2017.08.ミディピレネー及びオーベルニュはカンタルの旅、その25
エスタブルから、次の目的地に向かう途上、ある村に入ったな、と思ったとたん、目の前に、ドン!と後陣で、軒持ち送りが見えたので、これは、と思って、とっさに停車しました。
あれはどこだったんだろう、と今、グーグルで調べたところ、本当に、こういう様子でした。この教会の左側を、ちょっと回り込むようになっているので、後陣側からくると、まさに目の前に、というロケーションなんです。

サン・サトゥルナン・ド・レンヌSaint-Saturnin-de-Lenneの村の教会です。
教会前が、広場のようになっているので、とっさにそこに停車したんですが、あとから駐車禁止に気付いて、しばらくの間、罰金が来るかも、とくよくよしていました、笑。

イタリアは、今ではこの規模の村でも、あちこちにカメラが置かれていて、律儀に罰金が来るんですが、フランスでは、まだそこまで行ってないのですよね、幸いにも。というわけで、これまでフランスはずいぶんと走っていますが、今のところ罰金は食らっておりません(イタリアでは、車に乗り出して、最初の15年ほどは無傷でしたが、その後5年ほどは、定期的に食らってます。すべてカメラのなせる業です、笑)。
話を戻します。
この教会、事前のチェックは一切入っておりませんでした。
でも、なかなか楽しいんです。

傷みはありますけれど、ちょっとひかれる柱頭です。

物語性のありそうな彫り物もあります。
そして、軒持ち送りが、多種。

この辺りは、密集地ですから、石工さんも行ったり来たりしていたはずで、村ごとに教会があったのでしょうし、もしかしたら、このような教会は、まだまだあるのかと思います。もちろん、中世時代の名残がなくなっている場所もあるのでしょうけれど。

わたしも、結構先を急ぐ身であったので、これほど道に対して自己主張している後陣でなければ、立ち止まることはなかったはずです。
知らない場所に巡り合うと、なんかちょっと得した気持ちにもなるし、うれしいものです。病気だからね、笑。

ぬいぐるみ感満載の体つきのこの子なんか、ちょっといいよねぇ。ぷすっとしたら綿が出てきそうな様子なのに、顔は獰猛で、そんで姿勢はアトラス?ぶぶっ。大きく出たね。

この子も、なかなかいいですよ~。背中に背負っているのは翼なんだろうか。マントにしか見えないんですけれど。なんか、半端な正義の味方が、悪人退治に飛んで行きたいけど、いや、でも、俺弱いし、とためらっているようにも見えます。設定しすぎ、笑。

この人なんかは、ほとんど普通のおっちゃんにしか見えないんだけど、なんだか鼻の穴膨らましてるし、悪い人なんだろうか。
おなじみの感じのやつらも。

リーガンも真っ青の180度首ひねり。
しかし、パッと開いたお手手とあんよの形が、めっちゃ可愛い。あの裏にはぷにぷにの肉球があるのだろうか。顔、怖いけど…。

この人に至っては、もう何がなんだか、ですけれど、もしかして、局部だしのアクロバット状態?
それにしても、この怪しい笑顔、思わず笑っちゃいますよ。

この、左側の人、こういう衣服の人率、高いんですけど、これって、兵士かな?聖職者風ではないですけど。エスタブルにも、こういう衣服の人、いた。

十字軍的な人たちも。
創建はかなり古い教会のようですが、今ある建物のもとは、12世紀で、後陣部分は、13世紀始めと書いてあったようです。
中にも入れましたが、特筆すべきものはなし。
先を急いでいたし、駐車が気になっていたので、見学したのは10分足らずでした。

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- 2020/11/30(月) 01:52:38|
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2017.08.ミディピレネー及びオーベルニュはカンタルの旅、その24
エスタブルEstableのノートルダム教会Eglise Notre-Dame、続きです。

教会のカギを探す冒険に出発です。どうやって探したらいいものか、見当もつきませんが、迷いながら歩いてきた道沿いのお家のベランダに、人がいたのを思い出しました。
上の写真は、教会の前から撮影したものですが、おそらく、その高いところに見えるお家のあたりを目指していったと思います。とにかく、人に尋ねるしか方法はないわけですが、最初に道路わきで工事している人以外は、誰一人道を歩いている人を見かけることがなかったのです。
そちら方向に進むと、思っていたよりはずいぶん手前にある家のベランダで、洗濯物を干している女性が目に付きました。フランス語もろくにできないので、ためらいはあるものの、勇気を振り絞って、声を掛けました。イタリアに暮らしているおかげで、日本人のくせに、大声を出すことには、ためらいがありません。
Clesという単語は、思いっきりLが入りますので、日本人には楽な発音ではありませんが、何とか通じたようで、「鍵なら、それ、そっち側のあの家の人が持っているわよ、その通り沿いに小さな扉があるから、勝手に入って、頼めばいいわよ」というようなことをフランス語で言ってくれて、我ながらよくわかったな、と感心するんですが、言われたように行ってみたものの、人の家の裏口のような扉で、庭に侵入するようなことになってしまうので、本当に私の理解は正しかったのか、と立ち止まってしまいました。

そうしたら、5,6歳の女の子が、はだしで走ってきて、扉を開けてくれたんです。どうやら、先ほどの女性のお子さんで、お母さんに言われて、一目散にかけてきて、ほとんどわき目も降らずに、一目散に引き上げていきました。天使~💛
では、本当に理解していたんだな、と納得して、庭に侵入。

