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イタリア徒然

イタリアに暮らしながら、各地のロマネスクを訪ねた記録

王様的に偉そうでわがままそうな…(メイエールその1)

2016.08.オーヴェルニュの旅 その73

様々な彫り物を堪能したル・モンテLe Montetから、15分ほど北上した村が、次の目的地となります。
それにしても、改めて地図を見ていると、小さい地域を、縦横無尽に、行ったり来たり。もちろん、事前に知りえた範囲での開いている時間だったり、行きやすい経路だったり、その日の最終目的地を考えての行程だったはずですが、うろうろぶりが、我ながらすごいもんだと感心してしまいます。




メイエールMeillersのサン・ジュリアン教会Eglise Saint-Julienです。

前後の様子は忘れてしまったのですが、この教会周辺の風景は、くっきりすっきり覚えています。なぜか、全体写真を撮影していないのですが、それでも、しっかり覚えているのは不思議なくらい。
目的は、このファサード。扉上にある彫り物です。




人物の彫り物は、顔の部分が破壊されていることが多いですが、ここでは、見事に残っていますね。
アーモンドの中に納まって祝福するキリストを中心に使徒たちがずらり。




キリストの前身。なんか、目を見開いて、ちょっと怖いような。よくあるイメージとは違うところにいる表現ですよね。行動するキリスト、という様子が感じられます。座る姿勢も、なんだか、どっしりというより、良い意味で腰の軽そうな、何かあれば、すぐ駆けつける準備中みたいな。
そして、他のフィギュアに比べると、すごく大きくて、堂々感が半端ない。あ、なんか、神様的ではなくて、王様的っていうのかな。
アーモンドを支える天使たちも、「なんかこの人押さえきかないし、またなんかやらかしそうだよなぁ、困るよなぁ」とかぼやいている風に見えます。想像力羽ばたきまくり、笑。

他の人たちも、「ちょっと~、また始まっちゃたよ~、いい加減にしてほしいよねぇ」とか、ざわついている気弱な人たちに見えませんか?




上が、キリストの左、下が、右側の使徒たちです。




そんなざわつく人たちの中で、一番弟子的なポジションのペトロン(聖お兄さん的に、笑)ことピエトロは、さすが、しっかりと、俺がカギ預かってますから、安心して、何でもやっちゃって!という意思の感じられるお姿ですね!




それにしても、本当に、傷んでいるとはいってもこの程度、これは驚異的ですね。もうこの状態だけで、感動してしまいました。
せっかくなんで、ぼやいている天使たちも、アップで。




アップで見ると、結構真面目な彫りって感じですが、でも、実際に目にすると、ただかわいいんですよね、こういう彫りって。そういう感覚は、現地で実際に見ないと、なかなかわかってもらえないかもしれないんですけれど。
アップで見ても、変に手がデカいとか、翼が、スペースの関係で変な形になっているとか、そういうロマネスク的な表現に、にんまりしちゃいますが、それでも、真面目な彫りですよね、アップだと。




右側の子は、傷みがより激しいので、彫りの遊び感が薄まっているかな。ただし、明らかに、左の子よりも、イケメンですね。不謹慎な感想ですみません~!

さて、このファサードにある装飾、実はこれだけじゃないんですよ。ちょっと引いてみると、また面白いものが目に入ってきます。




傷んでいる様子が明らかではありますが、柱頭にも、なかなか気になるものが見えてきますよね。




楽器を奏でる動物の柱頭。このモチーフは、結構あちこちで目にするものですが、ここの、このハープのヤギ?やけにリアルで、どっしりしていて、デザイン的にデフォルメされたところが全然ないのが、逆に印象的です。デッサン、やけにキチンとしていますよね。
この左側には、ライオンぽいのが、マンドリン的なものを奏でているみたいなのがありますが、そっちもまた、写実性が高くて、怖そうな…。




他の柱頭も、基本的にかわいいんですが、残念ながら、かなり傷んで、溶けちゃっている感じなのが、残念でした。




訪ねたのは、2016年の8月ですが、その翌月から、ファサード全体が修復で、覆われてしまうというように聞きました。この教会を訪ねて、このファサード装飾が見られなかったら、かなりつらいと思いますので、修復前に訪ねられてよかったです。あれから2年以上たつので、予定通りなら、そろそろ終わっているのかな。
いや、イタリアじゃないから、とっくに終わっているのかもしれませんね。
タンパンのキリスト達の修復が目的だと勝手に思いましたが、こうやって改めて見ると、タンパンの彫り物は、保存状態が結構よくて、これら柱頭の方が、修復が必要な様子もありますね。




いずれにしても、再訪が楽しみな場所の一つです。




全体のたたずまいも、大変バランスがよくて、美しいですね。
こうなると、三角のとんがり屋根も、悪いもんじゃないかも、と思います。本来は、とんがり屋根なしの、四角い鐘楼の方が好きですけれど、これあってこそ、フランスのロマネスクかな、と思いますね。

勿論、中も入りますが、それは次回。

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  1. 2019/01/30(水) 06:23:52|
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ひまわりのような太陽のような、はたまたダンプのタイヤのような…(ル・モンテその2)

2016.08.オーヴェルニュの旅 その72

ル・モンテLe Montet、サン・ジェルヴェ・エ・サン・プロテ教会Eglise Saint-Gervais-et-Saint-Protais、続きです。前回は余計な記述が多くて、外側しかまとめられませんでした。今回は、内部の様子をご紹介します。




前回書いたように、19世紀に、内陣部分がごっそりなくなってしまったので、上の正面奥の部分は、新しい建造物となります。
なんでそんなことになっちゃったのか、つくづく残念になるくらい、ここの柱頭、なかなか面白いんですよ。

面白さナンバーワンは、私には、これ。




すごくないですか?これはもう衝撃でした。両脇の動物は、どう見てもライオンですから、一目でダニエルだとわかるのですが、このライオン、なんですかね~!タンポポ的な?お日様できな?ダンプのタイヤ的な?石工さんの表現力、独創性半端ないです。




可愛いっていうのともちょっと違うんですけれど、あまりのオリジナリティに、思わず笑いがこぼれるっていうんですかねぇ。嘘でしょう~?と、一人クスクスにまにましちゃいました。
説明版がありましたが、ライオンの穴のダニエルだとあるだけでしたね。説明書いた人、冷静すぎますよ。これを見て、冷静に、「聖書のエピソードにあるダニエルの図です」だけって、ありえないでしょう、普通。
しっぽまで凝っちゃっているのにねぇ。

その上、両脇からグーだし、ダニエルさんは、昔の林家三平師匠になってるんですから~。余談ですが、落語界も世代交代激しく、大名跡でも話が通じにくくなっていますねぇ、昨今。三平師匠、わからない人も多いかもしれませんねぇ。

