるので、見学に時間がかかり、9時40分着18時20分発と言う列車の時間にしばられた中では、かなりのハードワーク。ハードなスケジュールは、中世探訪の修行旅で慣れているとは言え、ゲージツ品の量が半端じゃないので、最後の方はかなり義務状態になりまして、その上、街のあちこちで開催されているサテライト展を見る時間はほとんどないし、さらに、多数ある共催企画の展覧会(カロやタピエス、見たかったです)に近寄ることもできず、ということで、今後、日帰りツアーは見直した方がいいかも、と思っております。
とは言え、ベネチアは滞在費がかかるので、結局小刻みに日帰りツアーを実施するのがいいんじゃないか、という情けないことになりそうな予感も。
昨年は確か6ユーロだった水上バスの一回券が、なんと7ユーロになっていたし、もともと前提がひたすら歩く、の町ですが、本気で歩くしかないです。7ユーロってひどい…。
今年第55回目となるビエンナーレのテーマは、Il Palazzo Enciclopedico、英語では、The Encyclopedic Palace。百科事典的宮殿。何でもかんでも知りたい、そのために世界中から何でもかんでも集めた宮殿を作りたいという妄想をしていた過去のアーティストの夢であるところの百科事典的宮殿、ということらしいんですけどね。ほぉ、そうですかね。
ちなみに、ジャルディーニおよびそれ以外にある各国パビリオンには、それぞれ各国のキュレーターがいるので、この全体テーマは、それ以外の展示について、ビエンナーレ総合ディレクターが決めるもんです。総合ディレクターは、毎回変わるので、その人ごとの色が出るわけで、ディレクターによって、今回は興味ないとかどうとか、そういうところから見るアートの通もいるんだと思います。
そういや、わたしが建築ビエンナーレに興味を持ったのも、日本人の妹島さんがディレクターを務めるということでした。
今回のディレクターは、Massimiliano Gioniという方。名前はイタリア人ですが、国籍は知りません。わたしは通じゃないので、ディレクター云々語るも何も、ビエンナーレ詣出は習慣になっているから行ってみただけ。どっかで、かなり若手で、ニューヨークのどこぞでキュレーターしている方、と読んだ気がするのですが、確信なし。
でも、急ぎ足見学の結果として、わたしには全体として面白いとは思えず、多分わたしとは志向が違う人だったということなんでしょう。
さて、いつも同様、まずは各国パビリオンの並ぶジャルディーニに、ベネチアを楽しむ風情も何もなく、急行水上バスで直行です。
なかなか来ない水上バス、そして、ジャルディーニのチケット売り場は長蛇の列で、早朝ミラノを出発したのに、入場したのは、既に10時50分頃で、端から焦りまくり。
これまでの反省をこめて、写真は最低限と決めて(数多く撮影しても仕方ないので)、とにかく手近な場所からどんどん見学を開始。
のっけに見たベネズエラ館。いつもはほとんど通り過ぎるだけなんですが、映像が割りと面白くて、この1本は最後まで見ちゃいました。って言っても3分くらい。壁に描いてあるだけの文字が、映像を投射されて、色を変えたり、変に本物の造形に見えたり、物語的な映像になったり。だからなんだ、ってのはありますが、この反対側では、普通のベネズエラの風景が三面に大音響音楽とともに投射されていて、とってもありがち~、つまんない~、と思ってしまったんで。
次はロシア館。最近、妙にリキはいっている展示が多くて、期待大。
なんか、上からジャラジャラと金貨が降ってくる。
降ってくる部屋に入るには、危険なので、ビニール傘をささないといけません。面倒だと思いつつ、一応入ったけど、でも意外とすごくつまらなかったです。上に上ると、金貨をジャラジャラ降らせるためのベルトコンベヤーみたいのがありました。たいそうな器械っぽいのが、ちょいと笑えました。
ダナエ、とタイトルが付いてました。確かに、ダナエ風ですけどねぇ。
お隣の部屋では、乗馬服のお兄さんが、天井の梁に腰掛けて、下には金貨ではなく木屑あり。
梁は、とっても座りにくそうなのに、それもかなり高所なのに、何もしないせいもありますが、気付きもしない人も多いのが、かわいそうでした。でも、こうなると、もうわたしには何がなんだか。面白いのか、これ?
いや、そういう風に見るものじゃないかも、だけど、わたしの現代美術に対する気持ちはそこからなので。
そして日本館。
この9478.57Kmは、福島までの距離、みたいなことが書いてあったな。
キュレーターだれだ?
なんか立派な賞を獲ったみたいなんだけど、館全体のコンセプトがわたしは嫌いでした。津波や地震は忘れちゃいけないし、ありだと思うけれど、なんかアプローチが嫌。
入り口の看板とか中の備品も、昨年の建築ビエンナーレの、「みんなの家」の展示の際に使ったものを再利用しちゃっています。
なんか違う気がする。
そんで展示も、とっても高い評価を受けたらしいんだけど、なんか脳内アートって感じがして、そのちまちま感が、好みではありませんでした。複数の人たちが、一人の髪を切ったり、ピアノを弾いたり、本来は複数でやるべきことじゃないことを複数でやる、みたいな作品で、ビデオがそれを流しているんだけど。
ひとつでも、本当にやってほしかったな。そこだけじゃないけど。
あとね、パンフレットも丁寧すぎ。このところ、どんどんせこくなってて、どこもそんなに無料の紙資料置いてないし、置いてあっても、ぺらぺらの紙に説明があるくらいなんだけど、日本館の資料はすごい上質紙にカラー印刷なんてして、それが複数あったりします。おそらく、日本人が説明薀蓄好きなので、作品を語りたいトレンドがあるのかも、だけど、やりすぎな気がしてしまいます。
そんでもって、ビデオ、長いんですよね。最短で30分強?
