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イタリア徒然

イタリアに暮らしながら、各地のロマネスクを訪ねた記録

真っ黒な絵葉書…。ボルッタ。

サルデーニャ、ミニミニ修行旅、その12

どうも完全に怠け癖がついてしまって、ブログのアップデートも滞りがち。気持ち的には、ちゃんちゃんとアップしたいのに、どうしても身体がいうことを利かない、みたいな…。いや、ただの怠け癖なんですが。
今回のお休みは、一応それらしい言い訳があって、ちょっと仕事が忙しくて気力が萎えていたのと、同時に、イースター休暇の超プチ修行の準備…。実際は、ただの怠けで、毎晩、ボーっとテレビやビデオを見ていたに過ぎないんですが…。

でも、あまり怠けていると、誰も来てくれなくなりそうなので、がんばって復帰したいと思います。続き、行きます!

ボルッタBorutta、サン・ピエトロ・ディ・ソッレス教会Chiesa di San Pietro di Sorres。




お天気がよくて、暖かくて、つい季節を忘れそうになるのですが、旅したのは12月ですから、日は相当短いのです。ランチを取ったポルト・トッレスで、予期せず長時間滞在となってしまいましたし、そこから宿までは結構な道のりがあるので、もう打ち止めかとも思ったのですが、せめて通り道にある一箇所くらいは、と、まずは、ポルト・トッレスとサッサリの間にあるはずの、プライナウPlainauという村のサン・ミケーレ教会Chiesa di San Micheleを目指しました。

この教会の場所は、今回の目的地の中では、わかりやすい内のひとつ、と思い込んでいました。というのも、道沿いにありそうな様子でしたから、村を目指せば、サルヴァネロのように、目に付くはず、と。
ところが!
道路が一部工事中だったり、おそらくこの数年内に様子が変わっているようで、わたしの古いナビが「(幹線を)出ろ」という場所には、出口がありません!仕方なく先に進み、やっと出たのですが、道の反対側にどうしても行けず、また戻り、また同じことを繰り返し…。
こんなことをしていたら、少ない時間がもったいない、と気持ちを切り替えて、結局、先述のボルッタまで、一気に南下することとなりました。

簡単そうな場所ほど、侮ってはいけない、ということなんですかね~。いや、ナビはアップデートしないと意味がない、ということですね。いやはや。
というわけで、実はイースターの旅、また夏の旅のことを考えて、新しいナビを購入したんですが、すっごく使い勝手が悪い上に、なんと、既にして、古い…。フィレンツェとボローニャの高速の拡張すらフォローしてない…。唖然…。

それはともかく、ボルッタ。
何とか17時前に到着しましたが、既に黄昏始まっています。村にあるのかと思いきや、ひたすらアップダウンの細道の連続で、結局ついたのは、村を見下ろす高台に、一人佇む教会でした。教会のファサード側から、見えるのが、おそらくボルッタの村。




教会の前にごろごろしているのは、おそらく先史時代の遺跡ではないかと思うのですが、詳細は不明。教会と、先史時代の遺跡の組み合わせは、サルデーニャでは割とありがち。きっと神聖な場所は古代から同じだから、そういう遺跡があるのじゃないかと思います。

教会の建つ丘は、かつて火山活動で隆起した土地なんだそうです。黒っぽい石は、火山岩系の石らしいです。一帯がでこぼこの土地なのも、そういう土地だったからなのですね。そういうすっごく古い火山系の土地って、ヨーロッパには、時々ありますね。日本は、火山系の土地のほとんどで、まだ火山が生きているから、地球的には新しい土地ということになるのかな。

例によって、立派な駐車場に車を放り出し、小走りで教会へ。




美しいピサ様式のファサード。このはめ込み石の装飾は、本当に好きです。ここのはまた、下部は白だけ、上部に薄めのグレーの縞々、と洗練されています。




アップにすると、かなり細かい部分まで、作りこんでいる装飾の様子がわかると思います。こうなると、好き嫌いが出てくるかな。この隙間のない作りこみの感覚は、ちょっとアラブっぽいのですが、同時に、余白を残しているのがいい感じで、わたしは好きなんですよねぇ。
特に、ひし形(Losanghe=ひし形)と呼ばれる四角や丸を使った幾何学系の装飾は、とってもデザイン的で、モダンな感じがして、楽しいんです。




ピサ様式のこのあたりを担っていた石工さんたちは、独特の技術を持っていたはずだし、数学的な知識も半端なかったのではないかと思うのです。柱頭の変な生き物を彫りこんでいた石工さんたちとは、ずいぶん方向性が違いますよね。

この、トップに置かれた十字架なんかも、緻密な計算が感じられます。




ところで、驚くことに、ちゃんと開いていました、この教会。
でも、中入ったら…。




昔、○○(観光地の名前)in nightだけ書いてある、真っ黒な絵葉書をよく目にしましたが、まさにそれ状態です。

告解室らしき場所で、関係者がなにやら作業をしていて、その一角だけに、煌々と明かりが当てられていました。




すごく真剣に話したり作業をしているので、どうにも邪魔できず…。
明かりはあると思うのですが、結構観光客が出入りしているのにつけないということは、つけてくれないということなんだろうなぁ、とも思ってしまったし。一日の終わりで、疲れているし、たどり着いただけで満足していたわたしは、お願いする気力もなく、しばらく暗がりをうろうろして、見学を終えることとしました。
まぁ、内部は、外部と違って、はっきりとした白黒の派手縞々であることがわかっただけでも、いいか、と。




告解室の前にあった聖水盤。古そうです。
そして、これはどこだったか。入り口にあったのかもしれません。




大司教の杖ですよね。司教座だったのかな、ここ。

この教会の装飾で、最も好きだったのは、意外な場所のこの子達。




なんだと思いますか。
実はこれ。




アーチの内側に、それぞれ幾何学模様がはめ込まれているんです。
これはかわいいです。他では見たことないと思うな~。
北壁も南壁も同様に。




モチーフがすごく多様なのもいいし、上部にある連続三角の帯もいいですねぇ。うっとり。
ピサ様式は、外観の見学だけでも、かなり満腹感あります。ここなんかは、まさにそんな感じ。
ただし、あとから気づいたのですが、後陣、外側から、見たかった!
正面左側、つまり北側の方から、後ろにまわりこめるようになっているのですが、鍵のかかった立派な鉄柵で閉ざされています。頼んで、入れてもらえた人もいるようなので、思いつかなかったのが、とても残念。中よりも、そちらが見たかった、けど、現場では、閉ざされた鉄柵を見ただけで、頼むことすら思いつきませんでした。人もいたのにねぇ。疲れているときは、思考の幅が狭くなってだめです。

でも、日暮れも近くなって来ているので、早々に引き上げる必要もありました。暮れなずむ中でのたたずまいは、本当に美しくて、後ろ髪を引かれる気持ちで一杯でした。




次回は、もっと日の高いうちに来て、そして、必ず、後陣を拝む!
そういうやり残し、見残しはあった方が、次回につながるので、それはそれでよいのです。

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  1. 2016/03/28(月) 23:18:20|
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少年の言葉を信じて、ひたすら待つという修行。ポルト・トッレス。

サルデーニャ、ミニミニ修行旅、その11

ポルト・トッレスPorto Torresのサン・ガヴィーノ教会Chiesa di San Gavino、続きです。




まずは、北側の壁にある扉の装飾。この面には、扉が二つありますが、西南側の方。ぱっと見は、超シンプル。




細部を見ると、えっ?と戸惑うほどかわいい!