多くのロマネスク教会の暗闇に生息しているタイプも、ちゃんといますね。これは、不気味な様子が、いわゆるきもかわいい系ですかね。




上部に、三角に穴、という帯が彫られています。ファサード扉周りの装飾彫り物が大変凝っていましたが、ここにかかわった石工さん、装飾的なアイディアが尽きることない人だったんですね。いや、この柱頭は、ちょっと時代が古い様子もあるから、こういうのを見て、よし俺も、となったのかもしれませんね。
何はともあれ、この三角に穴、ってチーズを髣髴としてしまって、なんだろう。ギザギザのナイフで切ったプロセス・チーズ。昔の日本では、チーズと言えば、QBBのプロセス・チーズ、でしたよねぇ。

で、また、謎のフィギュアがいます。




変でしょう~。第一印象は、右の男と女性が、何かわいろ的なやり取りをしている様子に見えたんです。しかし、左側の人は、何?テニスラケット、持ってますよね、笑。




幸いにも、先ほど言及したように、シンプルながら説明がありましたので、救われますね。
女性は、自分の左にいる男性に、パンの塊を渡しているもので、そして、女性の右にいる男性が持っているのは、テニスラケットでもフライパンでもなくて、魚の入ったかご、ということでした。聖書に詳しい方なら、もうわかると思いますが、キリストの有名な奇跡の一つ、パンと魚を増やしたっていうやつを表現しているんだそうですよ。




言われてみれば、なるほどねぇ、とも思いますけれど、でも、なんだかいろんなものが詰め込まれているような様子ですよね。エピソードとして知ってはいますけれど、その裏側だったり、詳細だったりがあるのでしょうよねぇ。この左端の人の行動とか、理解できないんですけれども、ほれ、どんどん魚を回せよ、的なもんなんですかね。

それにしても、かごの表現、苦労した感満載ですね。そりゃ、難しいわ。

その他は、動物と植物をうまく組み合わせた装飾的な柱頭がいくつか。







そして、たくさんのグリーンマンやグリーンアニマルが生息しています。




うろこ屋根状の副柱頭、すごいですね。







外は地味ですが、見ごたえのある彫り物満載で、お勧めです。

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斬新なセンスの石工さん(ル・モンテその1)

2016.08.オーヴェルニュの旅 その71

寄り道しちゃいましたが、本来の目的地に向かいます。
この旅で訪ねた教会、この町で、もう50を超えており、この辺りから、旅の間記している日記というかメモの記述がほとんどなくなり、それと同時に、記憶も薄まっていて、町や教会の名前を見ただけでは、まったく思い出せないケースが増える一方です。
ここも、にわかには思い出せなかったのですが、写真を見ていて、くっきりと教会のたたずまいは思い出し、また、町の様子も、かなり思い出すことができました。
結構印象的なんですよ、町のつくりが。




それが、目的地であるル・モンテLe Montetの町です。
旧市街の外に車を停めて、町に入ると、旧市街は、真ん中に一本、通りがまっすぐに走っていて、その突き当りが教会となります。

教会の中にジオラマがありました。ガラスが反射して、見えにくいですが、こういうの好きなんで、載せちゃいます。教会にこういうものがあるって、珍しいですよね。




これは、おそらく古代から初期キリスト教くらい、おそらく異教の時代の村の様子だと思います。素朴な木造の家が並んでいますが、すでに壁が築かれていますね。
そして、時代が進み、中世になると、壁は立派な石造りとなり、奥の方に、教会が作られています。本当にすごく見にくいですね。ガラスに、教会の窓までが反射して写ってしまっています。




で、多分、これが今の姿だと思います。




村を取り囲んでいた壁は、なくなってしまいましたが(どこか一部くらいは残っていそうですが)、村の様子は、中世のままです。
わたしは、このジオラマで行けば、手前の方の旧市街外に車を停めて、この真ん中の道、要は、参道ですね、そこをずっと歩いて、教会にアクセスしました。緩やかな坂道です。つまり、教会は、町の一番高い位置にあるのです。村のつくりから言うと、端っこにあるのが変な感じですが、ジオラマではわかりにくい高低差のために、このロケーションになったということなのだと思います。




サン・ジェルヴェ・エ・サン・プロテ教会Eglise Saint-Gervais-et-Saint-Protais。

もともとは、教会前だけ、スペースがあったと思われ、そこが村の中心となっていたのでしょう。まるで普通の家と同じ様子の市庁舎もあります。

外側はたいしたことがなくて、この、半端な写真しか撮影していませんでした、笑。
今はその程度ですが、置かれていたモデルが、当時の姿を再現しているのだとしたら、中世時代の建物は、もっと魅力的だったようです。




でも、こうやって再現できるということは、版画だったり絵画だったりで、オリジナルの姿が残されているはずなので、今みたいになってしまったのは、割と最近の話ということなんでしょうか。




説明版によれば、実際、19世紀に、周歩廊を含む内陣部分が破壊されてしまったと。




これまた、光っちゃって、見にくいのですが、上部にあるかなり規模の大きな内陣部分が、ばっさりとやられちゃったということです。形としては、今も三つ後陣みたいになっていますが、そこは後付けの新しい壁です。

それでも、ロマネスク・ファンにとって幸いだったのは、ブルゴーニュ様式の扉装飾と柱頭が残されたこと。

驚いたのは、イタリアはトリノ近郊のAviglianaの修道院のものだったということ。つまり、修道院だったのですね。だから、この村は11世紀以降は、修道院の寺町として栄えたということになるのでしょう。
それにしても、なぜトリノの修道院が。Aviglianaは、すごく昔に訪ねたことがあり、何らかの中世の名残があったのは覚えています。それが城だったか修道院だったかは、今、思い出せないのですが、要は、ちゃんと残っているものはないということ。
一方で、この「支店」は、19世紀まで、せめても教会が残っていたのに、半分壊されちゃったというのは、いろんな意味で、大変残念なことですね。

さて、歴史的な蘊蓄はともかく、いつもの楽しい見学です。




それだけ激しく変えられちゃった中で、よくぞ残ってくださった、という扉です。これは、事前に写真で見ていたのですが、とても興味がありました。珍しいパターンだと思います。
タンパン、浅浮彫の太宰ん的なパターンが並んでいるんです。




ある意味、すごくモダンなタンパンですよね。12世紀のものとありますが、本当にすごいセンスの石工さんがいたものですね。
両側の柱も、とっても凝った彫りが施されているんです。




12世紀後半とあるので、勿論技術の進歩もあるでしょうし、センスも進んだ方がかかわっているのでしょうね。元がイタリアの修道院ということで、つまりお金があったと考えられるので、最先端の石工さんを雇ったかもしれないですねぇ(いつもの勝手な想像です、笑)。