詩人が5人集まって詩を作るみたいなビデオは、せっかく日本語だったけど、よく聞こえないし、字幕みるのは面倒だしで、もう5分見たら飽きちゃうオレ…。椅子があるから、見学の最後に、休む気で来るにはいいかも、とか邪道なことを考えてしまった。わたし、ほとんど一日の初めで、足もまだ元気だったしな。
もともと、ビデオ作品って余り好きじゃないし、それもこういう、語っちゃうって言うか、全部見ないとわかんないじゃん、って言うのは、だめだわ~。これがライブだったら、それなりに見たりすると思うんだけど、だめかな、この感覚。
ということで、さくさく行きたいのに、やっぱり躓いてしまいます。
次回からはさらりと。
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- 2013/09/30(月) 05:12:14|
- アートの旅
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ラツィオ北部のロマネスク その24
トゥスカニア6
サン・ピエトロ教会Basilica di San Pietro続きです。
いよいよ、入場。
おお!
なんという驚き。感動。
事前に、結構いいかも、と思っていながら、まず外観でおお!と思いすぎちゃったりして、中に入ってがっかり、っていうパターン、結構あるんですが、ここ、トゥスカニアでは、サンタ・マリアもそうでしたけれど、裏切りがないです。本当に、おお!なんです。
ずいずいと突き進み、いきなりクリプタにも入場!
これがまた期待通り。
ただこのときは、直前にアクアペンデンテを見てしまっていたので、本来あるべきよりは、若干薄い感動だったです。ハイ。ここだけいきなりきていたら、これはもうかなりいっちゃう感じのすごさでした。円柱の森、ですよね。すごい~。
柱頭はかなり地味なんですが、細かいヴォルトと円柱の連続が、圧倒的に迫力です。
一部フレスコ画が残っていますが、どうやら後代のもの。
ということで、余りこだわらずに、本堂に戻ります。内陣部分。
ここも、フレスコ画はちょっと新しいものです。でも、いかにも新しそうなチボリオは、実はオリジナルは古そうで、実際いかにも、の碑文が見られるのですが、細部は失われてしまって、漆喰べたべた状態で、ちょっと寂しい姿です。
チボリオ前の床面は、びっしりとコズマーティ。
立ち入り禁止は、寂しいですね。コズマーティは、踏まれてなんぼ、っていうか、なんかある程度踏まれて踏まれて、その古びた様子が美しいっていうか、勝手な言い分ですけれど、床面のモザイクは、正直、余り囲ってほしくないのです。特に、それほど繊細でないコズマーティについては、踏める状態にしてほしいなぁ。すっごく勝手ですけれど。
内陣と本堂を分ける部分の障壁には、わたしの大好きなロンゴバルド・ビスケット文様が多数ありました。
やっぱりかわいい。どこで見ても、どこにあってもロンゴバルド・ビスケットは好き。
この分割部分には、ちょっと面白いものがあったのですが、撮影禁止の中でこっそり撮ったため、かなりピンボケ。
アーチのトップの下部が、不自然に、ぎざぎざになっているんです。これは、確か現地にいた売店の人に理由を聞いたりした記憶があるんですが、すっかり忘却の彼方。なぜかメモも残っておらず…。どっかで調べたら理由が分かるでしょうかね。
全体にとてもよい教会で、強力にお勧めできます。
ただし、ここの売店では何も買わない方がいいです。他で買えないと困るから、と思って購入した本、町より1.5ユーロも高く売っていました。がっかりしますよ、こういうの。でも、売店のおばさんは、それなりに親切に、いろいろ教えてくれたので、ガイド代、と納得しましたけど。
この教会の向かいがエトルリアの遺跡になっているせいか、教会の前には、現地の土で作った焼き物のお土産屋さんがあって、かわいらしいエトルリア・モチーフの飾り物をいくつか買いました。
いかにもアーチスト崩れ、みたいなお兄さんが売っているのも、なんか妙に面白くて、意外と高かったのに…。でもね、左側のは、ゆらゆらと前後に揺れるのがかわいいし、右側のは、一応ものを入れたりできるようになっているもので…、って何の理由にもならないですが、とにかくかわいかったんです。馬と、そして、女のシンボルにもなっていたというヒョウ。なぜヒョウが女性のシンボルなのかは知りません…。
ということで、トゥスカニアおしまいです。
- 2013/09/28(土) 05:26:47|
- ラツィオ・ロマネスク
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ラツィオ北部のロマネスク その23
トゥスカニア5
サン・ピエトロ教会Basilica di San Pietro続きです。
ファサード、一見するとそんなに派手でもないんですが、細かいところに妙にかわいらしいものがあったりして、宝探しがとっても楽しいのです。
三つある扉回りは、そういう装飾で一杯。
まずは、正面のメイン扉。
なんといっても、アーキボルトです!遠めには、何かちまちま模様があるな、という程度しか見えないので、本堂に入る前にざっと見たときはまったく気付かなかったんですが、じっくりと観察を始めたら、これ!