側柱の柱頭部分に、童子が下ります。上が右側。そして、下が左側。




特に左側のヤツ、やられた~!持って帰りたい!って思いました。広げた両手の先で、右手は、どう見ても犬だけど、おそらくライオンのつもりのフィギュアの前足をつかみ、左手は、カラスにしか見えないけど、もしかしたら鷲のつもりのくちばしにつままれているんです。

動物のフィギュアも、とってもかわいいですよねぇ。




クローバー型の尻尾の先っちょは、よくグリフィンなんかで使われる表現ですが、大好物。前足をつかむって、珍しいような気がするんですけど、どうでしょうか。

ライオンと人のフィギュアでは、おなじみのスタイルが、扉の上の方、アーチに近い場所に、置かれています。上の扉全体の写真で、位置がわかると思います。




これは相当朽ちてしまっていますけれど、このフィギュアと、柱頭の、童子の方が動物に勝っているフィギュアとの関連性は?
鷲についても、入り口に向いた部分に、よりしっかり鷲とわかるフィギュアが置かれています。




しっかり、とは言っても、すっごく丸々していて、なんだろう、精悍さゼロの鷲。

それにしても、こういうの見ると、しみじみ、ロマネスクって研究したくなるよなぁ、と思ってしまいます。同地域に同じようなフィギュアが同じように施されているケースと、一つ一つが異なって、関連性や意味があるんだろうけれども明確にわからないようなそういうケースと、どれひとつとっても、それぞれで研究が成り立ちそうな、そういう感じ。

でも、わたしは勉強が好きじゃないので、ただ、すべすべのお腹がかわいい~!とか言ってるだけですが。

もうひとつの扉口は、装飾から13世紀以降のものと思われ、南側のメイン扉と同様です。そして、メインよりケアされていなかったせいか、朽ちています。




その、メインの扉口。




スタイルも装飾も新しくて、好みではありません。でも、ケアされていて、彫刻も、もしかしたら再建ですが、しっかり。




さて、やけにゆっくりじっくり見学しているのは、実は、なかなか開かなかったからなんです。15時にオープンすると期待して、10分前には戻ってきたのですが、開く気配ゼロ。
周囲をうろうろしつつ、人の気配を逃さないように、扉口を目から離さないようにしていたのですが、仕舞には疲れて、メイン扉前のベンチでボーっと待ちました。
訪問客は、ちらほらと来るのですが、閉まっている扉を見て、みな、あっさりと帰っていきます。
15時15分頃、サッカーに興じている子供に、尋ねて見ると、「15時に開くことになってるけど、大体いつも遅れるよ。15分とか30分とか…。でも、そろそろ来ると思うよ」と。

あきらめようかとも思ったのですが、そう言われては、動けません。
そして、15時半、とうとうそれらしい人が!
でも、後陣近くの扉を開けて、すばやく滑り込んでしまって、ベンチであたふたとしているわたしがたどり着いたときには、既に扉はまた閉まっています。ええ~!と泣きそうな気持ちでノックをしていると、メインの扉の方が開けられて、こっちこっちと手招きされました。やれやれ…。




おお~!
すごく期待して入った割りに、実に地味でシンプル~!
期待感のやり場がないような気持ちに一瞬襲われたのですが、反対側を見て、おっ、と。




全体、円柱も柱頭も再利用なんですね。どれも違うスタイルなのに、それを見事に調和させているんです。溝ありタイプ、滑らかタイプ、色もグレーだったり、ピンク系とか緑系とか。柱頭もコリントやドーリア、アーカンサス・モチーフまで、実に多様。
高さも違うはずなので、基部の下駄履きも様々です。




どうやら、ローマ時代やロンゴバルド時代のもの等が混じっているようでした。こういう建築的な歴史を目の当たりにすると、結構感じてしまうんですよね。自分の感じるつぼというのが、いまだによくわかってないんですけれど、再利用ものが、うまい具合に調和して、一堂に会している、というのは、どうやらかなり好きみたいです。




大変残念だったのは、クリプタへの訪問がかなわなかったことです。冬季は、事前予約が必要ということらしく、その旨、入った場所に書かれていました。いずれにしても、一人では相手にしてもらえないはずなので、かえって予約制度は知らなくてよかったかも。すっぱい葡萄系ですが、納得。
ひとつの教会のために、ひとつの場所にこんなに滞在することはめったにないことなので、かなりお腹一杯状態で、あっさり納得できたんだと思います。あ、実際お腹一杯で、気持ちに余裕があったのかもしれませんね。

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  1. 2016/03/20(日) 19:59:14|
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お花見、フライング。ミラノの週末。

朝っぱらから用事で出かけた帰り、昨年発見した、近所の花見スポットの脇を通ったので、立ち寄ってみることにしました。




小高い丘の斜面に、桜系の樹木が、数種類植えられているのですが、アクセスした場所の方々は、まだ三部咲きというところ。




上の方は結構開花していますが、下の方はほとんど蕾で、それもかっちりと閉じている感じでした。
それよりも、足元の雑草の方が華やかに咲き誇っていました。

小さな野生のスミレ系。




これ、去年来たときは気付かなかった。もう終わっていたのかも。
おなじみさん。




ここのタンポポは大きくて、すごくきれいな黄色。
それにしても、アスファルトに覆われた隙間から出てくるタンポポの、なんとたくさんあることよ。そういう厳しい場所にあえて咲き出るのが好きな、M系の方々なんでしょうか。
そして、開花している一方で既に綿毛になって、再生に努めていたりもして、この人たちの生産性って、ウサギさん以上にすごいんじゃないか?豊穣のシンボルになってもいいのではないか?
でも、タンポポって、中世的シンボリズムには出てこない植物…。結構図案化やりやすそうなのに。中世にはヨーロッパになかったのかな。千年単位で見ると、地球の気候変動は結構大きくあるので、植生もずいぶんと変わって来ているのでしょうねぇ。
などと、雑草と見ながらも、妙に壮大なことを考えつつ散歩。