モチーフには、かなり凝ってます。




足元まで、びっしりです。ひし形帯とか、組紐模様。もう、何でも来い、状態ですよ。




中もまた、楽しいものがたくさんありますので、次回お楽しみに。




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狩猟用の夏の離宮…勝手に膨らむ想像(ムラ)

2016.08.オーヴェルニュの旅 その70

前回のシャップの次は、北東方面にある町を目指したのですが、その通り道の村で、道端にそれらしい教会があったので、駐車もしやすかったことから、思わず途中下車しました。




ムラMuratという村(ダジャレではなく、笑)の、サン・ニコラ教会Eglise Saint-Nicolasです。

サン・ニコラ!なんと、我らがイタリアはプーリア、バーリのサン・ニコラなんですね。著名聖人は、どの国においても、平等に多くの教会が捧げられていますが、地元に根付いている聖人などは、その限りではないですよね。サン・ニコラも、かなり著名度は高い聖人の一人ではあると思います。欧州人の名前でも、二コラは、どの国でもよくある名前の一つであることを考えても、知名度は高いということですよね。

ちなみに、不思議ですが、イタリアでは二コラは男性の名前ですが、多くの国では、女性の名前になっていますね?もしかして、二コラという女性の聖人がいたのかしら?とすると、そっちの方が有名だったりするんですかね?手持ちの中世辞典を見ると、聖人二コラは、やはりバーリの二コラしか出ていないですが、イタリア語の時点なので、何とも言えないですね。

もとい、知名度はある割に、二コラにささげられた教会は、そんなに数があるとは思えません。前回の聖アンナもそうですが、そういう偏りは、やはり何らかの理由による人気度なんでしょうねぇ。
働きや人気度でヒーローをランキングする「ワンパンマン」という漫画がありますが(すっごくくだらないですが、すっごく面白いです)、聖人ランキングって、あったら面白そう…。不敬な発想で、信者さんに怒られそうです。




今は、この教会の近くに数軒の集落があるだけの村ですが、もともと、この教会のお隣には、お城があったそうです。教会が12世紀ですから、同時期の中世の城。
街道に面しているわけでもないので、どうでしょう、離宮とかそういう位置づけのお城だったかもしれませんね。狩り用の別荘みたいな。今でも、周囲は緑が多い、大変美しい土地ですし(説明版には、巨大なお城跡、とあるので、離宮という発想は無理があるかもね)。
調べもしないで、勝手な想像を書いていますので、どうぞそういう風にとってくださいね。

ゴシック期以降に、かなり手が入っているし、オリジナル部分は相当傷んでいますが、なんとなく、全体に味がありますね。空の青と地面の緑で、現場で見た以上に、フォトジェニックになっている感は否めませんが、笑。




傷んでいる中でも、ちょっと楽しい軒持ち送りがあります。




ディテールが溶けかかっているのになお、いい味出している二人組。
建物の修復も、かなりおざなり感があり、彫り物までは手が入ってないのでは、という様子ですが、それでも、雨風にさらされながら、これだけ残っているのですねぇ。




凹凸がならされて、のっぺり感が強いのですが、それでも、顔の表情は、しっかり残っていますよね。
右側の人のおちょぼ口、愛らしい…。




こういう、行っちゃってる感じの鉋屑、哀愁を感じます。

正面は、もう全然つまんないことになっちゃってます。扉の装飾も、ほとんどなしで、全体が、後付けの様子。




今の図面、こういう感じになっています。




南側に扉がありますが、残念ながら、前回に引き続き、こちらも金網扉ががっちりとはめられています。




シャップと違って愛想も何もない実用本位の金網…。勿論しっかりと施錠されていて、びくともしません。
でも、鳥のフンなどの汚れがないところを見ると、常日頃ちゃんと開閉されていて、ケアされているということなのでしょうね。

例によって、金網越しに撮影をしてみましたが、ここはマスが小さくて、非常に難しかったです。それでも、素敵な植物系柱頭が撮れました。




反対側の壁にあった柱頭だと思いますが、こんな楽しいモチーフのものも。




ファサード前のお宅の方にカギを尋ねましたが、市役所にあるんじゃない、とすげない返事。教えられたように市役所に行っては見たものの、やはりここでもクローズでした。
本来目的にしていたわけではないので、出会えたことがめっけもん、ということで、納得して、村をあとにしました。

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  1. 2019/01/24(木) 06:24:39|
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まさかお尻では…なかったです、多分(シャップ)

2016.08.オーヴェルニュの旅 その69

前回の難しい読みの村から、15キロほど南下したところが、次の目的地です。
あそこだな、と、当時のメモを読みながら、思い出す教会の姿があったのですが、念のためグーグルで見たところ、ロケーションのイメージと、教会のイメージが、いろいろと他の場所と混じっていて、不思議な記憶の残り方していることがわかりました。
記憶って不思議ですよねぇ、つくづく!




シャップChappesというかなりの田舎です。
ほとんどの町村が田舎ではありますが、ここの田舎度は、取り分けて印象的でした。
空が広いことと言ったら。




教会は、そういうだだっ広い感じの集落に、やはり土地あまり状態で、建っています。




サンタンヌ教会Eglise Sainte-Anne。

正面に回ります。




立派な鉄扉が見えますが、ひるみません。というのは、事前に、以前行かれた方の情報として、「鉄扉で閉ざされているようだったが、ちょっと力を入れたら、開いた」とあったので、そういうもんだと思っていたんです。
ところが、近づいたら、およそ、力を入れたからと言って開くような代物ではないことが、わかりました。ガーン。

扉周りの紹介とともに、鉄扉の様子がちょっと写っていますけれど。




すごくしっかりした作りですよ。頑丈だし、比較的新しそう。もしかして、教会荒らしとかにあったんですかねぇ。田舎だと、目が届かなかったりして、通りすがりの悪いやつもいるかもですよねぇ。一応、中が垣間見える鉄扉、というところに一抹の良心は感じますけれど、何とも無粋ではありますよねぇ。
せっかくの柱頭も、このありさまで。




くねくねした角度に、ごつい鉄扉を合わせているのが、執念というか、すごいです。ここまでしないではおられなかったような事件があったとしか考えられませんが…。それにしても。

網目の一枡が、比較的大きかったので、何とか内部の一部の撮影には成功しました。後陣部分は、例によって、ごたごたと色塗り装飾がされていて、特に食指も動きません。




が、柱頭は、面白そうでした。




髭まで蓄えている様子の、立派なおっさん系二股人魚みたいです。




和菓子のような優しい彩色が、あえかに残っている、葉っぱバリエですかね。素朴でとっても素敵。
下手すると、手前の網にピントが合ってしまって、内部が撮影できていないこともあるので、これは成功しましたね。
それにしても、残念。垣間見えるだけで、これだけかわいいので、正面から見えないところにも、きっと隠れているんだと思います。