いや~ん!めちゃくちゃ素朴で愛らしい、わたし好みの彫り物がびっしりあるんです。一番外側が、動物や人のモチーフの連続で超かわいらしくて、内側は、地味めな植物モチーフのリピート。
いつも来てくださる方には、どれだけわたし好みかってきっと分かってもらえると思います。人がいろんなこと、それも生活に根ざした活動、漁や狩、農作業やなんかをしているんだけど、ほよよ~んとしていて、表し方が独創的で図像的なもので、かわいらしさが先にたつっていう感じなんですよ。
12ヶ月の図になるのかな。だとすると、この教会の建てられた時代より、若干下った12世紀後半とかになるんでしょうかね。でもね、余りきれいなので、もしかすると修復プラス再建、という可能性もあるかもしれません。でもこんなにかわいらしいんだから、それもオウケイ。
アーキボルト根元には、どれにも柱頭装飾あり。これは一番右側手前。
髪の毛状のうねりがあって女の子?ペンテコステの状態ですね。卵のお顔がつるつるでかわいい…。
左側の扉。
アーチと付け柱ですっきりバランスがよいですね。アーチの下に、唐突に大理石のライオン君頭部がはめ込まれていますが、これはおそらく違う時代のものが違う時代にはめ込まれたんだと思います。すっごく唐突で、本来の装飾とのバランス無視っていう感じ。
この扉周りの装飾は、明らかに後代のもので、ロマネスク的には余り面白くないのです、残念ながら。
もうひとつ、右側扉。
構造的には、左と対象になっています。なんと、唐突なライオン君の位置までシンメトリー。よく見れば、左のライオンは左を、右のライオンは右を向いているので、もともとこういう形でどっかに置かれていたものなのかとも思われます。そして、つけた人の気持ちがちょっと分かるのは、遠めで見ると、褐色の壁部分に、左右対称にぽつんとこのライオン君の白がアクセントになっているんです。考えたといえば、考えたのか。
よかったら、昨日の、全景写真を確認してみてくださいね。
右扉には、リュネッタに彫り物があります。
なんだなんだ?妙に怪しい形…。ウマのないヘタって感じも?
上の方にあるバラ窓も、コズマーティがあしらわれていて、とてもきれいです。
正面扉にも、たくさんのコズマーティ。本当に手の込んだ装飾が施されています。全体地味なのにね。
ということで、なかなか入場できません。
- 2013/09/26(木) 05:08:22|
- ラツィオ・ロマネスク
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ラツィオ北部のロマネスク その22
トゥスカニア4
前回まで紹介したサンタ・マリア・マッジョーレは、町に入るかなり手前の坂道の途中にありますが、その坂道を登っていくと、左に現在の旧市街に通じる比較的平坦な道、そして、右には、さらに急な坂道があり、その坂道の突き当たりに建つのが、サン・ピエトロ教会Basilica di San Pietroとなります。
余り急な坂道で怖くなって、すぐに後戻りして、旧市街入り口にある平坦な駐車場に車を停めて、徒歩で上りました。情けないですが、坂道の途中でエンストして、坂道発進がうまくできないもので、後ろに転がり落ちそうになったことがあるもんで、先の見えない坂道は、本当に怖くて…。
坂道の突き当たり、右側に、教会があり、左側には、エトルリアの遺跡のある緑が広がっています。訪ねた日は、残念ながら、雨のぱらつく曇りでしたが、晴れていたらこの丘からは、絶景が楽しめることでしょう。
坂道の途中からは、サンタ・マリア・マッジョーレを望むこともできます。
本堂は、大きな塔に隠れちゃっていますが、塔のあるのがサンタ・マリアです。
位置関係を、さらに分かりやすく見ると、こういう感じ。
サン・ピエトロの方が巨大で、建物全体の美しさは勝っているかも。いや、勝ち負けではないけれども、やっぱりカテドラルの位置にあっただけに、というところが感じられるような。半円の後陣も、ほっそりと背が高くて優美なんです。
そして、ここ、クローズの時間に来ちゃったら、本当に心底悔しくなるだろう造りなんです。全体が、壁に囲まれていて、入り口の鉄扉が閉められたら、ファサードに近づくどころか、一ミリだって目にすることができない構造です。
鉄扉を潜り抜けて中に入っても、右手には比較的新しそうな建物があって、エトルリア時代の彫刻などが無造作に置かれています。この辺には有り余ってるんだろうなぁ。
そして目の前に広がる公園状の緑。
あら、教会はどこに?と思って数歩進むと、右手の眺めがこれです。
ファサード、レンガ積みと白い石の二色使いは、サンタ・マリアもそうでしたが、サンタ・マリアの方は、とても狭い場所にファサードがあるので、全体を愛でる余裕がなく、こういう風にバランスを楽しむことができないんです。こっちは、緑とレンガと白と、そしてしつこいですが、晴れていれば空の青と、すべてのコントラストが計算されているような美しい眺めを、余裕で楽しむことができます。
また、いきなり目の前に広がる出会い、とてもインパクトあって、いきなり舞い上がってしまいました。
創建は8世紀で、15世紀までカテドラルだった教会です。かなり長い間、現役も現役で使われてきた教会ですから、時代ごとの異なる装飾がちりばめられていて、その集大成ともいえるファサード。
衰退した時代のにおいも若干ありますね。ディテールに面白いものがぎっしり。大好き系な超素朴浮き彫りも発見。じっくりご紹介していきます。
側壁の方も、細かいアーチ、大き目のブラインド・アーチと、装飾的で美しいです。付け柱も、壁と同色で地味ながら優美。
塔が二つもあって、すっごく無骨なのも印象的。
ひとつは、ほぼ本堂と並ぶような横位置、もうひとつは、教会との関係が不明な位置関係にあります。丘の天辺という場所柄、かつては城壁に沿ってあった物見の役割をになう塔だったのかもしれません。形状的にはかなり古そうに思います。
それにしても、旧市街はずいぶん以前に今の場所に移動していたと思うのに、よく15世紀までカテドラルでいたということがちょっと不思議。早く詳細を調べてみたい、と思いつつ、まだたくさんやることがあるので、調べるのはずいぶんと先になりそう。印象だけは覚えておきたいと思います。
続きます。
- 2013/09/25(水) 05:30:24|
- ラツィオ・ロマネスク
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ラツィオ北部のロマネスク その21
トゥスカニア3
サンタ・マリア・マッジョーレ教会Chiesa di Santa Maria Maggiore続きです。
内部の見学を終えて、外に出た頃には、またもや雨が降り出し、最悪なコンディションとなりつつありましたが、めげているわけには行かず、ファサード他、外観見学に入ります。なんといっても、ぱっと見だけでも、いかにも面白そうなので、興奮しまくり。
ファサードには、三つの扉がありますが、どれも、独特の装飾を施されているのが見所。正面扉のリュネッタ部分は、聖母子。
若干時代が下る感がありますが、なんか、取り留めのないリュネッタ。でも全体の装飾は、かなり細かくて、「恐ろしくリキ入ってる」って感じなんですよねぇ。サン・ピエトロとかサン・パオロとか、おそらく今以上に誰でもが認識できたはずの聖人の彫り物なんかが施されて、スピリチュアルには、かなりハデハデの正面扉装飾になっています。
左側扉のリュネッタ。
そして、右側扉のリュネッタ。
なんか、素朴って言えばそうなんですけれど、どちらについても、妙な力強さがあって、見ていて「どうしましょ」って思わされるって言うか、押し付けがましい何か力があるのが、不思議でした。やっぱ、スピリチュアルな何かある?