侵入者のために、昼寝を中断して去っていく猫などにちょっかいを出しつつ、庭に面した大きな窓が開いていたので、声を掛けました。
中にはおじさんがいて、奥にいるらしいもう一人のおじさんに声をかけてくれたところ、今一緒に行くよ、とありがたい申し出。
ご迷惑をおかけしては、と一応恐縮したのですが(本心は願ったりかなったりで小躍り状態、笑)、まったく問題ないということで、一緒に教会まで戻ります。
教会に入って、もしかしてすごくラッキーだったのでは、と思いました。
外扉を入っても、この教会、さらに鉄柵があったんです。

教会の扉が開いてたとしても、おそらく、この扉は、ミサなどの時以外は、閉めているということだったんです。訪ねた時、もし外扉が開いていて、この鉄柵で阻まれたとしても、おそらくそれなりの満足感は得られるし、鉄柵まで開けてもらおうとは思わなかった確率が高いので、鍵番さんにたどり着けたのは、教会ごと閉まっていたおかげなんです。
鉄柵を占めているのは、例えば、こういうものがあるからのようです。

うん、大切だよね、こういうもの。でも私の興味は、もっとずっと地味なやつらです。

いかにもお宝満載、という雰囲気ですよね。
興奮が走り、すでに落ち着きを失っています。お分かりですね。手振れひどくて、写真はほとんどダメです…。
人が一緒だと、一応コミュニケーションも取ったりしないといけないし、この時のように、わざわざ来ていただいたという状況では、お礼の意味も込めて、必要以上に、素晴らしい、美しいを連発するようにしちゃいますので、そういう部分から、身体的にも、撮影に集中する難しさがあります。だって、ずっとお尻向けて話しているわけにも行きませんもんねぇ。
軒持ち送りの写真に比べると、内部の写真の数、めちゃくちゃ少ないんで、がっかりしています。

これは、すっごく成功したやつ。戦う大天使ミカちゃんですよね。寸詰まり感がチャーミングです。

それにしても、ミカちゃんたら、蛇の口に、ドカンとつき棒みたいの突っ込んじゃって、すごい戦う天使感満載。寸詰まりだけど。
手前には、なんだか妙に間抜けな様子の鳥さん。
そして、鉄柵の向こうからは、絶対に見ることができなかった祭壇側には、子羊がいました。

十字架を背負った神の子羊ですが、遊びなくまじめに彫っていますね。他との落差を感じます。

両側からガジガジされちゃってるダニエルさんだと思いますが、ぶれています、シュン。

騎士がいて、物語風なやつ。

これまた、相当不思議な様子の柱頭。物語とかあるんでしょうけれど、まったく不明です。それにしてもぶれていて残念。
いずれにしても、やはりカギを求めて大正解だったと思います。
後陣から、入り口の方を見ると、こういう感じで、後付の構造がよくわかります。

この、左手が、教会の南側となるため、その先は後付ということです。オリジナルの教会は、実に小さなスペースしかなかったのですね。
扉が南側の横に開いているので、おそらく突き当り部分も、後代の付け足しと思われます。
あまり長居しては、おじさんも帰れないので、早々に切り上げました。やはり鉄柵はきちんと閉めておられました。教会の扉は開けたままでしたけれど。
挨拶をして車に向かいながら、どこかでトイレをお借りしないと、と考えていたら、駐車した場所からすぐに、道沿いにカフェがあったんです。これ幸いと入ったところ、見たことのある青い目をした白猫が、カウンターにどっかりと座っていました。
一瞬、いつどこでお知り合いに?と混乱したんですが、何のことはなく、先ほどカギを借りるために侵入した裏庭にいたにゃんこで、つまりここは、村唯一のカフェだったんです。
田舎って、なんだかおもしろいですね。
カフェで働いていたのは、おばさんは、流ちょうな英語を話すので、ちょっとびっくりしました。最近のフランスでは英語力が上がっていますが、必ずしも若い子というわけではなく、年配の人の方が、ためらいがなかったりするんですかね、英語率、それなりに高かったりして、驚かされます。
いつも同様、話それまくりとなりました。
ついでに、こんな写真で締めくくり。にゃんこの多い村でした。

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- 2020/11/29(日) 02:03:19|
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2017.08.ミディピレネー及びオーベルニュはカンタルの旅、その23
前夜、へとへとでたどり着いたボズールBozoulsという町のホテルで、できればゆっくりと朝を過ごしたいところですが、修行旅ではそういうことは許されず、普段の生活と同じように、7時には起床です。
普段の生活では、前夜どんなに早く寝ても、起床が辛いタイプですが、旅先では、たとえ修行が入っているとしても、やはり好きでやっていることだけに、身体がきつくても、メンタルはルンルンしているので、普段の生活より密度が濃いし、体力的には相当厳しい毎日でも、基本元気に過ごせるようです。
しかしこの朝は、まさに「普段の生活」を再現するかのような事態で、目を疑いました。

窓を開けたら、なんと真っ白…。
冬のミラノでは、窓を開けたら真っ白、というのはよくあることで、このところ、そういう日も増えてきていますが、まさか、8月のど真ん中、真夏のフランスで霧に遭遇するとは…。
霧が出る日は、その後はほとんど晴天になることを、経験上知っていますが、同時に、霧の中のドライブの怖さも知っています。そして、いつ晴れてくれるかは、神のみぞ知る…。
仕方ないので、これならもう少し寝坊した方がよかったなぁ、と思いながら、ゆっくりと朝食を取り、ゆっくりと地図を眺めました。
この日の予定は、Lot川に沿って、点々と並ぶ教会の見学です。結構時間との闘いになるかも、という気がしていました。