扉周りは、地味です。この辺りは、アーチを重ねるのが主で、あとは帯装飾くらい、というのが多いようですね。




教会近くで、立ち話しているおっさんが二人いたので、カギのことを聞いたんです。そしたら、市役所にあるはずだけど、ああ、今日は閉まっているなぁ、ということでした。平日の火曜日だったんですけれどね。

最近では、田舎の市役所は、教会同様、いつも開いているわけではなく、下手すると、週に数日、それも限られた時間しか機能していない、ということを承知していますが、この旅のときは、まだそういう実務的なことをあまり知らなかったので、もう閉まっている、とか、明日なら開いているとかいうことに、ひどく驚いたことを覚えています。素人だったなぁ。

それでも、この道を1キロくらい行くとあるよ、というので、一応訪ねてはみたんです、車で。そしたら、いつもとは反対で、ほんの500メートル、いや、もっと近かったかも。あのおやじたちは、もう車の生活もしていないのかもね。
で、市役所は、おやじたちの言ったとおりに、固く閉まっておりました。残念。

おっと話が飛びましたが、中はあきらめて、外側を。




何やら、小さめの軒持ち送りもずらりと並んでいます。
窓の上部に合わせてつけられた飾り帯も、好きなものです。全体に新しくなっていますが、要所に中世テイストが残されているのは、好感度高いです。




おけつにしか見えず、面白くて撮影しましたが、さて、なんでしょうね。

後陣の方にもずらり。




鐘楼には、あちこちで目にした三角のブラインドアーチが見えますね。説明版には12世紀とありましたので、中世期ですが、おそらく後期のものなのでしょうね。この辺りでは、かなり流行ったんですね。

シンプルだけど、妙に愛らしい人たちがいます。




お尻っぽいのは、実は、仲良く並んでいるペアの頭部ですかね。




摩滅して、のっぺらぼうになっちゃったのかな。そうですよね、おけつってことはないですよねぇ、笑。

ちなみに、教会が捧げられた聖アンナは、聖母マリアのお母さまで、教師の守護聖人になっているんだそうですね。
しかし、アンナに捧げられた教会って、他には思いつかないくらい、もしかして、珍しい?土地柄があるのかな。イタリアでは出会ったことはないように思います。

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不思議な柱頭と軒送りのおっさんたち(ビキシエール・レ・ミーヌ)

2016.08.オーヴェルニュの旅 その68

サンティレールSaint-Hilaire(前回、日本語表記を間違えたままアップしてしまいました)から、南西方向に、10分程度のドライブで、次の目的地に到着です。ビキシエール・レ・ミーヌBuxieres-les-Mines。こういうスペリング、もうお手上げ。旅の途上では、自分の頭の中ではフランス語無視で、ほとんどイタリア語の法則に従って、スペリング通り読んでいましたから(ブシエレス・レス・ミネス、みたいな感じです、笑)、今頃になって、初めてちゃんとした読み方を発見している日々です。

この数年の聞くだけ、読むだけの流し学習で、最近でこそ少しは、読み方の法則がわかってきたところですが、これまでは本当にわからなくて、現地で戸惑うことも多かったし、そもそも、町村の名前も、教会の名前も頭に入らず、口頭で発音されても、そこ、知りません、ということが多くて。
これからは、少しずつ、そういうことがなくなるとよいのですが。

ここは、村に入ってすぐに、大きな駐車場が目についたんだったと思います。




もしかして、という期待通り、公衆トイレがありまして、事なきを得ました。何度も書いていますが、修行旅とは、常に自然の摂理との戦いでもあります、笑。夏は、水分を取らないわけにもいきませんし、特に女性にはなかなか厳しいです。

しかし、そういう時に限って、この村の教会近くには、カフェがあったんでした。なんか、損した気分になりました。
駐車場から徒歩5分足らずで、教会です。




Buxieres-les-Minesのサン・モーリス教会Eglise Saint-Maurice(9時/18時)。

ちなみに、ファサードに向かって左側にカフェがありました。真夏でも、ちゃんと開いておりました。

早速入場します。




至極フランスらしい、オーベルニュらしい様子です。どうしても、オリジナルに付け足しやら改築やら増築やらで、いろいろなことになっていて、たたずまいだけで、うおーっていう教会は少ないですが、雰囲気はある方だと思います。

柱頭は、ほとんど植物モチーフ。シンプルさが身上です、かね。




こういった究極的にシンプルなタイプ、いいですよねぇ。これはこれで好みです。
どこにもここにも、こういうタイプの、シンプルでデザイン的な柱頭があります。




デザイン的とか、モダン・センスとか、勝手な印象を述べてますが、こういうシンプルな彫りって、当時としてはどうだったのでしょうね。これはこれであり、だったのか、本当はもっと複雑な彫りが好まれたのか。または田舎の町村では、ディテールに注目する一般人など、いなかったのか。




シンプルでも、やはりバランスだったり配置だったり、すごく考えられています。考えすぎのタイプよりは、まったく考えてなさそうなすっきりタイプの方が、私は好きなんですけど、笑。

この教会で、気に入ったのは、ファサードの裏側に、一段高くなっている二階建て部分がありまして、そこに登れることでした。新しめの教会だと、パイプオルガンとか置かれていて、合唱席になっているような場所です。ここの教会のは、後付けの施設と思います。




目線がちょっと高くなるだけで、すごく偉そうな立ち位置になる気がします。文字通り、上から目線。見えるものや見え方が、地べたからとはかなり変わります。




高いところに上りたがるのは、アレですけど、教会の場合、多くの場合、「上から目線」はとっても意義があります。

植物に隠れるようにして、頑張って生息しているグリーンマンたち。




そして、この一個だけだと思うのですが、人物フィギュアが満載の柱頭。




何とも不思議な人たち。まずは、頭部が、おかしいですよね。角っこの人は、かろうじて、頭髪が彫られていますが、正面に並んでいる人たちは、副柱頭をひっかいているだけで、浮彫にすらなっていません。
角っこの人は、自分の左隣にいる小さい人のほっぺたをつねっているようです。




子供なのか、小さい人は、その腕を握っていますね。髪の毛は、なんだか連続して子供にまでつながっています。

この同じ人、自分の右手では、ドレスのようなものを身に着けた人の腕を握っています。




袖がびらーん、としているので、ドレスに見えるので、とすると、やはりこれは女性と思われます。角っこの人も、スカートのような衣服ですが、袖はないので、やはりこちらは男性と考えるべきなのでしょう。
でも、男と女が手を取り合っている微笑ましい場面ではなさそうです。女性らしい人は、右手は腰に当てて、偉そうな姿勢だし…。