この小さいマーガレット系の花、目に沁みる白さ。
この青の人たちは、どこでも元気。近づくと、実に美しいけど、とにかくミクロで、全体で楽しむカスミソウタイプね~。




この、急な階段を登ると、視界が開けます。




この丘の公園は、この近辺の再開発で出た土砂を盛って、作ったもの、と思います。イタリアって、そういうの多い。ミラノの西の方にも、世界大戦のあとの瓦礫を持ったという丘があります。自宅前の公園も、瓦礫を盛って、全体をならしたとか聞いたことあります。確かに、道路よりわずかに高い。
日本って、震災後や戦後の瓦礫は、どうやって片付けたんだろう?田舎の方にわざわざ運んだ?
あまり考えたことのない土地の成り立ち。




丘の西側には、昔ながらの一軒家地区が見下ろせます。昔は、ミラノの中心部とは一線を画す、郊外の住宅地で、周期には畑とか牧草地とかが広がっていた場所なのだと思います。
そういえば、この一角に、11世紀頃の小さな礼拝堂があるはずなんですが、いまだ場所が特定できていません。




ちなみに、こちらが丘の反対側の再開発地域、ビコッカ。
大学や、大企業の大きなビルがずらりと並んでいます。外国企業もたくさん。
以前は、車がないとどうしようもない地区でしたが、今は、地下鉄も通って、かなり便利になっています。

一番見晴らしのいい場所に到達。スカイラインを眺めて、あれ?




ミラノにも、構想建築が増えたようなぁ、とびっくりする思いでしたが、昨年にはなかった建築が見えたので、あれ、と思ったんです。この写真ではわかりにくいかも、ですが、右端の奥の方にかすかに見えるやつ。




まだ完成していない再開発地域、シティ・ライフのビル、二棟。左側が、完成済みのアリアンツ・タワーで、保険会社アリアンツが入居予定となっています。設計は、磯崎新さん。
幅が非常に狭いビルで、大丈夫か?と思うような細さです。
お隣の、絶賛工事中は、ライバル保険会社ジェネラリ・ビル。シティ・ライフは、ジェネラリが意気込んで投資したものの、同地区に建設されている一般住宅が売れなかったり、そのせいで工事が一時停止したり、と色々大変なようです。
ちなみに、磯崎さん設計のビルは、ミラノ一番の高さを誇る、つまりイタリア一の高層建築となります。そりゃ、見えるわけですね。

左の方に見える一群は、中央駅近くにある再開発地区に完成済みのビルたち。




作ったはいいけど、入居者が集まらず、投資した会社が入居せざるを得なかったといわれているウニクレディト・ビル(一番右端の、ちょっとかっこいいビル)とか、どうもさえない投資物件の多い、ミラノの高層ビル。

そうは言いながらも、やはり新しいビルの建設や再開発は増えていて、知らないうちに町並みというのは変化しているものなんですよね。
真下に見える、ミラノの古いタイプの、リンギエラと呼ばれる建築も、近い将来には、なくなっている可能性が高いように思います。




お花が全然まだだったので、お花見とは関係ない思いに捉われたお散歩となってしまいましたが、いつもと違う高さで、違う風景を見るのも、たまには面白いもんですね。
このお天気が続けば、来週、イースターごろには、ずいぶんと咲き始めるかもしれませんので、また行ってみようと思います。





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  1. 2016/03/20(日) 00:13:21|
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まずは、サルデーニャらしいご飯から。ポルト・トッレス。

サルデーニャ、ミニミニ修行旅、その10

今回の旅で最大の期待だったサッカルジア見学を終えて、ちょっと気が抜けた気分と同時に、ランチを逃してなるものか、という気持ちをもって、次の目的に向かいました。というのも、既に13時近くですから、焦っていました。イタリアでは、特にミラノあたり、北部の都会のレストランでのランチは、遅くとも14時くらいには、店に入る必要がありますので、結構ぎり。

目的地は、ポルト・トッレスPorto Torresのサン・ガヴィーノ教会Chiesa di San Gavinoです。

幸い、事前に調べておいた地図をナビに入力したところ、教会のすぐ裏手にたどり着くことが出来て、無事駐車も出来ました。
13時半。




いくらランチが気になるとは言っても、そこは修行旅ですから、この後陣を見たら、空腹を一瞬忘れ、とりあえず、周囲をぐるりと見学しました。というのは、美しさに気が引かれたことに加えて、もしかしたら開いているかもしれないし、クローズでも、オープン時間が掲げてあるかもしれないので、それを確認したかったからです。

とりあえず閉まっているし、時間も描かれてない。ただ、美しさに感心しつつ、これは心を落ち着けて、ランチに集中!
通りがかりの人に尋ねたら、この教会のすぐ下にあるレストランを教えてくれました。




その名も、サン・ガヴィーノというレストランでした。
寄り道して申し訳ないですが、このレストラン、とってもよかったんです。
ゆったりしていて、サービスも適当で、穏やかないい雰囲気。サルデーニャだから、とお約束な感じで、えびとカニのタリアテッレ(きし麺状パスタ)をオーダー。昼間は飲まないことにしているので、お供が水なのが、とても残念でした。




サルデーニャのパンもたっぷり。パリパリしたこれだけでも、結構ワインいけちゃうんですよね~。




前夜遅くに到着したので、夜はろくに食べないままだし、宿泊したホテルの朝食はかなりしょぼかった上に早朝出発、それに加えて、時間が遅いので、かなり空腹だったのですが、ここでしっかり食べてしまうと、時間が遅いだけに夕食が入らなくなる恐れがあります(大好きなサルデーニャ料理をしっかりいただく、というのも旅の目的でしたから)。というわけで、メインはあきらめたのですが、新鮮な魚介類をいただいてみたかったな~。

ちなみに、ここではミラノより時間に寛容なようで、14時過ぎにも、お客さんが結構入ってきていました。そういえば、このあたりはスペインの影響もあるはずだから、食事時間もスペイン時間に引っ張られている可能性もありますね。

教会オープンの正確な時間はわからなかったものの、事前情報では、午後のオープンは15時となっていましたから、一応10分ほど前から教会に戻りました。

改めて、見学開始です。

この教会、なんと東西両方に、後陣があります。
いや、正確には、東西ではないみたい。縦のラインは、東北と西南、つまり、斜めっているみたいなんです。
ご興味があれば、グーグルのマップで、サン・ガヴィーノ、またはVia Turritanaで検索し、写真を拡大すると、よくわかります。