そのため、教会の開く前の早朝を活用して、最遠のエスタブルへ移動し、各村各教会に立ち寄りながら、ボズールに戻ってくるという計画です。
幸い、9時前には出発可能となりましたので、意気揚々、出発進行です。
道は、快適に整備はされていますが、山間という雰囲気で、ドキドキしながら走ります。ほぼ一本道で、間違いようはないと思いますが、どこから村でどこで村が終わるのかわからないような道を延々と進み、不安になってきたころ、Estableという表示がありました。
とりあえず、停車可能な路肩に駐車して、建物工事のお兄ちゃんに尋ねたところ、すぐそこだと分かったので、車は放置して、徒歩で、目的の教会に向かいました。約5分。村は、街道の、進行方向右側の斜面に張り付くようなロケーションで、その真っただ中に教会があるようです。

こんな小さな村なのに、生来の方向音痴で勘が働かず、しないでもいい遠回りをして、やっと教会の塔を見つけました。

エスタブルEstableのノートルダム教会Eglise Notre-Dameです。
高台になった村の墓地教会のようです。
余談ですが、この教会の説明版が、プラスティックのような素材で立っていたんですが、そこに、撮影する自分の姿が、結構くっきりと写っていて、変な話ですが、懐かしい気持ちになりました。
この当時は、まだコンタクトレンズだったんだ、とか、この夏に盗まれたカメラを、もうこの時には使っていたんだ、とか、右手に腱鞘炎対策のサポーターがついてるな、とか、そういうどうでもいいことですが、一人で歩いていると、自分の写真を撮影することはまずないので、よい記録になったものです。
その説明によれば、ロマネスク時代は一身廊で、その後ゴシック時代に、南側に礼拝堂が付け足されたとか、特にロマネスクに関する記述はなし。
遠目にも、軒持ち送りがすごいことになっている様子なので、わくわくしながら近づきます。

二段にわたって、びっしりです。
でも、上の説明によれば、張り出している部分は、ロマネスク時代以降のものということになるのかしら。現場では、そんな説明読んじゃいませんから、自分なりに面白いやつを撮影しまくっています。
でも、純粋に面白いのは、やはり上の段のやつらだったかもしれません。

これは、もう可愛すぎて、泣きそうになっちゃうやつ、笑。

これは踏ん張り感が愛らしいです。誰かに似てるなぁ、と思ったら、トイ・ストーリーのバズ!気付いてしまったら、もうそれ以外には見えないくらい似ていませんか?

体育すわり系で、変な緊張感のある子。運動会の徒競走の順番を待つ様子に、見えないこともない。このたとえ、日本人にしか分からないな~。あ、今どきの若者にはわからなかったりするのかなぁ。
右側の蛇も、すっごくかわいいですよね。ラブリーって形容がぴったりの蛇。これなら爬虫類苦手のあなたにも、受け入れられそうです、笑。

これがまた~!
もみ手で金の話をしている、小役人とか、政治家の秘書とか、やばい金融業者とか、そういううさん臭い人にしか見えません~!にやり笑いと首すくめ、腰落とし、なんというか、もうすごいわ~。
教会的本望からいっても、多分欲への戒めとかじゃないかと想像するのですが、だとすると、千年前も今も、こういうイメージってこういうイメージなんだ、と、それこそにやりとしちゃいますね。

一方でこちらは、現代アートとして完成しています、笑。
迷いのない彫り、フォルム、これは、現代の作家の作品としても、完璧に通用しますね。シンプルなのに表情がある、というのが魅力です。

これも同じ並びにありますが、
上に並べたやつらとは、手が違いそうです。若干線に迷いがあるというか、やりすぎ感があり、ディテールにこだわった人って様子がします。

体育座りでも全然かわいくなかったり、びっくりするくらいに不細工なフクロウがいたり。この辺はちょっとテンション低め。
何人の石工さんがかかわっていたのかなぁ。どうやってモチーフを決めて、どうやって並び方を決めたのかなぁ。こういうの見ると、どうしてもその辺が知りたくなりますが、そういうことを教えてくれる研究は、今のところ見たことがありません。
それにしても、楽しい彫り物の数々に、すっかり興奮してしまいました。
実は教会は、閉まっていたし、どこにも鍵のことは書いてなかったんですが、軒持ち送りがこれほどすごいなら、中もすごいんじゃないか、と思ったら、いてもたってもいられなくなり、鍵を探すことを決心しました。

しかし、どうやって?
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- 2020/11/28(土) 20:33:13|
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2017.08.ミディピレネー及びオーベルニュはカンタルの旅、その22
この日は、あまり広い範囲ではないのですが、同じ場所を行ったり来たりという感じで、やったら走り回っていて、この時、そろそろ一日の終わりが見えてきたにも関わらず、長い道のり、それも、なんだか行っても行ってもたどり着かない、みたいなイメージで、泣きそうになりながら走っていた記憶があります。

それもそのはず、というか、改めてグーグルで確認すると、こんな山の中の道を走っていたのですねぇ。一番の近道ではなく、当時持参した紙の地図を見ると、56分かかる国道的な道を行ったようですが、なんだか延々と谷底を走る感じだったと記憶しています。
ガラスの反射があったりして、写りが悪いのですが、現地にあった航空写真です。左側を上下に走っているのが、延々と走ってきた街道で、右に入った一本の田舎道の先が、目的の教会です。

モストゥエジュールMostuejoulsのノートルダム・デシャン教会Eglise Notre-Dame des Champsです。
事前に調べたのは、サン・ピエール教会だったので、教会前の説明版を見て、首をひねったのですが、モストゥエジュールの村に直結する教会は、どう見てもここしかなさそうだし、これなんだろうと思うしかありませんでした。
ちなみに、村は、道の反対側の斜面にあります。

ここ、墓地教会ですが、墓地のエリアから、遠く村が見えました。
ちょっと教会っぽい尖塔なども見えたので、もしかしてあれ?と思わないでもなかったですが、事前に調べたとき、道を隔てた反対側、ということはわかっていたので、やはりここだろうと納得しつつ。
しかし、人里離れた墓地教会という地味さにも関わらず、なんか、人が出入りしています。

入って納得。現代美術の展覧会中でした!