アーキボルトが、ちょっと時代下る感じの完璧さを見せているせいなのかな。
ざっと見ただけでも、確かに、相当長い時代かけて作られて、今この姿になっていうなっていうのがあるからかなぁ。
後陣。
地味ですけれど、半円部分には、大好きな付け柱、そしてロンバルディア風の盲アーチもあって、アーチの垂れ下がり部分には、しっかり細かく彫り物装飾有りです。
こういう、さりげないところに、結構ガツンとやられちゃうんですよね。
本堂前に建っている鐘楼。
この、鐘楼の建ち位置なんかも、ライバルだったサン・ピエトロとの関係から、いろいろ意味があったりするみたいで、ちょっと面白いんです。そのあたり、今のところは旅の際に入手した資料なんかを、さらりと読んでいる知識に過ぎないんですが、サイトにまとめる際には、しっかりとチェックしたいと思います。
いずれにしても、ディテールが面白い教会。もちろん、起源が古くて、その時代のものがそれなりに形として、または思いとして、残っているからこそ。次に訪ねるサン・ピエトロもまたそういう場所。
ここは、土地に、歴史と文化と思いが残っている場所なんだと実感します。エトルリア時代から神聖な場所ってことは、やっぱり何かすごく神聖な場所なんだと思うし。
- 2013/09/23(月) 06:01:03|
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ラツィオ北部のロマネスク その20
トゥスカニア2
そろそろ町に着くな、というところで、ナビがいきなり右に入れ、というので、素直に、急坂の右への道へ入ったら、もうそこが、目的のひとつ、サンタ・マリア・マッジョーレ教会Chiesa di Santa Maria Maggioreでした。
トゥスカニア旧市街へと続く坂道の途中なんですが、わたしにとって幸いなことに(何度でも言いますが、坂道発進のできない人間です)、教会前に、若干の平らなスペースがあり、何とか駐車できました。雨が降ったりやんだり、非常にいやらしいお天気ながら、迷わずに教会に到着して、その上簡単に駐車できる、というだけで、わたしにとっては最高のアクセスです。
開いているので、まずは本堂を中から見学。いきなりびっくりです。
この足組みは!
修復と思い、入り口にいる人に尋ねたら、これは耐震のための設備で、比較的最近、取り付けられたもののようでした。最近中部イタリアはしばしば地震があるし、この土地は1971年に大地震に見舞われている地域でもあり、仕方のない対策でしょうが、それにしてもびっしりで、見学には、正直邪魔…。
うへぇ、こんな状態では、と意気消沈。でもね、ここ、持ってるんですよねぇ。
この、左身廊に置かれた説教壇。
わたしの大好きなロンゴバルド系の彫り物びっしりで、もうどうしよう、と意味もなくどきどきしちゃいました。
旅の前に、地図やルートはそれなりに調べますが、見るべき内容については、あまり細かく調べないので、実際に現場ですごいものに出くわすと、素直にびっくりしてしまうんです。
だって、こんな、素朴でかわいらしいんです。ロンゴバルド彫り物の王道って感じのモチーフびっしりで。
教会の作りも、壁に時代の下るフレスコ画が描かれているのですが、構造は古いままで、全体に古び感がしっかりと残されています。
側廊の壁部分。大きなアーチに付け柱の円柱と柱頭。床が妙に新しいのが、かなり残念です。
古そうな祭壇。
祭壇そのものはともかく、前面に掘り込まれている文字の、なんと中世っぽいことか。読めもしないのに、わくわくしちゃいます。
素朴な柱頭も、全体にしっくりあっていて、愛らしい。
ライオンに頭ガジガジされているモチーフが、愛らしい、はちょっと違うかもしれませんが、でもライオンのお尻とか、ぼやんと口をあけているこの悪魔みたいな子とか。
この人たちは、何をしているんだか。
後ろに、ルネサンス期以降とかのフレスコ画びっしりで、その対比的にも、こういうプリミティブな柱頭、面白かったです。多分、これらが隠されていた時代もあるのではなかろうかと思うと、今、こうやって目にできるようになった幸運に感謝したくなります。これはいつでもどこでもそうですけれどね。現代に修復、バンザイ!バロック好きな人には、あ~あ、ということが多いのかしら。
この教会、起源は7世紀頃と、本当に古いです。古くから神聖な土地で、多くの時代の多くの異なる宗教の、それぞれの神聖な場所としての積み重ねがあって、今があります。
前回書いたように、町の位置すら変わり、定住者の民族も代わり、それでもなお、神聖な場所であり続けたことに感動します。
この教会のすぐそば、町に向かう道沿いに、エトルリアの墳墓跡があります。そういう土地なんですね。いやはや。
- 2013/09/22(日) 06:55:31|
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ラツィオ北部のロマネスク その19
トゥスカニア1