で、トップの後陣は、東北側の後陣。そして、こちらが、反対側の後陣。




スタイルはほぼ同じです。
なぜこういうことになっているかというと、実はまだ全然調べてないんですが、東北側は周囲に比べて高台になっているのに、反対側はその段差がないなだらかな土地になっていること、そして、ローマ時代の寺院二つの上に建てられていることなどが、理由になっているのかもしれません。
両側後陣だけあって、妙に縦長で、大きな立派な教会です。

この、西南側の後陣のある方は、すぐ周囲を住宅が取り囲んでいて、後陣周りが、その家の人々の庭みたいになっていて、庶民的というか、親しみやすいって言うか、ひとんちの庭的なプライベートな空間的な様子になっているのが、独特。




左側の建物は、個人宅。
旧市街で、建物が引っ付いて建てられているような場所だったら、当たり前な距離ですが、ここの場合、住宅が比較的新しいですよね。かつての教会関係の建物という感じもない。イタリアにありがちな、早い者勝ち的な状態で、ドサクサで建てられた住宅ではないか、とにらんでいるんですけどね~。

飼い猫らしい猫ちゃんも、オレ様の庭的に、堂々と歩いていました。




そして、この場所で、ローマ時代の名残が見られます。




こんな立派な円柱が四本、唐突に建っています。
後付で、ここに保存されたものでしょうかねぇ。もともとの神殿に使われていた円柱なのかもしれません。柱頭も含めて、よくこれだけきれいに残されたものだとびっくりします。

二千年前の柱と、千年前の教会と、そして、40年位前の住宅。ぽっつり黒いのは、さっきの猫ちゃん。




南側は、やはり住宅に囲まれた広場になっているのですが、まさに庶民の庭として機能していて、子供たちが、サッカーに興じていました。




のびのびと微笑ましい風景ではあるんですが、でも、教会の壁にドシンドシンとサッカーボールをけりこんでいるんですよ~。他ではいいけど、これは古いもんなんだし、遺産なんだし、やめてほしい~。大人たちは、あまり気にしてないようでした。
どうも、いつもこうやって遊んでる様子でした。何か壊れたらどうするんだろうか。寛容すぎ。

南側の壁。




カタラン統治時代ということなので、ちょっと新しめ。扉口装飾も、ロマネスクではありません。

そして、北側、東北向きの後陣側から。




こちらの面には、小さな扉が二つあり、どちらもかわいらしい装飾があります。
そして、こちらは芝生の中庭になっていますが、地面に、かつての寺院の跡が、石で記されていました。




こういうの、意外とぐっと来ます。
かつての寺院も、結構大きいものだったようです。

次回、細部をまとめてご案内します。

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  1. 2016/03/18(金) 07:19:35|
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究極のピサ様式かも。サッカルジア。

サルデーニャ、ミニミニ修行旅、その9

前回のサルヴェネロから、もう目と鼻の先に、サルデーニャ・ロマネスクといえばここ、というような、シンボル的な教会があります。
サルデーニャ、ちょっと行ってみたいな、とロマネスク病の人が、思ってしまう要因のひとつが、この教会の特別なファサードの姿ではないか、と思うのですが、いかがでしょうか。




プロアゲという地域にある、サンティ・トリニタ・ディ・サッカルジア教会Chiesa di SS Trinita' di Saccargia。
何もない草原にすっくと建っているんですね~。
だから、近づくにつれて全容が目視できて、アクセスはドラマチックです。わたしは、オルビアの方、つまり、東側から来たので、最初に見えるのは塔と、後陣側の姿ですが、サッサリの方面から近づくと、この特徴的なファサードが最初に見えるはず。その方が、さらにドラマチックです。

勿論、後陣も、美しいです。




幹線から入り込むような小道がありますので、この後陣の姿を眺めながら、奥まった場所にある駐車場に進みます。
冬季はクローズという情報を得ていたので、期待もせずに入り込んだのですが、駐車場のところには、バールがあり、人の姿も見えましたから、もしかして、もしかするかも、と大いに期待しつつも、まずは車を置いて、教会に近づきました。

実は、一部修復中で、オレンジのフェンス網などが散らばっていて、全体を眺めたときは、ちょっとがっかりしました。




そして、期待値がすごく高かっただけに、意外と、こんなもんか、的な気持ちもありつつ、近づきました。
せめて、このオレンジがなければ、ずいぶんと気持ちも高揚したと思うんですけれど。周囲は、緑も含めて、とても美しく整備されていますしね。12月だというのに、花なんかも咲いちゃって、一帯、本当にのどかな風景なんです。




周囲は、教会修復工事の人はいなかったのですが、樹木の伐採の人はいて、地味に整備をしている感じ。このさりげない草原も、そういう地道なメンテナンスの賜物なのだと思われます。

工事の様子は無視して、最大目的のファサードへ回り込みます。




工事のオレンジがどうしても気になりますが、このファサードは、やはりすごい!
しましまが若干うるさいんですが、ピストイア様式のような白と緑のコントラストに比べると、白黒で、ずいぶん落ち着いているし、全体が古びですすけているのも、多分、今どき、好まれやすそうな風合いを醸し出しているんです。

そして、何より、ピサ風の、アーチと、そこに配置された石のはめ込み装飾が、実に独特で繊細で、好き~!




かわいいですよ~、実に!
写真をみると、改めて思うのですが、実物の愛らしさ美しさは、やはり現場で見ないとわからないかも。自分の写真の腕はおいといても。
写真で見ると、うるささが気になるっていうか、装飾過多、としか見えない傾向が強くなるように思います。実際は、意外とそうでもないんですよ。

横っちょから撮影。




このアーチと小円柱の凹凸、そしてまたはめ込み装飾も、陥没部分を作り出すことで、奥行きとかそういうものを産み出しているんでしょうね。
ピサ様式の派生系はたくさんありますが、いろんなものが混じったサルデーニャに根付いたピサ様式が、一番わたしの好みかも。

お皿装飾も、それをメインにするのではなくて、アクセント的に使っています。




この白黒の中で、小さい丸の鮮やかなエナメル・カラーは、全体を引き締めるポイントになっていますよね。にっくいな~。

側壁は、ピストイアもびっくりの強烈な縞縞ですが、やはり色が抑え気味です。




ファサード側には、彫り物もあります。




ポルティコになっている部分の、柱頭や、角の角柱の柱頭風に、動物植物モチーフの浮き彫り。でも、これは、時代が下って、若干小ざかしい表現になっているので、わたし的には、今ひとつでした。




アーキボルト部分、上下から押しつぶされたような狭いスペースに無理やり押し込まれたこいつらが、一番好きだったかな。




こういう、無理な場所で無理な体勢している奴ら、建物を一体化して苦しみをものともせずに先年のときを過ごしている奴ら、いとおしくなります~!