現代美術は大好きで、こういう古い入れ物での展示会も、決して嫌いではないのですが、教会を目的にはるばる訪ねた場合は、その限りでは…。
まぁ、変な電飾があるとか、その手の陳腐な作品じゃなかったし、展示のために、明りがいい感じにつけられていたのは、ちょっとだけラッキーだったと思います、笑。
いずれにしても、外も中も、ずいぶんと変容してしまっていることは、すぐわかりますね。
小さな教会ですが、こんな感じです。

赤い部分(壁の一部)が11世紀、オレンジ(色がわかりにくいですが、おそらく四本の円柱のみ)が12世紀で、それ以外は、15世紀以降の構造となります。
11世紀の構造物である後陣、ここでも円形じゃないのですね。そういうスタイルの地域だったんですね、きっと。
外からだと、こういう様子です。

脇の構造物は後付で、かなり邪魔ですし、おそらく開口部があっただろうから、勿体ない付け足しですが、円形ではなく、多角形ですね。
上部の鐘楼も、きっとこんなに横幅広げたのは、後付だと思います。
中では、12世紀のものらしい円柱が、いい味でした。

ブルゴーニュのトゥールニュとか、イタリアのガルダ湖畔のバルドリーノとか、ただ積んである感じの無装飾な円柱って、結構ツボなんです。ここはちょっと背が高いけれど、でも、上の方はオリジナルじゃないし、全体がオリジナルの構造物で残っていたら、かなり好きな教会だったのではないか、と想像できます。
上の写真で、左の方に見えているの、気付きますか?

ここも、ほっそりペア円柱です。好きだよねぇ、この仲良し二本組。
並べられたら、私は明らかにどっしり一本派、ということがよく分かりました、笑。
古そうな洗礼槽が片隅にあったりしましたが、装飾性は、ほとんどない、いわゆるシトー派系となるのでしょうかね。修道院があってもしっくりするロケーションですが、修道院という記述は、説明版にはなかったと思います。

人がいたので、この辺に、他にロマネスク教会があるか、一応尋ねてみました。最後まで疑惑を持っていたんですね、私。そしたら、お隣の村にあるわよ、ほら、あっちの方に見えるのがそうよ、と言われたと思うんですが(フランス語だったので、半分も分かってない)、実はここから、この日の宿までは、1時間以上の道のりだったので、もはや時間切れもいいところ。この時点で、18時は過ぎていたはず。

苦労してきた割には、得るものは少なかったんですが、それでも中に入れたし、田舎の素敵なたたずまいは、悪くなかったかな。

しかし、時々、なぜここを目的に選んだか、分からない時があります。フランスの場合は、大体いくつかのサイトを参照して、複数で取り上げられている場所を目安に選んでいると思うんですが、ここは、どういう経緯で選んだのか。場所が結構行きにくいし、周囲にどうしても行きたい場所があったわけでもないので、すごく疑問。まぁ、四年近くたって、疑問といっても仕方ないわけですが、笑。

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- 2020/11/25(水) 05:56:15|
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2017.08.ミディピレネー及びオーベルニュはカンタルの旅、その21
次はここ、と思っている場所があったのですが、かなり時間が押していたので、すっ飛ばしていくつもりで、ナンを出発しました。
ふふ、仕事でもないのに、時間が押しているとか、笑っちゃいますよね。でも、時として、食べていくための仕事以上に緊張感があったりします。
スケジュール調整から地図のチェック、プランBへの変更とか、事前の旅程造りに加えて、現場での即座の判断を求められることも多くて、これやってると、なかなか頭にはいいんじゃないか、と思ったりします。
昔は、旅といえば人任せ(電車やバスでの移動)で、スケジュールなんかにも縛られず、目的地に着けば、観光地そっちのけで、まずはビールだ!なんて、ある意味とっても楽しいだけだったのに、ロマネスクやりだしてからは、義務感や時間に縛られて、常に焦燥感いっぱいで、まさに修行状態…。
でも、それが辛いかというと、結果的には多幸感に包まれることも多いわけで、達成感とか充実感、何だろう、苦行の世界ですかね。悟りは得られないけれど、自分を無理やり追い込む、みたいな。やはり、病気だと思います、笑。
さて、すっ飛ばし覚悟で出発したわけですが、結果的には、すっ飛ばしようがありませんでした。

ナンを出てすぐ、道沿いにあるんですもん。無視できませんわね。

レ・キュンLes Cunsのノートルダム教会Eglise Notre-Dameです。
こんなド田舎の小さな教会で、ノートルダム(聖母)とは、大きく出たもんですが、なんか、逆に村人の大きな思いを感じたりもしますね。
様子としては、私有地みたいでした。多分、農業かなんかやっている人の駐車場にある感じ。普通の車に加えて、重機なんかもあったし。