ずいぶんと寄り道が激しく、すっかり離れちゃっていましたが、ラツィオ北部の旅、再開します。まずは、ラツィオ・ロマネスクの中でも、最重要な町のひとつトゥスカニアを、降ったりやんだりで鬱陶しい雨模様の中、訪ねます。
小高い丘の上に町があるんですが、周囲を取り巻くなだらかの丘の連続、その合間を縫って走るドライブ、晴天だったらさぞや気持ちよいだろうなぁ、というロケーションです。曇りでも、いや、雨でも、やっぱり美しいんですけれど、でも、緑や、ちょうど木の芽時花時だったので、そういう自然の色をめでるには、やはり晴天に限る感じがしました。
この町の起源はとても古くて、紀元前3世紀、おそらくエトルリア起源の古い道が一部、今の旧市街のすぐ外側に保存されていました。
クロディア通りVia Clodia。歴史的な道であるアウレリア街道とカッシア街道を結び、ローマとこのあたりの土地の往来に使われた道だそうです。ローマ時代は、幅が3メートルもある広い道だったそうです。
往時は、この街道沿いに、旅人のための宿泊所、救護所、レストランなどがびっしりと立ち並んでいたとか。今、この道はところどころで名残を見せているようですが、そんなに栄えている場所はなさそうなので、もしかすると、ローマや中世の時代の方が、今よりも激しく人々の往来があったのかもしれません。
この町には、ロマネスク時代の教会が、それもひどく立派な教会が、なんと二つもあります。どちらの教会も、びっくりするくらいよく保存されています。特に、この町が、近年(1970年代)、地震で大きな被害を受けたことを考えると、よくも倒れなかったものだと感心するほど。
その教会は、二つとも、町外れにぽっつりと建っています。
全体に小さくてわかりにくいかも知れませんが、ほぼ中央に建っているのがサン・ピエトロで、そのすぐ右下にあるのが、サンタ・マリア・マッジョーレという、中世期の二大教会です。左の方に見えるのは、古い城跡と城壁です。
これは、高台にある旧市街の端っこからの眺め。
なぜこういうロケーションになっているか、というと、つまり中世期まで、町は、上の写真の部分、教会や城の辺りに広がっていたということなんです。
この風景の部分が、丘になっていますけれど、今の旧市街部分も、ちょっとした谷を挟んでやはり丘で、もうちょっと全体に大きくて背も高い丘なんです。昔の町は、サン・ピエトロが最も高いポイントに建つ感じで、丘の上というよりも低地部分に広がっていたようなのですが、環境が余りよくなかったために、徐々に今の場所に映ってきたということのようです。もちろん防御の意味もあったのでしょう。
実は、教会を見学した後、旧市街に入って、すぐに目に付いた小さな本屋さんに入りました。現地でしか入手できない書籍は多いですから、こういうチャンスがあれば、必ず立ち寄ることにしています。狭い店内に親切そうなおじさんが一人。見回すと、どうも中世のものが目立つんです。声をかけられたので、中世、特にロマネスク関係の本があるかどうか尋ねたら、おじさんの目が輝いて、そこから中世談義が始まりました。
なんと、その本屋さん、中世専門だったんですよ。おじさんも、十字軍のアマチュア研究家だということでした(でも失礼なわたしは、その話をフォローせずに、ロマネスクの話にまい進してしまって、後からこそっと言っていたのを思い出し、非常に反省しました)。
古地図等を引っ張り出してきて、トゥスカニアの歴史を様々な角度から教えてくれました。
わたしの大好きなタモリ倶楽部で、タモリさんが古地図片手に江戸を歩くというような企画をよくやっていますが、イタリアでそういうのは、初めて。町の古地図もほとんど見たことがないように思います。
この本屋さんのおかげで、実に楽しくて充実した時間を過ごさせていただき、トゥスカニアが大好きになりました。残念なことに、その場で買うべき本が、確か一冊6ユーロ程度の小冊子しかなくて、大変申し訳ないことでした。そういえば、後からサイトで検索してみようと思いつつ、すっかり忘れておりました。
こうしてブログで旅を後追いすることで、当時走り書きしたメモ等から、いろんなことを思い出しています。まさにこのために、ブログを書いているようなもので、久しぶりに、意義を感じています。
薀蓄が長くなってしまいましたが、次回から教会を訪ねます。
- 2013/09/20(金) 03:21:31|
- ラツィオ・ロマネスク
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夏休み、番外編
昨年に続き遊びに来てくれた姉ですが、今年もどっさりと漫画を担いできてくれましたので、ちょっとそのことを。
いやはや、最近の日本の漫画、本当にすごいですねぇ。なんていうか、どんどん深みに入り込むというのか。昨年出会い、心底びっくりしたのが、これ。
チェーザレ。いわずと知れたチェーザレ・ボルジアの伝記ものです。