その女性の右手の方の角には、でっかいボタンのようなものがついた衣服を付けた人がいますが、この方、左手はないようですね。ブルボン・ラルシャンボーの記事で、腕のない人物たちが、障碍者と考えられいているという解説をいただきましたが、こちらも何かそういう意味があるのでしょうか。




同じ人物が右手を挙げていて、その陰にいる小さなフィギュアもまた、何とも異形な様子で、謎めいています。わっかんないなぁ。ざっとネット検索もしてみたんですが、今のところ、何も見つけられてません。

扉。




ここもアーチは重なっているだけで無装飾。もちろん、オリジナルがどうだったかは不明です。
ずらりと置かれた柱頭は、遠目には、かなり立派な彫り物があるようにも見えますが、残念ながら傷みが相当激しいです。




左側も。




柱にすららせん模様が彫られていたりしたのかもしれません。今あるものは、当時のものとは思えないんですが。要は、かなり手の込んだ細工が施されていたのに、その肝心なところは修復されず、建物の方は、結構手が入っている、といういろんな意味で残念な状態なんです。

南側にも扉があります。




こっちも、立派な扉ですよ。でも、やはり傷みが激しい。




柱頭は、面白い彫り物が彫られていたようですが、あまりに溶けちゃっていて、本当に残念。

軒持ち送りにも、ずらりと彫り物が並んでいますが、鉋屑とそのバリエがたくさん。再建ものっぽいのも、多くありましたが、オリジナルにあった場所に、ちゃんと並べたのは、頑張ったな、という様子ですね。




鉋屑に混じって、この人知ってる~!みたいな顔がいくつもありました。こういう時のモデルって、もしかして、近所のおっさんとかだったりするのかしらん?




なんか、その辺にいそうでしょ、笑。少なくとも神様とか物の怪とか、そういうたぐいの顔じゃないよね。




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小穴ぼつぼつの意味、教えてください(サンティレリー)

2016.08.オーヴェルニュの旅 その68

セリリーCerillyで宿泊した翌日は、以前の記事で触れたように、朝日の明るさを期待して、朝一番でブルボン・ラルシャンボーBourbon-l'Archambautを再訪しましたが、残念ながら薄暗がり状態でしたので、あっという間に見学を終えて、当初の目的地に向かいました。
ブルボンを経由したので、ちょっと余計に時間がかかりましたが、本来の位置的には、南東方向に25キロほど、半時間足らずのドライブとなります。




サンティレリーSaint-Hilaireのサン・ルー教会Eglise Saint-Loup。




情報では、月曜から金曜は8時半/12時半に開いている(水曜日はさらに午後13時半から16時半)とあったんですが…。扉は鉄柵で閉ざされていました。ガーン。
ちゃんと、時間を考慮して予定を組んでいるのに、と、がっかりしますが、仕方ないですね。




でも、建物はかなり後代の手が入っているようですし、ロマネスク的に一番の見どころは、正面の扉なので、納得感はありますし、また、鉄柵が、かなり好意的な鉄柵だったので、これも許せるかというところ。
好意的な柵、という表現も変なのですが、時として、網目びっしりみたいな柵などもあり、そうなると内部を垣間見ることはできても、撮影すらできないことがあるんですよ。これなら、乗り出すまではできないまでも、一応よいカメラを持っていれば、結構内部を見ることも撮影することもできそうです。

ちなみに、すぐ近くに市庁舎がありましたが、確か閉まっていたと思います。開いていたら、当然カギを頼んだはずですので。




右側の建物が市庁舎。
旗が掲げられているし、真ん前に車が止まっていますから、もしかして、待っていれば開くとかあったのかもしれませんね。

まずは内部。




天井とか全部後代のものですね。わずかに柱頭が残っているようです。ちゃんと撮影できたのは、下のだけ。




大好きな組紐模様に、なぜかひげ面のおっさん。
本来は、こういう柱頭が、他にもあったと考えられますね。内陣との境目部分の柱頭も、ちょっと面白そうに見えるんですが、撮影は叶いませんでした。が、扉口や軒持ち送りの楽しい彫り物を見ると、内部にも絶対、こういう素朴系で私好みの彫り物が、たくさんあったはずだと確信できます。今でも、どこかでひっそりと生きているかもしれません(個人宅のお庭とか…)。というか、そうであることを祈りたいものです。

扉口右側。




かなり溶けちゃっていますけれど、いずれもチャーミングじゃないですか。このぼつぼつと開いた穴が何かは、わからないんですが。




仲良く水を飲んでいるのは、鳥ではなくてグリフィンぽいです。
目の部分に光る石を入れてあったのが取れちゃって穴ぼこになっている、という例は、結構目にしますが、これ、モチーフに関係ないところにボコボコと、不思議。

これまたぼつぼつも激しくて、かつ珍しい配置のモチーフ。




角っこで頭ごっつんことか、一つ頭で左右に身体があるタイプはよくありますが、角っこに身体を置いて、双頭の鳥?斬新です。そして、ここでも穴が…。




これは、両側に獣が見えるので、もしかしてダニエルさん?でも、腰蓑っぽいのが不思議だし、ただの善き羊飼い?
穴、結構ちゃんと四角で、かなり深いです。ろうそくでも刺した?まさか、笑。




一番扉に近いところで、ポカーン、と口を開けているひげ面さんを見ると、この穴は、この石工さんが編み出した装飾なのか?という気もしてきます。

左側の並びの一つ。




二股人魚を図案化した感じもありますが、この、口から緑を吐いているグリーンマンというわけではなく、顔と植物的な文様だったり、装飾的な帯だったりをつなげるタイプ、この辺り、多いですね。
それにしても、ぼつぼつ、激しい。




この顔との組み合わせを見ると、やはり独特な装飾なのかと思いますが、さて、どうでしょう。

アーチが複数になっていますが、そこの部分は無装飾。ただ、一番内側は、クローバー的なかわいらしい小アーチとなっていて、アーチの付け根部分に、愛らしい彫り物が置かれています。




一番右端にいる子。かわいいとはちょっと違うかな?まんま、獅子舞の志士、という様子です。




思いっきり歯と歯茎をむき出していて、唐草模様が似合いそうな子です。

扉の上の方に、軒持ち送りが並んでいますが、これも相当傷みが激しいです。




建物全体が、黄色砂岩ということですが、どうやらこれらも砂岩みたいですね。砂岩は、扱いやすいはずですが、残念ながら傷みますね。
それにしても、この右側のお花。すっごく普通にお花でびっくりしませんか。現代でも、クレヨンとかでお花を描くとしたら、まずこういうお花を描くような、そういうお花。千年前も同じようにお花を捉えていたと思うと、ええ~って思ってしまうんですけれど。

再建ものも含めて、ほとんど鉋屑の軒持ち送り。




でも、中には変な奴らもいるんです。




結構間抜けな顔なのに、妙に繊細な指で、頭抱えてて、なんだろう、この人ってこっちまで不安になるような人。
こっちの人はまた、同じタイプなんですが、あごの下は手?