それでも、ありがたいことに、柵もないし、本堂の扉は全開でしたので、ちょっとお邪魔しました。

すごく地味な感じ。様式はそれなりにあったようですが、装飾的にはミニマムですね。
内部は、もうほとんど廃墟。きれいに保存された廃墟ですね。

物置小屋とか納屋とかに使われていたものと想像します。文化財保護の動きで、発掘されちゃって、それで、そういう風には使えなくなったか、私有地ではあるけれど、県や州の管轄になったか。
たまたま買った土地に、歴史的建造物があった、というのは、こちらではよくあることですが、所有者によって、その取扱いは全く変わりますね。
イタリアでも個人所有の教会は時々ありますが、近所に住む所有者がカギを持っていて、見せてくれる場所もあれば、きちんと保存はしていても、特別のイベントの時以外は、まったくアクセスできない場所もあります。
ここは、個人保有ではなさそうでしたが、この様子では、教会としての機能はしていないようですし、文化財的な保護を受けているだけなのかな。
構造的には、雰囲気もありますし、ナンの村からは、車で5分の距離ですから、石工さんも来ることのできた距離のはず。

かすかに残った浮彫からは、かつてはきちんと機能していて、それなりの愛情をかけて作られた教会であっただろうことがしのばれます。

ナンではなかった動物モチーフも。

そういうモチーフの選び方も、不思議なんですよねぇ。
一身廊で、ほとんど礼拝堂規模ですけれど、内部の壁に、アーチなど施して、精いっぱいの装飾性を出しています。けなげな…。

右側に道路が見えていますけれど、本当にすぐ脇なんです。

とすると、これは巡礼者用の礼拝堂的な役割を持つ教会で、ナンの修道院起源の教会とは、系統が違うということになるのかな。あんなライオンモチーフ、巡礼者だったら、誰でもどこかで見ていますもんね。
この道も、起原は古そうですから、ありそうです。
こんな小さな教会でも、やっぱり見れば見るだけ、考えることができるから、面白いです。時間なかったけど、立ち止まってよかった~。
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- 2020/11/22(日) 21:12:23|
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2017.08.ミディピレネー及びオーベルニュはカンタルの旅、その20

ナンNantのサン・ピエール修道院教会Eglise Abbatiale Saint-Pierre、続きです。中に入ります。

トンネルヴォルトの天井が高いです。
外側よりは、往時の雰囲気がありますが、ふーん、という感じかな。柱が二本組なのは、この辺りに多いように思います。

ね、どこもかしこも、二本組。ほっそりして、繊細な様子ですが、ちょっと今どきのお家のダクトのような雰囲気もあって、どうなんだろう?
二人仲良く、同じモチーフの二本組もあれば。

いやいや、二人仲良しでも、個性は大事!というペアもあり、笑。

そこまで個性の押し付け合いはしないけど、でもみんな違ってみんないい、みすず、的なペアも…。

張られていた説明によれば、この場所には、10世紀にベネディクト派の修道院があったもののようです。今ある教会は、12世紀にたてられたものがもとになっているようです。
柱頭の植物モチーフには、オリエント(イスラム)の影響ありで、コンクなども含め、この地では広く普及したというように理解したのですが、どうかな。
三つ後陣で、その部分は、11世紀及び12世紀の建築。外側が四角いのも、やはりちゃんと創建時のものなんですね。

主身廊のサイズ感からは、後陣は、ちょっと小さいように感じますが、そのせいでよい味になっている気もします。

この部分には、保存状態もよく、ちょっとかわいい感じのモチーフの柱頭がたくさんあります。フリーズとかもあって、見ていると、意外に引き込まれる感じ。全体的には、ふーん、程度なんですが、あちこちに色々なものがあって、面白いんだけど、とりとめがないっていうか、どう評価してよいのかわからない教会でした、私の中では。
評価っていうか、好きかそうじゃないかっていうレベルの話ですけども。

現場では、大きな感動もなくて、わざわざ目指してくる場所じゃないな、という感想でしたが、こうやって写真を見返していると、四角い後陣も気になってくるし、増改築の繰り返しで、不思議な構造になっている内部の様子も、もっと見たい気になってくるし、小さな彫り物系も、見直したいような。
写真のマジックみたいなものってありますね。



ずらずらと並べてみましたが、ね、ちょっとそそられますでしょう。わたし、そそられてます、笑。

もしかなうことならば、再訪したい土地ではあるし、ここにもまた行けるかもしれません。
行ったら、ふーん、で終わるのかもしれないし、どうでしょうね。

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- 2020/11/22(日) 20:46:24|
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2017.08.ミディピレネー及びオーベルニュはカンタルの旅、その19
何度も繰り返すようですが、この時の旅は、走れば走るだけ、印象的なことが起こり、それが記憶のよすがになっているようなんです。土地のバラエティーが豊かなのかな。
事前に地図は調べても、グーグルでもナビでも、平面的な土地の様子はわかっても、高低差ってわからないじゃないですか。今はもちろんグーグルのストリートビューで、映像も見ることができますけれど、でも、全行程につて、事前に詳細を調べるなんてできないから、そこまでの情報はなかなか持てないです。本格的に山間地域だと思えば、坂道が怖いので、ある程度は見ますが、この時回ったあたりって、そこまで山間臭はないのに、気付くと結構な高低差に巻き込まれていたりする、そういう土地なんです。
そんなわけで、次の目的地に向かうときも、また、これはいったい…、という体験をしました、笑。
前回の石の町、カルテルノー・ペゲイロルから、こんな感じです。