わたしの世代、というか、同じような時代にイタリアに来ている人は、多かれ少なかれ塩野七生さんの著作の影響を受けているケースが多くて、チェーザレといえば、彼女の著作で知ったり、またファンになった人も多いはず。
わたしなど、超のつくミーハーですから、まさにその王道で、チェーザレもそうだし、ベネチアについても、コンスタンティノーポリにしても、最初は塩野さんでした。今は好みが中世に行っちゃってますから、塩野さんとは完全に袂を分かってしまいましたが(というのも変ですが)、でも、きっと今でも、イタリアに関しての彼女の影響力は、それなりに大きいものがあるのではないかと思います。
とはいえ、ローマ人の物語も完結してしまったし、やはり最初の頃ほどの普及度はなくなっているようで、若い人では、イタリアに来る人にして、読んだこともないとか聞いたこともない、という人がいる時代です。
そんな中、このチェーザレ。
ニッチな漫画かと思っていたら、実はかなりメジャーな人気作品だということを知り、二度びっくり。最近も化粧品大手と広告コラボをしたとか言う記事をウェブで見ました。
今回、最新の9/10巻が届きまして、ますます面白い。絵もきれいだし、登場人物が魅力的。とにかく歴史公証もすごくて、ただ感心。今後も楽しみな作品。
一方、ちょっと前に友人が最新刊を送ってくれた「大奥」。
これも、もはや説明の要らないほど有名な作品ですよね。
実は、友人に貸していて、つい昨日、数ヶ月ぶりに返って来たばかり。この最新刊、持っているのを忘れていて、改めて読み直してしまい、改めて面白かった!時代があちこち飛んだりするので、時々読み返すたびに、毎回楽しめるのも魅力。ってこれは物忘れの激しいわたし特有の事情かしらん。
戻ってきた作品中には、これもすっかり忘れていましたが、大好きな「聖お兄さん」もありました。人に長期間借りていただくのも、改めて楽しむのによい方法かもね。
こちらは、どの程度著名なんでしょうか。「時の地平線」。
三国志ですが、諸葛孔明にポイントを当てた歴史物。
一年ほど前、遠方の友人宅で見つけて、必ず返すから、ということで5巻借りてきました。約束どおり、ほぼ一年たって、つい最近遊びに行ったときに返してきたんですが、借りている間に、漫画仲間に又貸したところ、彼女大変気に入って、日本に一時帰国した際、不足していた続きから完結編までを持ってきてくれました。
最後がちょっとはしょった感があるのですが、それでも面白いです。これも絵がきれい、って言うか諸葛孔明がとってもイケメンで、全体にお洒落感もあって、それでいて曹操を始めとして登場人物それぞれが面白くって、やっぱり漫画ならではなんですよね。
また、全然タイプの違うこちら。「深夜食堂」。
ずいぶん昔に、日本の友人が1/2巻を送ってくれて、これはいい漫画だなぁ、とジーンと読んでいたものですが、まさかまだ連載が続いていたなんて。ちょっとテンション落ちてて、長く続けすぎじゃないのかと思いましたけれど、よくできたお話ですよね。
よくできた話といえば、これ。ほろりと来ます。
こういう、ホロリ感は、まさに漫画でしか表現できないんじゃないのかなぁ、と思う作品です。手塚治虫文化賞というのがどういう賞なのか知らないですが、確かにヒューマニストの手塚さんぽいかも。何度読んでもホロリ。
その他もたくさん。
我が家の漫画蔵書、本棚には限りがありますから、増えすぎると友人にプレゼントしたりもしてきていますが、どうしても手放したくない漫画ってありますね。それは本とまったく同じ。
わたしは、どちらかといえば本をよく読む方だと思うのですが、本を読む人はほぼ漫画も大好きな人が多いですね。逆は必ずしもそうではないのですが。とにかく今の漫画は読まないともったいないくらい面白い。漫画家さんって本当にすごいです。お話を作って、絵を描いて、演出して…。
よい漫画にめぐり合うと、よい本にめぐり合う以上に、日本語ができてよかった、とつくづく思います。だって、日本の漫画文化って、やっぱり独特。
といいながら、自分で日本から持ってくるのはなかなか難しいんです。同じ容量なら、漫画って一気に読めてしまうので、やはり本を選んでしまうんです。だから、わざわざ重いのに運んでくれる姉や、時々どっさりと郵送してくれる友人たちには、本当に感謝しております。他はなんともいえませんが、漫画好きな友人については、少なくともこの点は友人でよかった、と思ってくれてるかも。
日本にいても、読まない人は読まないんでしょうねぇ、きっと。もったいないことです。
- 2013/09/18(水) 05:56:07|
- ミラノ徒然
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イタリア王道観光旅行17
シエナだルッカだ、とあんまりうろうろしすぎて、フィレンツェ観光の時間、足りなくなってしまいました。わたし的には、「別に~」、なんですが、初めてフィレンツェに来た姉には間違いなく物足りなかったはずで、ちょっと企画の甘さ露呈状態で、申し訳なかったです。でも、食が充実したから、いっか~!