ある意味新しいタイプ。
ロマネスクって、ほんと不思議ですね。簡単に時を超えちゃってます。

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オーヴェルニュで利用したホテルの話

2016.08.オーヴェルニュの旅 番外編

オーベルニュ到着の初日に宿泊したシャンブルドットについては、ずいぶん前に記事にしたと記憶しておりますが、その後は、本題のアップが忙しかったので、先延ばしにしておりました。
ただ、前回の記事でも触れたように、フランスでもスペインでも、またイタリアでも、田舎度が激しい地域でのホテル探しは、簡単ではなく、毎度苦労しています。特にフランスでは、いまだにフランス人だけを相手にしているシャンブルドット(いわゆる民泊的なB&B)形態が多くて、そういう宿は、Booking.comのようなサイトには登録していないだけに、選択肢が限られます。
初日は、そういうわけで、どうしてもしっくりする宿が見当たらず、すがるようにシャンブルドットのサイトを検索して、不自由なフランス語という制約にも耐えて、宿泊した経緯にあります。
本来は、言葉が不自由でもあるし、時間の制約もあることから、私はホテルの方が好みなんです。鍵の受け渡しとか、朝食を自分で調達しないといけないなど、そういうことで時間をとられたくないんですよね、修行旅の場合は。まぁ、連泊できる場合は、それもありなんですが、連泊というのも、実際はなかなか難しくて。
と言うわけで、初日以外は、ホテルに宿泊しています。

二日目の宿、Hotel Evan – 33 Avenue du Stade, Lempdes-sur-Allagnon
これはいわゆるモーテルってやつで、高速を出るとすぐホテルに直行できるというもの。建物も部屋も、限りなく安っぽくてダサいのだけど、町村をうろうろしなくても済むのが、時間節約型の旅にはぴったりでした。
フランス語オンリーだったのですが、受付の青年は、フランス人とは思えないくらい明るくて愛想がよくて、コミュニケーション能力に優れており、片言のフランス語で十分意思の疎通が図れました。やはりやる気の問題なんだよね~。
その上併設レストランがあり、そこは町の人も食べにくるような、ちょっとこじゃれた感じのちゃんとした店で、適当なお値段で、きれいなお皿でした。ワインもしっかり飲んで、25ユーロ程度だったと思います。ホテルはツインのシングルユースで、56ユーロプラス朝ごはん7.5ユーロ。モーテルなので、駐車場は部屋の前にあります。

三日目の宿、Hotel du Midi – 4 Place Joeph Gardet, Cournon d'Auvergne
町の中心部にあり、目の前が公共の無料駐車場。普段は問題なく駐車できるのですが、私が泊まった金曜の翌日は、そこが早朝から青空市場の会場になるということで、ホテルが持っている駐車場に停めることになりました。すぐ近くなんだけど、ホテル前の道が複雑で、たった20メートルくらいの移動のために20分くらいかかった記憶が。本当にどうでもいいことばかり、よく覚えているもんです。
ここは、正真正銘の安宿です。建物も古くて、家具も古くて、とにかく最近見ることも少なくなった安宿のイメージそのまま。でも、清潔感はそれなりにあり、なんと言ってもオーナーのおばさんが、英語がうまいのが、救いでした。
ツインのシングルユースで、45ユーロプラス朝ごはん5.5ユーロ。この朝ごはんの値段が、いかにも安宿。勿論コンチネンタルですが、バゲットもクロワッサンもホカホカ、カフェオレはたっぷり、ジュースは、1リットルの箱入りのをドカンと置いてくれたので、良心的だと思います。
ちなみに、夕食は、おばさんお勧めのレストランに行きましたが、ここの接客が、もうフランスの典型的なコミュ能力欠如の女の子で、参りました。
レストランAu Relais des Saveurs – 28 Rue du Commerce, Cournon d'Auvergne




前菜、メイン、デザートの三皿(写真の、超フレンチらしい、本来の良さが全然なさげなガスパチョ、魚のリゾット、チョコレートケーキ)の定食で15.50ユーロとリーズナブルな価格ですが、あまりの感じの悪さに、さっさと食べて、さっさと退店。疲れていたし、ぐびぐび赤をやりたかったのに、ワインもグラスに一杯だけ。もうね、ワインをお代わりなんか、絶対したくなかったくらい、感じの悪い女の子でした。多分、たまたま、なんだと思いますけどね。

四日目の宿、Albert Elisabeth – 37 Avenue Albert Elisabeth, Clermont-Ferrand
クレルモン・フェランの、確か鉄道駅に近い道沿いにある、モダンな快適ホテル。
到着した直後に、駐車で大騒ぎして、宿の女の子にカギを押し付けて、教会の時間に間に合うように慌てて飛び出た話を、確か本編に記したと思います。
ここも、オーヴェルニュの中ではそれなりの観光地だと思われる規模の町の、駅前モダンホテルだというのに、フランス語オンリーの上、あまり打てば響くようなタイプのスタッフもいなくて、内装とかいいし、アクセスもいいんだから、もうちょっと頑張れば、もっと外国人受けするレベルのホテルだと思えたので、ドメスティックぶりがもったいないように感じました。
お部屋は、ツインのシングルユースで、49ユーロプラス朝ごはんと駐車場で17.5ユーロ。週末は、前の路上駐車が無料だったので、実は駐車場を借りる必要がなくて、失敗でしたが、ホテル代が安いので、許せるかと。お部屋は、若干狭かったけれど、モダンな内装で、清潔感にあふれていて、悪くなかったのです。49ユーロは、かなりお得なお値段だと思います。
夕食は、町をぶらぶらして探して、カテドラル近くのお店に入ってみました。クレルモン・フェランは、大きい町なので、お店もたくさんあります。
レストランL'Oustagou - 1 Rue du Terrail, Clermont-Ferrand
メニューは、25ユーロでしたが、それほど空腹ではなかったので、羊の一皿料理を頼み、グラスワインで、30ユーロ弱というところ。




店内は、上に伸びている構造で、階段を若いスタッフたちが登ったり下りたり、大忙しで、それでもにこにこキビキビと気持ちよく働いており、前夜のレストランの、陰気で感じの悪い女の子とは大違い。




狭い席だったけれど、気持ちよく味わって、ゆっくりと飲んで、満足の夕食ができました。

五日目の宿Le Pacifique – 52 Avenue de Paris, Riom
シングル65ユーロプラス朝ごはん9ユーロ。
ここも、モーテルと言ってよいホテルだと思います。リオンの町を出た道沿いにあり、車で来るのが前提という様子でした。