ちょっとした山道を、交通量が少ないので快適に飛ばしていくと、ある時点で、いきなり高速的な料金所に遭遇するんです。
この田舎道で、なぜいきなり高速に?
狐につままれたような気持ちですが、避けようもないので、仕方なく料金を払って通過したのですが、それがいきなり10ユーロとかだったと記憶しています。10ユーロって、こちらでは結構な距離の通行料に値する、決して安くはない金額なので、ぎょっとしました。すっごく損した!と正直イラっとしたんです。
そしたら、こんなものが。

これは、グーグルから画像をお借りしていますけれど、分かるでしょうか。なんだか巨大な橋が見えたんです。
走っていてもいい加減長いし、なんだかすごい建造物かも!ということはわかって、通行料もこの橋のためだけだということも一瞬にして理解できました。
でも、全容を見たのは、実は今初めて…。

すごい橋だったんですね。Pont Millauミヨー橋で検索すると、色々出てきます。
橋の途中に、ドライブイン見たいのもあって、結構多くの観光客がいました。おそらく、そこからだと、インスタ映えの写真が撮れたりするんじゃないでしょうか。古くはポン・デュ・ガール、こちらは超現代、フランス人は、橋が好きなのかな?と思ってしまいましたよ。
ポン・デュ・ガールを通った時も、あまりの観光客の数に、驚いた記憶があります。そりゃ、インパクトはそれなりにありますけれど、別に入場料を払ってまで…、と思ってしまったんですが、あれはあれで、ローマ遺跡を見過ぎている私だからそう思った部分があるのかな。
現代ものは、日本に結構すごいものがあるし、ほとんど訪れたことはないけど、別に~、という感じでした、笑。
でも、実際に離れたところから見たら、結構、「おおっ!」てなりそうな建造物ではあります。
ま、そんなわけで、この行程は、大変印象的かつお財布に痛い道でした、笑。
到着した村は、街道から入り込む感じの立地で、村の入り口に、大きくて立派な駐車場があるので、大変旅人フレンドリーです。迷いなく駐車して、徒歩で村に入りました。
5分も歩けば、村の中心部にたどり着き、先に教会が見えます。

ナンNantのサン・ピエール修道院教会Eglise Abbatiale Saint-Pierreです。
ここもまた、全体の建物構造としては、あまり見るべきものはないので、中に入れないと、かなり寂しいことになってしまいます。

ただ、後陣の方には、装飾的な彫り物がいくつか残っており、素朴さに結構やられます。
形は、不思議な感じで、おそらく増改築とかいろいろ相まって、こういう複雑というのか、様式もよくわからないものになってしまったんですかね。

脇の方は、きっと付け足された構造物ではと思いますが、真ん中の後陣、四角いんですよね。でも、彫り物とかのフリーズは古そうなので、もともとこういう形くさくて、不思議です。四角後陣。

ここを細かく見ていくとね、色々いらっしゃいます。

犬っぽい頭部。
気になるのは、上にあるフリーズの彫り物です。金太郎あめとかお干菓子系のものが並んでいます。

この手の素朴なやつ、すっごく好物なんですよ。かわいい…。

柱頭も、色々。時代が混じっているのかな、という印象ですが、いずれにしても、なかなか楽しいです。
この辺りは、きれいになっちゃっている他の部分より、ずっとずっと味があって、ぺんぺん草も含めて、良い感じです。

それにしても、おそうめんつないだようなモチーフは、ちょっと面白いですね。おそうめんと思う理由もわからないですが、なんかおそうめんっぽい笑。
これだけを、わざわざ見には行かないかと思いますが、いずれにしても地味な教会。
そして、ここ、村の本当に中心部にあって、周りはこんな様子なんですが。

教会を見る人とか誰一人いなくて、なんか真ん中にぽっかり無用な空間が開いているようなっていうんですかね、あってなきがごとし状態っていうんですかね、それも不思議な感じでした。
まぁ、地元の人たちは、ミサには行っても、普段は、本当に当たり前にそこにある建物、というだけのことでしょうから、そんなもんでしょうけど。
例によって、余計なことばかり書いて長くなってしまったので、内部は次回。
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- 2020/11/22(日) 00:21:45|
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2017.08.ミディピレネー及びオーベルニュはカンタルの旅、その18
モンジョーの村の小道を、また逆に戻って村を出ようというとき、行きに二度も道を確かめたおじさんが、また道端にいたので、バカの一つ覚えのフランス語で、C'est beau!Merci'!と声をかけて、去りました。馬鹿の一つ覚えでも、何かしら発言できるのは、助かりますよ。
そして、次に向かったのは、もう驚くような石の村でした。

カステルノー・ペゲイロルCastelnau Pegayrolsです。
上の写真は模型なんですが、石で作られていて、まさにこの村そのもの…。教会のわきに置かれていたものです。

その村の中心地に建つ、サン・ミシェル教会Eglise Saint-Michelです。
ちょっとした斜面に建っているんだけど、それを補完するように、緩やかな坂道と階段みたいな作りになっていて、それもすべて石で、本当に村全体の石の質感というか、これでもか状態というか、とにかく石にぐいぐい迫られる、石主張の村。きっと近在で石がどかどかとれちゃうとかそういうことなんだと思います。この色の石、絶対地元産。ちょっと暗い系の色なんで、村は重々しくどっしりしています。

それでも、中はやっぱり白いんです。フランスですよね。
パッと見、ほとんと無装飾っぽいんですけど、よく見ていくと、ところどころに、ちょっとしたものがあるんです。ここは宝さがし系ですね。