とは言いながら、一応はフィレンツェ歩いてますよ。
なんといっても、メインはウフィッツイで、ここはもう十分すぎるくらいにゆっくり見て、私自身、こんなにゆっくりじっくりとウッフィツィを歩くのは何年ぶりかっていう感じでした。
シニョリア広場のベッキオ宮。今回の発見は、この広場の一角にあったグッチ博物館。これは、ベネチアにあるプラド美術館のように、もしかしたら訪ねるべき場所?と気がはやりましたが、残念ながらグッチ博物館は、グッチ社の歴史を見せ付ける会社の博物館のような内容らしく、今回訪ねなかったからいいようなものの、がっかりしました。
ファッション的にどっちがどう、ということもまったくないくらい、ブランドに興味のないわたしですが、少なくともやっていることから言えば、プラダに軍配ですねぇ、完全に(プラダがベネチアに持っている美術館は、古い建物を改装した、現代美術を多数所有する本物の美術館です)。
そして、ウッフィツィです。
外見はまったく変わらずですが、ここも10年ぶりくらいになりますか、中はずいぶんと変わっていてびっくりしました。よい意味でね。
内部は写真撮影厳禁ですから、もちろんカメラは封印。
それにしても、ボッティチェリのある部屋でしたか、つい撮影してしまった観光客(多分中国人)に対して、監視員の怒り、半端なくて怖かったですねぇ。そこまで爆発しなくても、というような怒り方で、なんというのか。まぁ、盗難とかいろいろありますから、自分の責任は絶対に免れたいだけの一心と思いますけれども、それにしても、全体の雰囲気とか、もうちょっと何とか穏やかにできないものかと思いましたねぇ。
とにかくすごい観光客。
もちろん事前予約したんですけれど、ここのシステム、最悪です。いかにもイタリアって言うやつで。そもそもインターネットで予約するんですが、ネット上で申し込みした際に、予約完了って言うだけで、なんら証拠となる画面が出てこなくて、数日中にメールでご連絡が行きますって言う文言のみの画面だけ。リファレンス番号とか一切なし。
それでも普通だったら、即座にメールで何らかの連絡があるのに、それすら一切なし。で、数日待っても何もなし。さすがに3日後くらいに、問い合わせメール・アドレスにメールいたしましたよ。だって、予約料もあるから、チケット代だって結構な料金になるんですから。
そしたら、問い合わせ後すぐに、予約オウケイですという連絡メールが来たんですよねぇ。何事もなかったかのように。これって、もしかしてデジタルのフリした、完全アナログ対応ですか?!いや、びっくりした。
いまだにそういう対応のウフィッツィ、バチカンよりはるかに遅れておりますねぇ。でもまぁ、ルネサンスの髄、持っているものが違いますから、そういう対応していても、とにかく人が来るし、いいんでしょうねぇ。確かに、久しぶりに見たボッティチェッリ、そりゃきれいでした。わたしはリッピの方が好きなんですけれどもね。
そうそう、日本人観光客も多くて、ガイドさんも多数。あんまりたくさんいるので、要所要所で、ガイドさんの説明が聞こえてくるので、それはそれで面白かったです。ガイドさんごとに得意不得意もある感じで、「こんな説明でもいいなら、わたしも今すぐガイドになれるわ~」程度の人がいるかと思えば、聞いていて面白い人もいるしね。押しなべて暗記状態で、情熱的なガイドはなかったですけれども。まぁなんせ日本のお盆、年一番の稼ぎ時だから、ガイドにしたら少しでも短時間で多く仕事をしたいって感じで、違う情熱の入り方している人の方が多いんでしょうけれど。
回廊の途中から見る事のできるフィレンツェの歴史的な眺め。
ヴァザーリの回廊ってやつですよねぇ。シニョリア広場から、ポンテ・ヴェッキオをわたって、ピッティ宮まで続いているって言うやつ。年に一回くらい、公開するんですよねぇ。一度訪ねてみたいものだと思いますが、こういう風に外から見るのも風情があります。
見学の最後の方の部分が、新しくなっている建物の一部で、ベッキオ宮がマ間近に見えて、ドゥオモのクーポラまで見えるような素晴らしいテラスができていました。疲れた身体に、吹き渡る風と青空が気持ちよかったです。
ウフィッツィが混んでいるのは、そりゃ20年前はともかく最近は仕方ないって思ってましたけれど、ちょっとムカッと来たのはこのあとです。
アルノ川沿いに、ぶらぶらとして、向かったのはサンタ・クローチェ。
このサンタ・クローチェ前は、中世から続く伝統的な行事フィレンツェ・サッカーの会場になる広場です。
それにしても、ここでまずびっくりしたのは、サンタ・クローチェ教会への入場が、有料になっていた事実!ありえないだろう、フィレンツェ?!サンタ・クローチェだぜ?それも行列ができていて、とても入ろうとは思えず、そのままランチに流れてしまいました。
幸い、次に訪ねたサン・マルコは、昔から有料の博物館のようになっていたし、有料に驚くこともなかったんですが、午後5時クローズという異常な早仕舞い。おいおい、観光地で、その上、ここは有料の博物館だろう?と若干切れそうになりましたよ。
とはいえ、フラ・アンジェリコの、夢のようなフレスコ画は大好きで、フィレンツェに来て、ここに立ち寄らないことはないくらいにきていても、なお感動しちゃう美しさ。純粋な心は時を超えて生きてるよ~、と思いつつ、もちろん破壊坊主も大好きなんですけどね~。
それはともかく、フィレンツェの観光地としての姿勢は、大いに問題ありですよ。
超急ぎ足でサン・マルコを鑑賞した後、ドゥオモに戻ったんですが、こっちもまた、早仕舞いもいいところ。17時すぎたその時間に見られるのは、洗礼堂だけだったのに、既にクローズしているドゥオモのクーポラとか鐘楼とかなんやかんやの共通チケットしか売ってない…。洗礼堂しか見られないんだから、洗礼堂だけのチケットほしいんですけど!と言ったところで、それはない、と。洗礼堂って、入り口から見られるだけだったりするのに、チケットが共通だからって言うだけで、なんと10ユーロ。ありえないでしょ。
ばっかじゃないの。
ドゥオモの地下に、中世の古い教会跡が残っていて、数年前に入ったことがあります。当時は2ユーロとか3ユーロのチケットだったけど、今はそこもこの共通チケットに組み込まれていて、もしかしてそこだけ見るって許されないのかな?