残念ながらクローズでしたが、中には、こんなフレスコ画があるようですね。




好物の時代よりは後になるみたいですが、でも、相当保存状態がよさそうだし、いつか一度は見てみたいです。イースター以降、10月までは、一日中ノン・ストップで開いているようです。

細部を眺めたあとで、全体を再び眺めると、何か見え方が変わるような気がします。大切なものは目に見えないという星の王子様に出てくる言葉がありますが、根っこは同じというか、ぱっと見見えない、認識できないものでも、そこにあることを知っているだけで、深みが出るみたいな、そういう、見てないものも含めて見てたりするんかな、と。物理的に見るというだけじゃなくて、メンタルにみるって事なのかな。

どうでしょうか。




丹念に見学したあと、駐車場のあるバールに戻り、カフェをいただきつつ、ダメ押しと思いながら、やはりクローズなんですかね、とバールの女の子に聞いてみると、「あ、この人、教会関係者なんだけど」一瞬、色めきたちました!しかし、よろよろしたオヤジとぼそぼそっと言葉を交わしたあと、「土曜は16時半、日曜は18時からミサがあり、その前には見学できますよ」だって。がっかり。教会関係者ってことは、鍵、持ってるんじゃんかよ!開けてくれよ~!

この時点で12時半過ぎ。この日は土曜日だったので、他を見学して、戻ってくることは可能と思いましたが、結局、間に合わずだったのは、残念でした。仕方ないです。
実は、ランチの時間にちょうどよかったので、ここで何かいただけたら、と期待したのですが、本当にただのバールだし、鍵を持っているはずなのに開けてくれない教会守がいるのも癪に障ったので、次に向かうこととしました。

きっと、昔だったら、これほどシステマティックではなく、来る人も少なくて、こういう場面だったら、きっと開けてくれたんじゃないかと思います。わたしが、最初に学生として住んだ時代。
なんか、色々懐かしくなってくるな~。

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モダンなセンスの職人さん。サン・ミケーレ・ディ・サルヴェネロ。

サルデーニャ、ミニミニ修行旅、その8

改めて、わかりやすい地図を貼ってみます。




旅の出発点であるオルビアOlbiaが右上の方にあり、オスキリOschiri、サンタンティオコSant'Antiocoを辿り、アルダラArdaraまで訪問してきました。ここに掲載されているのは、最重要な教会だけですが、密集しているのがわかりやすいと思います。
次に向かうのは、アルダラの左上にあるサン・ミケーレ・ディ・サルヴェネロSan Michele di Salveneroとなります。

地図だとわかりやすそうに記載されているし、実際、国道から見えやすい位置にある教会なのですが、しかし、アクセスするのは、意外と難しいのではないか、と思います。
というのも、交通量はそれほどでもないのですが、かなり立派な国道からいきなり、およそわかりやすいとはいえないわき道に入る必要があるからなのです。




この道を、写真でいえば、上の方に向かう感じで走って来たら、前方左側高台に、教会が見えるんですが、この写真を撮影している場所へは、反対車線に入って、戻る感じでわき道に登る必要があります。すぐその場では無理なので、相当先まで進んで、ユーターンして戻りました。わき道には、何の表示もないんですよね。そして、教会がある場所は、教会だけがあり、周囲は草原です。なんとも不思議な場所。

ここは、事前にグーグルのストリートビューで、よく確認しておいたので、比較的簡単にアクセスできましたが、その情報収集を怠っていたら、わたしにはアクセスできなかった可能性も高いです。毎度のことながら、グーグルさまさまです。

目指した教会はこちら、サン・ミケーレ・ディ・サルヴェネロとなります。




この後陣を道に向けていますので、路上から素敵な眺めが見られるのですが、一人だと、そういう際に撮影できないのが悔しいですね。

美しいロンバルディア様式の、三つ後陣スタイル。




後陣部分はほとんど白い石なのに、脇の建物や、トップ部分は、白黒。建造時期が微妙に異なるのかも知れません。
それにしても、シンプルさが産み出す美の典型っていうか、すっきりとした清潔感の漂う後陣。
南側側壁。




扉が閉ざされているのに、黒い石を使われていますね。
そして、先の方に、白黒の建造物が損壊した跡があります。




オリジナルがどうなのか、資料がない上に、まだ全然調べてもいないので、不明なのですが、ここは、元は修道院だったとか、そういうことなのかもしれません。全体的な損壊度は激しいものの、教会部分だけはうまく残って、そこを修復した、みたいな感じ。
本当のところはわからないといいながら、そういう風に思うのは、南側からファサード側に来ると、右側に、やはり崩壊しているものの、相当古そうな壁があったりするからなんです。




ファサード側も、白が強いのですが、上部に、ちらちらと黒を使ったりして、憎いですね。
この、扉口すぐ脇に、ずっと上まで付け柱っていうスタイル、サルデーニャ、多いですね。これで、全体がすごくすっきりする感じです。




シンプルだけど、美しいファサード。黒石の置き方が、微妙ですよね。ランダムだけど、考えているんでしょうよねぇ。トップは、ちゃんと縞々にしているのに、なんか、不思議といえば不思議。この方がお洒落っぽいと思うのですが、当時のスタイルとしては、愚直なまでに縞々積み、という方が当たり前だったように思うんです。

造詣的な装飾は、もともと少なかったものと思いますが、ファサードアーチの根元に、すっかり壊れてしまった、おそらくライオン君。




この他には、後陣アーチの根元に、いくつか花の浮き彫りがあるだけです。これもまた素朴な浮き彫りで、愛らしい。




北側の側壁。




白黒の建物は、後付けでしょうね。本体は、あくまで白、そこに職人さんのセンスで、黒をちりばめる、っていうもの。または、修復?ん、それもありかも。

ここは、残念ながら閉鎖されています。中は、荒れたままなのかもしれないです。ミサすら、行われる様子はなかったし。そういう中、これだけ美しく外観が保たれているというのは、すごいことです。

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  1. 2016/03/14(月) 02:58:48|
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執念で入場、アルダラ。

サルデーニャ、ミニミニ修行旅、その7

アルダラArdara、ノスタラ・シニョーラ・ディ・レーニョ教会Chiesa di Nostra Signora di Regno続きです。




外観をじっくりと見学し終えて、またファサードの方に戻りました。表扉口は、やはり、開いています。
実は、最初に内扉まで入ったときに、そこに張られていた紙に記してある番号に、電話していました。




どちらも携帯の番号ですが、ここはイタリアなので、ローミングの心配もないですから、二つとも電話したんですが、どちらも、散々鳴り続けた挙句留守電になってしまいました。こうやってわざわざ、「本堂を訪ねたい方は、以下の番号に電話してください」とあり、二つも番号を乗っけているということは、教会関係者が、中にいるか、または近所に住んでいるか、ということに他なりませんから、どうにも納得できませんでした。