奥ゆかしい様子の浅浮彫が、さらりとあるんです。
単純な植物モチーフのフリーズなのに、よく見ると、両脇しっかりかわいいやつがもぐもぐだったりね、さりげない。

シナモンロール系も充実で、素朴浮彫フリーズ特集としては、なかなか全集感があります。地味だけどね、本当に、笑。
これだけを目的に行く、というのはないですが、でも、ちょっといいよねって思います。


それに、村のたたずまい同様、この教会の中も、石がぐいぐい来ます。

こういう写真って、おそらく、すっごく限定的な一部の人にしか訴えないと思うんだけど、床石好きには、ぐっとくるたたずまいじゃないでしょうか。私にはぐっと来ます。
この、内陣との境にある階段の、何とも稚拙な様子のカーブも、かなりぐっと、つかまれる感じです…。こういうのは、病気のなせる業ですね。

階段があるということは、そうです。クリプタありです。

おお、何ともプリミティブな石段!
これは、と石の急襲に備えましたが、クリプタは、とっても規則正しい切り石の積み石で、クリプタというよりも、氷室とかそういった用途の場所のようでした。

でも、現地で見た簡単な説明によれば、このクリプタはカロリング時代のもので、今ある教会の中で最も古い建設。何室かに分かれているし、礼拝所というよりは、墓所だったのかもしれません。今は、何も置かれていませんけれど、作りがなんとなく墓っぽいですよね。
外に出ます。
後陣の方は、すっかり後付風。

面白さはほとんどないですが、回り込むと、ヒミツの花園みたいな公園になっていて、ベンチなども置いてあったので、ホテルでぱちったスナックをいただいて、簡易ランチにしたんだったと思います。

そちら側に、司教館なのか、とにかく教会とくっついた建物があったり、古い部分が見え隠れしたりするので、必ず秘密の花園経由で、回ることをお勧めします。

地味な割に、たくさん写真をアップしてしまったのは、地味だけど、村のたたずまいも含めて、行く価値があるように思うからなんです。でも地味であればあるほど、良さを伝えるのは難しいもので、数しかないかなっという感じになってしまいました。

この村の一番の魅力は、やはり襲われるくらいの石の自己主張ですかね。

私のつたない写真では、絶対に伝わらない確信がありますけれど…。
ちなみにこの村では、周囲の路肩に車が停め放題状態だったので、絶対こすりたくないな、という村の中には入ることなく、無事、楽しく徒歩で教会にアクセスしました。
村の中心部に、一軒だけ、カフェもありましたので、ありがたくトイレ休憩をさせていただきました。カフェがあるだけでもありがたいとは、こういう修行旅ではよくあることですから、地獄に仏状態でした。
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- 2020/11/18(水) 05:36:55|
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2017.08.ミディピレネー及びオーベルニュはカンタルの旅、その17
モンジョーMontjauxのサン・キリヌス教会Eglise Saint-Quirinus、続きです。
今回は、中に入ります。

前回、記事にしたように、結構苦労してたどり着いたけれども、外側はちょっとがっかりな様子だったので、多くを期待せず、そして、入ってみたら、こんな感じで、白いし、アーチとがってるし、なんか期待できるんだっけ?と。ほとんど半信半疑気分というか、苦労した分、盛り上がり過ぎて失望を大きくし過ぎないような自己防衛メンタルっていうか、詳細を正視できないような、現実逃避トレンドというか、まぁ、そういう状態でした。
が!

ん?

んん?
私好みの、いい味した植物モチーフ…。もしかして…?

キタ~!!!!

ズッキューン!!!
これは、完全にやられましたよ!!!
悶絶じゃないですか?
それも、冒頭にしつこく書いたように、メンタル、良くなかったケースを想定して、色々ごまかそうと働いていただけに、快哉の雄たけび状態でした。他に誰もいなかったしね、実際、いえ~い!とか、やってました、笑。
フクロウにしか見えませんが、獲物を抱えているところを見れば、わしはあり得るけど…。

捕食されちゃっているやつらも、妙にかわいらしかったりしてさぁ、困ったもんだ。
困ったのは、ここで興奮しすぎちゃって、他の写真が、ブレブレ…。

ダニエルさんバリエだったりするのかもしれないけど、ブレブレで、全然わからないし、笑。現場で見ていた私も、どうしてもフクロウちゃんに気持ちがひかれちゃって、他の柱頭への注意力、めっちゃくちゃ散漫でした。日記にも、フクロウちゃんのことしか書いてない。

他の動物モチーフも、行けてないことはないんだけど、でも、フクロウちゃんの前には、すべてかすむ。
これは、オーベルニュのブルボンなんとかのウサ子ちゃんっぽい柱頭といい勝負だなぁ。どっちも、その特定の大好きな子たちだけを見るためだけに、再訪も辞さないし、訪したら、他はほっぱらかして、大好きな子の柱頭に駆け付ける。
こんなに物覚えの悪い私だけど、この子たちの場所は、すごくくっきり覚えてますから、すごいもんですねぇ。
正直、他はすべて付け足しみたいな感じだけど、こんな変なものあったので、ご紹介。

何だろう。ある意味テイスト的には、新しいのか。キングクリムゾンのアルバムジャケットを思い出すよね。ってか、ほぼそのままっていう感じで、びっくりしますね。オリジナルに彩色あったら、どういう色だったんだろう。私には、あのジャケットの色しか思い浮かばないわ~!
この教会、化粧石みたいな白さが際立つ石でおおわれているんだけど、その石でのリブ構造っていうのかな。これでもかの規則正しい並びが、しつこいくらいで、なんかすごかったです。