これって、もちろん時間的余裕があって、興味もあって、全部見たい人にはお得かもしれないけれど、特に時間的に余裕のない人が多いことを考えると、すごく失礼なシステム。もしかすると、個別チケットがあるのかもしれないけれど、それがとてつもなくわかりにくいって言うか。勘弁してほしい。
というわけで、フィレンツェ最後は、なんとなく納得できない気持ちでした。
もう、こういう観光地は嫌だな、って言う気持ちだけが残るって言うのか。世界の観光地だから、仕方ないって思う反面、世界の観光地だからこそ、もっとできることあるでしょ、とも思ったりね。
でもまぁ、持っちゃっている国は強いな。結局。
何がどうあろうとも、見たい人は来るもんね。イタリアは、だからだめなんだと思います。
今回の旅も無事終了。
だめだめながら、やっぱりイタリアの持ってるもんはすごい。システムは、本当にひどいけれど。とはいえ、ひどいながらも楽しい人、よい人がたくさんいて、面白い出会いのあるのもイタリア。一方で、ローマのレストランでのように、喧嘩もしまくりですけれどもね。矛盾、というのがまた、この国に住む以上付きまとう現実です。
こういう現実にめげずに、姉が来てくれるようなら、また、面白い旅をアレンジしたいと思います。
王道旅(結局全然王道じゃなかったけど)、終了。長らくお付き合いありがとうございました。
- 2013/09/16(月) 06:31:16|
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すっかり秋の気配のミラノから、久しぶりに、猫額のベランダです。
日中は、まだ十分に暑くて、タンクトップにサンダルでオウケイなんですが、朝晩は冷え冷えとなってきました。もう10日もしたら、いきなり長袖コート、暖房が恋しい、とかなりかねない時期です。
日照時間もずいぶんと短くなりまして、帰宅早々、慌てて植木の水遣りに走る時期もすぎました。そのせいか、若干、放任状態になっていた今日この頃の我が家の植木たち。
週末は気持ちの余裕が違いますので、起床してから朝ごはんの間に、のんびりと植木にも挨拶。おお、にらの花が咲き誇っています。
咲き誇る、というのはちょっと違うんですけれどもね、にらの花って、清楚で小さくてけなげで。
ただね、今年はほったらかしすぎたせいか、さすがの多年草でももう再起不能かな、というかなりやばい状態に陥ったので、お花、期待できなかったんですよ。再起不能かと思いつつ、あんまりケアもしなかったのに、見事に復活。にらってすごい生命力あるんですねぇ。もうびっくりです。葉の方も、ふさふさ。
植物の生育的には取ってしまった方がいいのでしょうけれども、このかわいらしい花、絶対に愛でたい。種は不要なので、終わり次第摘んでしまいましょう。それもちょっとかわいそうに思ってしまうんですけどね。
かわいそうといえば、この子。
いやん、丸裸。
びわです。実はもうずっと、すくすくと育っているんです。前にも書いたと思いますが、かなり若芽のときから、成木と同じような大きさの立派な葉っぱで。
びわの葉が肌にいい、というのは有名ですよね。せっかくこんなに育っているんだから、一度びわの葉化粧水にしよう、と思いつつ、面倒で何もしていなかったのですが、この夏遊びに来た姉に、もったいないから是非利用するといいよ、と勧められました。
彼女は、息子のアトピーでざらざらになったおしりを、びわの葉で治したそうで、すごい説得力。
そんな折、遊びに行った友人宅で、子供の肌が云々という話あり、ミラノの友人が、手が荒れて困っているという話あり、それはもしやびわの葉が利くのではないか、ということで、あちこちに分け、ついでに自分もすべすべお肌を手に入れましょう、とほとんどの葉っぱをいただいて、こんなはげ坊主君になっちゃいました。
わたしのすべすべお肌はともかくとして、びわの葉は、本当にすごい威力があるみたいなので、我が家出身の葉っぱも、お分けしたあちこちで、ちゃんと威力を全うしてくれるといいなぁ、と思います。
生ごみに捨てる代わりに、ベランダにあった植木鉢に突っ込んどいただけの種が、こうして再生して、何かの役に立つんだとしたら、なんかエコ以上にすごいことですねぇ。突っ込んでみてよかったよ。
この方もまた、びっくりでした。
昨年、友人がオランダ土産でくれたマーガレット。本来は、直径5センチくらいの小さな植木鉢に入っていて、そのまま水をやれば生えてくるっていう、いかにもオランダのお土産っぽいものだったのを、あきのある植木鉢に入れてみたんですよ。
生えてきたものの、真夏の間は、虫にたかられたりして、もう息も絶え絶え状態だったので、すぐ死んじゃうんだろうな、と余り気にもしていなかったんです。どう見てもマーガレットではないし、花が咲きそうな雰囲気ゼロだったし。それが、変に元気になっている。あんなにびっしりたかっていた虫もいないじゃないかぁ。
でもやっぱり、マーガレットの葉っぱではないと思う。どっちかというと食べられそうな…。何かになるんだそうか、育て続けると?
その他はおなじみ。そういえば、この子も弱っていたのが、夏のお日様ですくすくと。
ミニシクラメンも、すくすく。
根元には小さなつぼみが出ていますので、お花も期待できます。シクラメンは、夏をがんばって越すと、結構長持ちですね。さすがオリジナルは山の花ですね。
ジャスミンも、夏の間、ずいぶんと育ってくれました。
手前のシャコバ・サボテンも、例年なら、そろそろ小さなつぼみが付きだす頃です。今年も、あの美しい花を、一所懸命準備してくれているのかと思うと、なんだか楽しくなってきますね。
今年は、新顔、ほとんどないですが、古株ががんばってくれているのは嬉しいものです。夏が涼しかったおかげでもあります。バジリコも、元気に育っているので、ペストを作れそう。楽しみですね。
- 2013/09/15(日) 06:12:41|
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