ここでは、久しぶりに英語OKだったので、気楽です。外観はダサいけれど、中はかなりモダンで美しく、機能的なホテルです。私にしては、高いな、というレベルだったのですが、十分納得の内装でした。
近所に徒歩で行けるレストランもある、と教えてくれたので、素直に徒歩で行きましたが、あんまり道が簡単なので、車で行けばよかったと後悔するようなロケーションの店でした。幹線道路沿いにあるので、徒歩だと帰って、道を渡るのが怖かったりしたのです。
レストランRouge Cocotte – Avenue de Paris, Riom
メニューが17ユーロとお得で、ワインも半分で4.5ユーロと安かったです。
久しぶりにグラスではなく、半リットルくらいでしたが、冷やした赤で、アルコール度はせいぜい10%くらいだったか、まったく酔わず。水で薄めてあったのかもな~、笑。
おかげで、危険な帰り道も、全然大丈夫で、しっかりと歩いて帰れました。

六日目の宿Hotel Chez Chaumat – Place Fransoir Peron, Cerilly




今回、ホテルの写真とかほとんど撮影していないのですが、ここだけは撮ってますね~。なぜかというと、あまりにびっくりしたので、記録しようと思ったのですよ。
村の入り口の道沿いにあり、非常にわかりやすい立地です。そして写真でわかるように、Logisホテルチェーンです。Logisホテルは、これまでも結構使っています。このホテルチェーンは、必ずレストランが併設されているので、車での移動には、大変便利なんです。そして、お値段も、宿泊代食事代とも非常に妥当なケースが多いと思っています。
このホテルも、勿論、そこをポイントとして、予約したわけです。
一泊58ユーロで、朝ごはん込、というのも、非常に良心的だと思います。
フランスは、ほとんどのホテルが、朝ごはん代を別に撮るのですが、それが、結構高くて、平均すると、8/9ユーロにはなるんじゃないでしょうか。今回泊まったCournon d'Auvergneの安宿の、5.5ユーロなんて、例外です。要は、ホテル代プラス10ユーロくらいとなってしまうんですよね。上記ホテルの値段を見てお安いと思われるかもしれないけれど、朝ごはん付けると、結構高くなります。たまに高いホテルに泊まるのはやぶさかではないのですが、毎日は困りますんで、それで、大体最後の最後まで、悩むことになるんですよ、ホテル探しは。
ここは、お値段的には、大変魅力的、場所もよかったんですが、疲れて到着すると、なんか、クローズ感、満載なんです。入り口に、紙が張り出されていて、本日不在のため、各人勝手にお部屋に入っていてください、というようなことが、書いてありました。もちろんフランス語だけで。そして、宿泊者の名前と部屋番号が。

指定された部屋に向かうと、ドアにカギが刺さっていました。愕然、ですよ。つまり、レストランも開いていないということじゃないですか!
これは困った、と思い、それで荷物を部屋に投げ入れて、慌てて、町に出たんです。正直、教会を目指して、ではなく、町中に、他に食事のできる場所があるかどうかの確認のためだったんです。これ、重要ですよねぇ。お昼は朝ごはんでぱちった、おやつ程度しか食べてないですからねぇ。
その過程で、教会に出会ったので、とりあえず見学して、そのちょっと先に、なんと、このオーベルジュ発見!




これは、食べられるんだろうか?と、恐る恐るのぞいて、今夜、夕食を取れるかどうか尋ねたところ、大丈夫ですよ、と、確か英語が返ってきました。一応予約して、ほっと安心。
夕食に出かけると、なんと、お洒落なレストランで、その上、お値段も優しい。メモってないですが、ワインも込みで、定食20/25ユーロ程度だったと思います。




Auberge Du Pont – 8 Rue Henri Barbusse, Cerilly
当然お宿なんですよね。オーベルジュって、イタリアで言うところのロカンダ。私が大好きなカテゴリーの宿です。こっち泊まりたかったよ、どうせなら。
ちなみに、私は19時過ぎに一番乗りしましたが、その後、結構お客さんが入ってきたので、あら、人気店?と思っていました。




すっかり満足してホテルに戻り、早寝して、翌朝。朝食を取りに食堂に行くと、前夜、このレストランで見かけたメンツが勢ぞろいでした。みんな、ここの客~、笑!
あのレストラン、なんで今夜はこんな混むのか、と驚いたか、またはよくあることだからお約束みたいなことだったのか。もしかして、経営者同じだったりして?謎ですね~。
ところで、朝食の席で、ホテルの人たちとは初顔合わせだったわけですが、昨日はごめんね、とか、そういう対応は、ゼロでした。何事もなかったかのように、当たり前の朝でした。他の客は、出張者風とかばかりだったので、もしかして、これは、毎度のことなのか、と思わざるを得なかったです。変なロジ・ホテル。

と、まぁ、こういう感じです。
この後、最後の3日間は、アリエ県在の、ロマネスク仲間のご自宅にお世話になりました。




それはもう、どんなホテルもかなわない素敵なご自宅。上が、あこがれのお庭です。
その上、毎晩友達の手料理で大ご馳走でした。




畑で、日本の野菜を作っていらっしゃるので、日本のカボチャやきゅうり、枝豆、シソ、そしてみょうがなど、日本でも食べられないくらいにおいしいお野菜満載。




特にみょうがは、大好物ですが、冬に一時帰国することがほとんどなので、食する機会がないだけに、嬉しかったです~!




このお料理目当て、ということでもないのですが、昨年の夏にも、また泊まらせていただき、またもや素晴らしいお料理の数々をいただいてしまいました。もはや、私のフランスの別荘、という位置づけです。それも、料理人付き!なんというぜいたく!
ロマネスク仲間、万歳!

ということで、次回からは、また地味に、修行をたどってみたいと思います、笑。

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週刊新潮の表紙的少女とばったり(セリリー)

2016.08.オーヴェルニュの旅 その67

ブルボン・ラルシャンボーで、すっかり満足して、長い一日の終わり、宿泊地に向かいます。またまた西方向に30分弱のドライブ。なんだか狭い地域をぐるぐる回っている感じですけれど…。




この日は、セリリーという小さな村に泊まることとなっていました。
疲れ果ててたどり着いたホテルで、ちょっとごちゃごちゃとあったのですが、ホテルについては、別途まとめたいと思っています。
というのも、フランスでもスペインでも、またイタリアでも、田舎地帯って、ホテル探し、結構大変なので、情報としてそれなりに意味があるかと思っているのです。

さて、この村は、宿泊しなければ、おそらくわざわざ訪問することはなかったと思うのですが、一応教会があるのでした。
というわけで、疲れた身体にムチ打って、荷物を部屋に放り込んでから、取り急ぎ、教会を目指します。