というわけで、外観見学のあとも、あきらめがつかず、またガラス越しに中を眺めて、5分くらいはぐずぐずしてたでしょうか。さすがに、次もあるし、と歩き出したものの、また、教会前の広場に立てられている説明版などをぐずぐずと読んでいました。

しばらくすると、後ろで音がしたので、振り返ると、なんと教会から人が出てきたところでした。
慌てて走り寄ると、先方もびっくりしていたようですが、かまわず、中を見学したいこと、さっき、数回電話もしていたことを話すと、「え~?いつですか?」と携帯を取り出して、確認しています。そんなことより、中に入れてくれ~!と思ったのですが、念入りに着信履歴を確認して、「もしかして、この番号ですか?そりゃ、申し訳なかった。」と。

感じはよかったものの、多分、ランチに帰るところだったのでしょうから、なんとなくしぶしぶ、という感じも醸し出しながら後戻り、鍵を開けて、「申し訳ないけど、もう余り時間がないので、ちょっとだけね」と中に入れてくださいました。

もしわたしが見学前に電話をしていなかったら、だめ、とにべもなく断られたかも…。




ガラス越しでも感じられた重厚感ですから、実際に入り込むと、相当迫ってくるものがあります。
特に、内壁部分の白黒石積みがとても気になっていたので、近くからみられたのは、嬉しかったです。




これ、すごいですよね。ある意味モダンともいえる石色遊び。柔らかい色をミックスしているのは、既に見て来ていますが、白黒というはっきりした色で、ランダムに積み上げているのって、すごいセンスです。




内壁だけ、時代が下るんでしょうか?調べてみないとわからないのですけれど。でも、外壁でこういう色を使っている教会も、確かあったはず。今回の旅では、わたしは訪ねていませんけれど。
フレスコなどよりは、職人さんが出来る装飾だから、という理由もあるのかな。
それにしても、派手ですよね。

壁がこんなに派手なのに、円柱それぞれに、後代に絵を貼り付けちゃっていますから、収集つかないくらいの装飾量で、若干目がちらちらします。




さらに内陣には、まるでスペインの教会のような、レタブロっていうんですか、黄金の祭壇が、びしっ。




どこまでも、飾り立てたかったんですね。
こういう後代の飾りがなかったら、かなり違うイメージになるんだろうと思います。
円柱の絵が見えない、側廊の方からだと、こういう感じ。




結構地味で、質実系の、どっしりした教会ですよね。




わたしの個人的な好みで言えば、この円柱の絵は、なくてよかったな。
そしたら、壁の白黒がもっと生きる装飾になっているような気がします。
とは言え、これだけごちゃごちゃしていても、決して、バロックの教会に入ったときのような、うへぇ、という気持ちにはならない、何かしっくりした空気があるのは確かなんですよね。不思議。

残念だったのは、鍵を開けてくれたおじさん、多分、神父さんだったと思うんですが、入り口のところに立って、ずっとちらちら時計を見ているんですよね。どうしても気になっちゃって、ひたすら小走りで見学、ちゃっちゃと撮影、時々目が合ったりすると、「素晴らしいですね!」なんて、いちいち言ったりして、気を使ってしまって、それがちょっとね。
入れてくれたことに感謝しつつ、一緒に教会を出て、分かれたときは、どっと疲れた気分でした。

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  1. 2016/03/11(金) 07:14:19|
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高低差に注目(タモリ倶楽部的?)アルダラ。

サルデーニャ、ミニミニ修行旅、その6

このあたり、本当に密集しています。どこも、15~20分くらいでたどり着く距離。
このアルダラArdaraも、前回のサンタンティオコSant'Antiocoから、15分弱で到着しました。町には。

町は、丘の上にあります。住所にしたがっていくと、目的の教会は、どうやら町の中にありそうだったので、道なりに、町の中心部に坂道を登っていくと、途中左側に、教会の姿の一端と、案内表示を認めました。しかし!曲がるとか、路肩に寄るとか、とっさの動きが出来ないんですよねぇ、特に登り道だと。

仕方ないので、さらに道なりに進むと、幸い、すぐに道は平らになり、バール前の道端で人々がおしゃべりしているところにたどり着きました。車を停め窓を開けると、そういう時、この国の人々っていいですよねぇ、必ず誰かが寄ってきてくれるんですよね。大体年配、というより、お年寄りの方が多いですけれどね。
このときも、ヤナセタカシさん風のおじいさんが寄ってきて、「教会?今通ってきた道の途中にあったじゃろう?駐車?どこでも停めたらいいがな。」みたいな、とってもざっくばらんなアドバイスをくださいました。

言われたままに戻り、首尾よく道端に駐車して、無事、目的地に到着。
ノスタラ・シニョーラ・ディ・レーニョ教会Chiesa di Nostra Signora di Regno。




ここは、創建当時、比類ないほどに重要な聖堂でした。というのも、この一帯、トッレス国を治める首長宅付礼拝堂という位置づけだったからです。
サルデーニャの歴史は、まだこれから勉強しないといけないんですけれどね。相当早い時期に、島が、今の国組織のような四つの地域に分割されて、それぞれ治められていたということらしいんです。当時の情勢の中では、統治組織的に、進んでいたということになるのかもしれません。その時代の、キーパーソン的な人物というのは知らないのですが、交易も盛んだったりすることで、人々の往来とともに、情報の流通や進取の気性みたいなものが、他の土地よりも普通にあったのかもしれませんね。

という薀蓄や自分勝手な考えはともかく、到着時、既に11時半過ぎ。午前中の見学時間としては、そろそろやばい時間です。
遠目にも、入り口の扉が開いているようでしたので、とるものもとりあえず、小走りで飛び込みました。




おお!なんかすごい重量感!
本来の自分の好みとは違うものだけれど、重厚な感じ、時代を経た感じが、何か訴えてくるっていうか、この空気に沈み込んで見たい気にさせますよね。
ところが!本堂へのガラス扉は、しっかりと閉ざされているんです。

おっかしいなぁ。木製扉が開いている以上、その中扉だけが閉まっている、というのは、なんだか間尺に合わないような。

しばらく、ガラス越しに撮影をしていたのですが、中にも誰も見えないし、まぁ、好物とはいえないわけだからこれはこれでいいか、とすっぱい葡萄的な合理化を図り、外観見学に気持ちを切り替えました。




改めて、後ろに下がって、ファサード全体を鑑賞。
全体にシンプルですが、なんとも味のあるファサードです。石の色が、かなり濃い目なので、粗面岩ではなさそうですが、やっぱり色合いが多様です。右下の方は、後代の修復の石でしょうが。
地味な中で、扉上の二連窓の開口部は、装飾のポイントかも。




かわいいアーキボルトの間には、ピサ風にお皿がはめ込まれていたような穴がありました。でもちょっと小さいし、たった一個とは?