この、白い石で、レンガのように表面を覆うスタイルって、フランスでは各地で目にするんだけど、これは、どうもなじみません。個人的にはあまり好きになれない。好き嫌いだけは、感情的な問題なので、どうしようもないですね。

これが、白じゃなければ、単純にいいなぁ、と思うはずなんだけど。

こういう床の感じとか、すごくいいのに、なんか白い石を張り付けられると、ちょっとタイルっぽいっていうのか、ビニールとかプラスティックのイメージになっちゃって、新しいものが安っぽく古びた感じみたいな。
変な表現ですが。
何はともあれ、ここはフクロウを目指してほしいし、クリムゾン・キングも捨てがたい、そういう教会でした。
ちなみに、教会にアクセスする前に、私を追い越していったタンデムバイクのカップルは、私がフクロウに見とれている最中に戻ってきて、扉口からのぞき込んでいましたが、二人ともヘルメットすら取らず、扉口から中に入ることもなく、5秒くらいで引き返していきましたとさ。
思わず、帰る前に、この子だけでも見ていって!と叫びたい衝動にかられました。しませんでしたけど、笑。
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- 2020/11/15(日) 05:25:32|
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2017.08.ミディピレネー及びオーベルニュはカンタルの旅、その16
ラペイルで、いやな汗をさんざんかいた後に向かったのは、こちらです。

最初は調子よく走っていたんですけれど、目的地モンジョーの南に、サン・ロームって見えるでしょうか。そのあたりから、くねくねのすっごく下り坂が始まって、どこまでもどこまでも下りていくんですよ。今、紙の地図を見直して、道はそれほど細くないけれど、急坂のしるしである二本矢印が付いていて、納得です。くだりだから怖さはのぼりよりは少ないとはいえ、本当に谷に転がり落ちていく感じです。
そして、村にこういう感じでアクセスするんですが…。

見ての通り、村は斜面を下に下に、という様子で成り立っているじゃないですか。さらに降りるんですよ、これが。
で、いっちばんどん詰まり的な場所に、ちょっとした塔が見えると思いますが、それが目的の教会なんですよねぇ。
事前に地図を印刷していたと思うので、教会の位置はなんとなくわかっていて、とにかく進むしかないという認識はしていたものの、村の細い道を、そろそろと下りながら、不安マックス。村人にたずねると、「大丈夫、この道を進み、さらにカーブを二つ過ごせば、教会だよ」、と何でもないように教えてくれます。
そりゃ地元の人にとっては何でもないんでしょうが、車一台通れるのがやっとの道に急坂、私には、足を踏み入れることもはばかられるような土地なんです。
尋ねたのは、カーブの突端に建っている家の人で、最初に尋ねた場所からその家を回るようにカーブをやり過ごした時点で、その先の道がさらに細いことに気付いて、またいやな汗が…、笑。
で、車を停めて、先ほどの家を見上げると、同じ人がバルコニーにいたので、本当に、ここで、いいの?車で行けるの?と疑心暗鬼目いっぱいで尋ねると、本当に大丈夫だから、その次のカーブを曲がればそこだから!とにやにやと返されました。
怖かったですけれど、勇気を奮って進みました。というより、駐車できる場所もないので、もう進むしかなかったんですけどね。
その時、後方からでかいバイクが追うようにやってきたので、やり過ごすこともできず、つい焦ってカーブを曲がった勢いで、本来の道を外れて、誰かの家の庭に入り込むというおまけまでついてきました。

これは、教会前から、降りてきた道を眺めたところ。どん詰まりが、最後のカーブです。ここはいきなり広くなって、本当にほっとしました。
しかし、これほど苦労してたどり着いた教会ですが、いざファサードを見たら、気が抜けました。

モンジョーMontjauxのサン・キリヌス教会Eglise Saint-Quirinusです。
このファサードだけ見たら、かなり失望しますよね?
でも実は実は、なんですよ~。
でもでも、まずは外側から行きましょう。

ここ、墓地の教会なんですね。
後陣側が、村のお墓となっています。
アクセスが、町の下にあると、教会は高い場所に建っていることがほとんどだと思いますが、アクセスが上の方だと、下に行けば行くほど、上座、ということになって、教会がこんな場所になるのかな、笑。
行き止まりというわけではなかったですが、この墓地の先は、こんな様子。まさにどん詰まり感、半端ないです。

さて、後陣側も、建築的には、あまりそそられない様子です。でも、脇に古いスタイルの扉口が。

地味ではありますが、ファサード側の扉がこれだったら、結構うれしかったと思います。

地味なアーチに軒持ち送り。全体傷んでいますけれど、多く改修されてしまった中で、よく残してくれました。
溶けています。雨風にさらされて千年以上だから、当たり前のところもありますが、やはり石の材質にもよりますよね。これは風化しやすいタイプの石なのでしょう。

軒持ち送りは、二つだけフィギュア系でした。
こちらも傷んでいますので、よくはわからないのですが、もしかして、エロティック系だったりしますかね?

頭が逆立っているのは、雷神か、?、サルか?

こっちはもっとわからない。なんにでも見えるし、なんにも見えないし。
足組んでるんですかね。それとも足じゃないのかな。まるで、よくピエトロさんが持たされている巨大な天国のカギみたいのを持っていますが、軒持ち送りにペトロンはあり得ないし、笑。
また勝手な想像を楽しんでおります。次回、中に入りますよ。ファサードからは予想もつかない楽しさです。
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- 2020/11/13(金) 06:25:45|
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