セリリーCerillyのサン・マルタン教会Eglise Saint-Martin。
真昼間のような明るい青空ですが、これでも17時半を回った時間です。比較的早くに、宿泊地にやってきた方ですけどね。なんせこの日は、ピュイ・ド・ドーム県のリオンで、7時前に起きて、8時半には出発、アリエ県に直行して、ドメラ、ウリエル、サン・デジレ、およびその郊外の礼拝堂、そして、イグランド、アゴンジュ、サン・ムヌー、ブルボン・ラルシャンボーと、なんと7カ所プラス1、回ってきていますから、結構身も心も酷使してきています。
だから、身体的な本音から言うと、夕食前には、のんびりとビールでもやりながら、カフェに座っているか、またはベッドでウトウトしていたい、くらいな気持ちもあったのですが、修行旅には、そういう余裕はないんですよねぇ。病気が恨めしいっていうところです。
ロマネスクにはまるまでの私の旅のパターンは、どんな土地についても、観光地は差し置いて、まずカフェでビール、が定番だったんですけどねぇ。

おっと、話を戻します。
教会、上の写真を見てもわかるように、かなり寂しい改装がされちゃっている様子で、もともと期待していないものの、見るからにがっかりしてしまいます。




この扉周りのように、古い時代の名残が散見されるだけに、なんでこういう改築とかをしちゃうのかな、と憤りにも似た気持ちを感じてしまいます。
建物を永らえさせるためもあったのかもしれませんが、手あたり次第、行き当たりばったり、という印象が強いです。




入場します。




残念ながら、構造的には、ほとんど後代のものと見受けられます。が、驚くべきことに、わずかながら、ロマネスク時代のものたちが生息していたんです!

奥まった後陣部分は、オリジナルのスケールで残されているようでした。




ごちゃごちゃと彩色があって、わかりにくいのですが、往時を髣髴とさせる柱頭があるんですよ。




いきなり、ミクロにかわいいものがあって、びっくりでした。
見回すと、そういう世界なんです。




色が邪魔くさいような気もしますけれど、でも、この色合いは、オウケイ。わたし的には十分受け入れられます。かわいいんですもん。
彫りとしては、限りなくシンプルで素朴で、稚拙ともいえるかもしれませんが、何ともほっこりとした愛らしいものばかり。




なんか、独特の世界観を感じる柱頭たちです。




言ってみたら、谷内六郎さん的な?笑。




この少女は、何とも言えないかわいさですよね。でも色がついてなかったら、なんだかよくわからないあいまいな彫りかもね。表情なんかは、ほとんど色を付けた人が描いちゃっている状態ですもんね。




見るからに超浅彫りで、彩色が前提だろうというようにも考えられますね。そういう発想、なかったけど、そういうこともあるのかもしれないですね。彩色で、石工の腕がなくても、ごまかせる。そういうことか~(勝手な説です、笑)。

ホテルの問題があったこともあるのでしょうが、それにしても、地味なのに、よく記憶に残っている教会です。記憶の残り方に、何の法則性があるのか、よくわかりませんが、ここに関しては、思わぬ可愛さ、外と中のギャップですかね。




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薄闇の中で奏でられる古楽器たち(ブルボン・ラルシャンボーその2)

2016.08.オーヴェルニュの旅 その66

大好きなブルボン・ラルシャンボーBourbon-l'Archambautのサン・ジョルジュ教会Eglise Saint-Giorges、続きです。




前回、ちょっと毒々しい彩色が施されている周歩廊部分まで、たどり着きました。
ここの柱頭は、何とも言えない緑が塗りたくられていて、引けちゃうんですよねぇ。




これなんか、副柱頭も含めて、石色だったら、単純にいいわぁ、と思うタイプだと思うんですが、この緑は、どうにもダメです。
ただ、以前にも書いたように、このように薄暗い中では、石色だと、モチーフもよくわからなかったりするんで、確かに彩色があった方が、識別は可能なんですけれどもね。




せめて、このくらいの色合いだったら、受け入れやすいんですけれど。
とはいえ、緑を吐きまくっている角っこの人、目の下にクマがあったりして、若干怖いですね、笑。
とかなんとか不届きなことを色々と思いながら、周歩廊を一周します。




恐れ多くも、十字架にかかったキリストの後ろ姿を拝みつつ、毒々しいのは、緑だけじゃないぞ!と自己主張する毒々しい青にも戸惑いながら。




これって、かなりピカピカですから、数年に一度、塗りなおしをするんだと思いますが、現代では、どういった顔料を使うのでしょうね。まさかペンキってことはないでしょうけれど、当時と同じようなものということもないだろうし。

左身廊を、内陣からファサード方向に向けて、見学します。ほっとする祝福天使たち。




そして、一般的な真打登場。昨日のうさ耳真打は、あくまで私にとっての真打で、一般的に、ここで最も有名な柱頭です。




これ、楽しいんです。みんなが一所懸命楽器を演奏してるんです。




ね、真剣そのもの。
おそらく、今では、古楽器と呼ばれる楽器を使っているのでしょうから、そういう興味も湧くテーマですね。そして、うっすらと彩色が認められますが、あせているのか、もともとパステル的な押さえたカラーなのか、雰囲気あるんです。




左端の人は、リラのような楽器を右手で抱えつつ、ほら貝を吹いているという離れ業!現代のオーケストラで、ティンパニかと思ったらトライアングルまで使いこなす、打楽器担当の人みたいで、楽しいですよね。
副柱頭の、変形一抹のようなモチーフ帯もお気に入りです。

それにしても、ここは北側に当たるせいで、訪ねた夕方でも、本当に暗いのです。
他に人がいないのを幸い、禁断のフラッシュ撮影もしたのですが、フラッシュだと、本当に変な写真になっちゃって、全然ダメ。ちょうど光の入り具合がよかったのか、一枚だけ奇跡的に、明るめに映ったのが、これです。




これだと、パステルカラー的な彩色が、ちょっとわかります。
実際は、最初の写真の暗さです。
この日は、この近所に宿泊したため、朝一番で、実はもう一度訪ねたのですが、かえってダメでした。




この村の楽団の並びは、やはりパステルカラーがかわいい柱頭がたくさん。




左側の人は、教皇杖を持っているので、聖職者。右側には、普通の人っぽい二人が、おどおどした感じで彫られています。




真ん中の偉そうな人は、教会の発注者だったりするのかしらん。それにしても、聖職者以外は、腕が彫られていないのが気になります。意味があるような気もしますが…。

これも、デザイン的で面白いと思います。




最近、寒いせいか、普段はどっちかというと敬遠している、バターたっぷりのクッキーが食べたくなって、買いこんじゃってるんですが、そういうものを髣髴とさせるビスケット状。かわいい。




翌朝訪ねた時、側廊は真っ暗でしたが、東に向かった後陣は、光にあふれていました。




素朴系柱頭好きな人には、是非訪ねてもらいたい教会です。できれば、せめて南側から光が入る、午後がベターと思います。

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