わたしの好きな付け柱は、下から上にスーッと。こういう、文字通り四角四面な付け柱よりは、円形のものの方が好きなんですが、ここでは、やはり四角が合っていますね。
細部まで計算された美しさ、みたいなものを感じます。すっごく数学的な…。

最初の写真で、わかるかどうか、教会正面右側は、鉄柵で閉ざされています。そして左側は、工事中のオレンジの幕というか柵のようなものがめぐらされていたのですが、一部、入れるように開いていました。
一瞬躊躇したのですが、本堂にも入れないし、ま、いいか、と知らん顔で侵入。




ということで、これは、北壁となります。
屋根の下の小さい連続アーチと、ここでも四角い付け柱が装飾。そして、やはり、石色の遊びですね~。
そして後陣。




側壁とまったく同じタイプの装飾で、柱頭も軒送り彫刻もなし。すっきり。
ぐるりと回って、南壁へ。




この、床面の高さは、こうならざるを得なかったということなんでしょうかね。
正面は、地面の高さと教会のファサードは、同じレベルにあるとういことは、後陣に向かって、下り坂の土地ということになるのかな。

後陣の後ろ側は、いきなりぐっと断崖のようになっています。




町の中心は丘の上にありますが、どうやら、相当狭い土地で、教会前も、聖堂前の広場以外は、正面も右も左も高低差。




なんか、タモリ倶楽部みたいになってきたな。
いずれにしても、坂道ドライブの苦手なわたしには、かなり鬼門の土地です。

小刻みにして申し訳ないですが、続きます。

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  1. 2016/03/09(水) 06:40:39|
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粗面岩だけど、つるつるすべすべねっとり系。サンタンティオコ・ディ・ビサルチョ。

サルデーニャ、ミニミニ修行旅、その5

次に向かったのは、アンタンティオコ・ディ・ビサルチョ教会Basilica di Sant'Antioco di Bisarcio。びっくりしたのですが、ここは、この教会名を入力すると、ナビが認識してくれました。
オスキリ郊外のノストラ・シニョーラからは、ほんの20分ほどの道のり。快適なドライブをしていると、開けた土地の前方に、はっきりと認められますので、間違いようがありません。




あまり印象的だったので、道端に停車して、撮影しました。

これから行くかもしれない方のために記しておきますが、この場所に続く一本道の突き当たりに、無人の集落があります。集会所のようなものとか、公衆トイレなどあったので、教会関係の合宿的な集まりに使われる場所なのかな。

で、突き当たると、「右に行くと教会」、というような表示があるので、素直に従ったのですが、もうほとんど羊道(?)のような、対向車が来たらおしまい、というような狭い道なんです。その上、両側石垣。たいした距離じゃないけれど、はらはらしました。
実は、無人の集落に車を停めて、ちょっとした散歩道のようになっている場所を徒歩でアクセスした方が、圧倒的に合理的であること、帰りにわかりました。

まぁ、車で回ったおかげで、いかにもサルデーニャらしい風景にも合えましたし、対向車は来なかったので、よし、ですけれど。




緑はともかくとしても、石垣があちこちにあったり、かなり平地で、このあたりの風景って、ちょっとアイルランドを想起させます。

入り口には、結構車が止まっているし、教会の前に、人がたくさんいました。




皆さん、立ち話しているし、ガイドツアーでもあるのかと思い、尋ねてみると、これからミサだと。どひゃ~!
慌てて、内部を見てしまおうと思ったら、見透かされたように、もう見学は出来ませんよ、とやんわりと言われてしまいました。

そんな風に言われてしまうと、ちょっと入れなくなってしまいます。とは言え、まだミサは始まっていないわけだし、と入り口に近寄り、中をのぞいてみました。




お、すっきりしたきれいなスタイルです。
どっしりとした円柱、意外と狭い身廊幅。
円柱は、地元産の粗面岩という石で出来たもの。珍しく、他からの流用じゃないんですね。粗面岩という石の種類は初めて目にしましたが、字面から言えば、表面が粗い石って思うのですが、とてもすべすべな様子ですね。ちなみに、漢字は入力一発変換なので、日本でもおなじみの石なんでしょうか。




ほら。ちょっとアンキモ系の色で、粗いどころか、ねっとりしたような吸い付くような、そういう印象の石です。仕上げ仕事が丁寧なのかも。

まだ、着席している人も少ないし、普段だったら、ずかずか入るところですが、やはり入れず。見たところ、装飾もないし、いいかな、と思ったこともあり、内部の見学はあっという間に終了。
より興味深い外観見学に移ります。
と言っても、上の写真でわかるように、ファサードの半分は、修復工事中で、覆われてしまっていますので、ファサード側の見学は、これまたほとんど見るところ少ないんです。




この、ファサードの装飾は、フランス風、とされています。フランスから職人さんが来ていたのかもしれないですね。または、フランスで活躍した石工さんがいたのかもしれないし。
この教会、100年ほどの長い時間をかけて、この形になったもの。
建造には、少なくとも、三つの異なる段階があったとされています。最初が、1090年以前。二番目が1150/1160年、そして三番目が1170/1190年。11世紀に、火事で損壊したことを受けて、12世紀にこうして作られた建物が、今残っているものということです。火事の前は、村の教会的な小さな建物があったのかもしれませんね。

この、ファサードの前につけられたポルティコは、最後の建築段階のときのもの。後陣側は、完璧なピサ様式ですが、こちらは、ずいぶんとイメージが異なります。違う石工、職人、マエストロたちがかかわったのかな。

遠目には繊細さが際立ちますが、ズームアップすると、石の素朴さが印象的。




傷みも激しいので、だから修復しているのでしょうが、彫り物の技術は高いです。




裏側に回りますと、美しいピサ様式に出会えます。




これはいいですね。実に美しい、完璧なスタイル。大好きなひし形装飾、そして付け柱。うっとり。

アップにすると、ここでもまた、石色の遊びが見られます。




こういう遊びが、遠目に美しさを浮き上がらせる効果となっているのかもしれないですね。職人さんたちのセンスって言うのか、技術って言うのか、すごいもんです。

この、すーっとした付け柱、たまりません。




どうやら、これも粗面岩みたいですね。やっぱりアンキモ系。

もう一度、正面に戻って、やはり、改めて、工事中なのが、残念でした。




この、アンバランスな感じのファサードも、全体で楽しみたかったですね~!

教会の脇に、珍しくインフォメーション・センターがあり、開いていた上に、この周辺教会の冊子を、数種類販売していました。この教会のものがなかったし、他の教会のものはそれぞれ現地で買えばいいや、と無料のパンフレットだけいただいたんですが、大失敗で、ここ以外で、そういうものを販売している場所にはついぞ出会えませんでした。サルデーニャ、ロマネスク・ルートとか結構それなりに観光要素としてロマネスクを取り上げている割には、そのあたり、まだまだです。

ちなみに、この教会周辺には、先史時代の遺跡もあり、そちらも、一応発掘中というのか、調査中の様子でした。




サルデーニャは島中に先史時代の遺跡があり、実はロマネスクよりもそちらの方が有名です。気候もいいし、地中海の真ん中という地の利もあるし、古代から人々が定住していたということなんでしょうね。キリスト教的には、どうだったのか。初期キリスト教時代頃のものはほとんど残っていないように思うので、破壊されたりなんだり、というのがあったのか。ビザンチンも入っているし、そういうことなのかな。歴史、勉強しないと。

いったん、車で、先ほどの無人集落までおり、そちらからもアクセスしてみました。
実は、こっちの方が、印象的な後陣に直接近づくようになるので、絶対インパクト強いです。




ほらね。絶対こっちの方がいい!右に行けっていう車の表示、すっごく余計です。
ただし、遊歩道が整備されている左手は、羊の牧畜で、羊がたくさん、めぇめぇ鳴きながら、ご飯の時間。相当臭い香りが漂っていましたけどね。それもまたサルデーニャらしさということで。




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  1. 2016/03/07(月) 07:08:08|
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美しい猫の親子と養い親マリオに感激。オスキリ。

サルデーニャ、ミニミニ修行旅、その4

現地にあった地図を貼り付けて見ます。ロマネスク・ルートが記載されているので、わかりやすいです。右上の方にあるのが、私の旅の出発点、オルビア。




このオスキリくらいから、ロマネスクが密集する土地となるのがわかると思います。町の中の教会もありますが、今は何もないような場所に佇む教会も多く、本来はどういうものだったのか、土地の歴史を知りたくなるような場所ばかり。

さて、昨日の記事に続く、オスキリのもうひとつの目的地は、町の外にあることはわかっていました。25万分の1の地図でみると、ちゃんと独立して、記載されています。
でも、こういう場所って住所がないから、ナビも役に立たないんですよねぇ。
で、オスキリ墓地の、墓参り帰りのおばあさんに訪ねてみました。
そしたら、驚くくらいきちんと正確に教えてくれて、走り出したら、ところどころに表示もあったりして、わたしにしては驚くくらい、スムーズにたどり着くことが出来ました。
こんな、緑の中の、なだらかな坂道を、ゆるゆると登っていきます。




丘を登りきったところに、古い壁に囲まれた聖地、ノストラ・シニョーラ・ディ・カストロIl Santuario di Nostra Signora di Castroがあり、目的の教会は、その中です。




聖地、という名称が使われているのは、この土地が、先史時代から聖所として存在していたことからだそうです。
門をくぐると、芝生が整備された、とても清々しい中庭のようなつくりになっています。壁の一部は登れるようになっています。

ちょっと高い場所から眺める教会。




手前に見える横付けナルテックスのような部分は、オリジナルでは、反対側、つまり南側にあったそうですが、祭具室を作るために、こっち側に移築されたということです。




近づくと、本体とこの部分との時代が違うような様子がわかります。
本体は、オスキリ墓地の小さな礼拝堂と同様に、多色の石使いで、装飾は少ないのですが、その石の色がさらに鮮やかで、十分装飾的なんです。




ピンクというか紫というか、赤味がかった石が多く、またグレーの種類も様々。面白いですよね。
正面も、同様です。




色身の違いは、光の当たり方の違いです。
小さなファサードですが、上部には立派なアーチが並んでいます。扉脇には、かなり太目の付け柱があったようですが、途中で壊れてしまっているのが残念。

ちょっとわかりにくいですが、半円の付け柱、これです。




扉と同じ背丈くらいのものだと思いますが、これが完全にあるとないでは、イメージが変わりそうです。

さて、この聖地。門をくぐったら、二人のおじさんが立ち働いていました。
どちらもいかにも地元の人で、歯の抜けた人のよさそうな笑顔満載で、話しかけてきました。マリオと名乗ったおじさんの方が、すぐに鍵を取ってきて、教会を開けてくださいました。
ナルテックス状の部分に扉が開けられています。




教会のサイズ同様に、小さな入り口です。
中は、修復されていて、表面もきれいに整えられた石壁で、後陣は、外から見るよりも浅いような。いずれにしても、後代の妙に立派な祭壇がしつけられているのが、信仰でなく、美術趣味で訪ねるものには、ちょっと残念です。
でも、マリオが、熱心にマリア像の説明などをしてくださるので、熱心に見学しました。




内部でも、やはり石色が美しいです。




こうやって、装飾もない、平積みででこぼこすらない壁を鑑賞することって、あまりないですが、色が美しいと、それだけで惹かれるものなんですね。
マリオからカードまでもらってしまったので、マリアさんもパチリ。




結構現代的美人のマリアです。

私以外、誰も訪ねてこなかったので、見学もゆったり出来たし、おじさんたちとおしゃべりも出来て、楽しいひと時でした。
そのひと時を、さらに楽しくしてくれたのが、こいつら。




猫がたくさんいたんです。猫好きなもので、すっごく嬉しかった。どうやらおじさんたちが、大切に育てているらしく、どの猫も清潔で美しく、おとなしくて、素晴らしかった~!




古い建造物と猫って合いますよね。
都合、何匹いたかなぁ。




この親子には感激。
寒いせいか、三匹で寄り添って、じっとしてたんですが、その美しさと言ったら!屋外で生活しているとは思えないほどの毛並みで、どれだけ大切に面倒見てるんだ、マリオ!と思いました。そして、わたしが近づいても、別に逃げることもなく、じっとしていて。人を信頼しているんですねぇ。

マリオは、「ぼくはここでうまれて育ったから、他の世界は全然知らないんだ。ここがぼくの家。」と言っていました。文字通り、そこで生まれたのか?確かに、元は巡礼宿だったという建物があり、生活感は漂っていたのですけれど。




アペ(軽三輪)で、野良仕事している風でもあったし、煙突から煙が出ていたし。
わたしの名前を聞いて、「どっから来たの~?オルビア?」って言うのには、なんかもしかして、本当にそういう世界で生きているのか~、と思わされました。

教会の鍵を開けに行ってくれたマリオ。




再訪する日まで、マリオも猫も元気でいますように。

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