ルシヨン・ロマネスクその25
セラボンヌPrieure de Serraboneのサント・マリー教会Eglise de Sainte Marie続きです。
本堂の奥深く、いや、ファサードから入れば、まず目に入る位置なのですが、現在は、ファサードの扉が閉ざされているために、奥深く、ということになってしまいます。
イタリアではあまり見られない構造物ですが、本堂を二つに分ける構造物。ピエモンテの教会で、立派なものを見たことがありますが、そのとき、フランス語ではJubeということを勉強しましたが、どうやらトリビューンというのかな。イタリアの古い教会で、一般席と内陣を区切る障壁がよく見られますが、そういう機能、つまり、教会を訪ねる人々を分割する機能を持つ構造物のようです。聖職者と非聖職者、または信者とまだ洗礼を受けていないもの、貴族と平民を分けるなど、いろいろ考えられているようですが、決定的にこうだった、というものはわかっていなかったように思います。おそらく時代時代で、用途も変わったのではないでしょうか。
本堂全体の把握ができず、なんか邪魔な構造物という気がしないでもないのですが、とにかく、セラボンヌで最も重要な構造物であることは確かなんです。
一見地味ですけれども、すべての柱に素晴らしい柱頭があり、また柱頭が支えるアーチ部分にも、浅浮き彫りが、これでもか、という状態で施されているのです。
ここは、黙って見ていただきましょう。
セラボンヌといえば、この構造物、そして、赤の混じる大理石ですね。彫り物は、かなりうまくて、怖いんです。ちなみに、本堂内部と、前回紹介した、入り口からすぐの回廊部分とは、1世紀の差がありますから、石工さんも、全然違う人です。
じっくりと見ていて気付いたのが、口をゆがめている顔の浮き彫り。それが複数あるんです。
これ以外にもいくつもありました。間違いなく、何か理由があるんでしょうけれど、こんなのは、ここ以外では気付いたこともないんですよね。言葉の問題があり、現地の人に尋ねる事もできなかったのが残念でした(素敵な小冊子を購入しましたが、唯一、一部でも理解できる可能性のあったのがフランス語版(他は、カタラン後とかオランダ語とかで、英語版は当然なしという感じで、スペイン語すらありませんでした)だったので、読むのはとっても大変そうです)。
それにしても、かわいくないです、どれもこれも。
そういえば、顔のあちこち、柱頭全体のあちこちに小さい穴がぽつぽつと開いているんですが、カニグーで説明があったように、ここでも、光り物がはめ込まれていたのでしょうか。夕暮れ時など蝋燭の明かりだけだったら、怪しい光が反射して、柱頭の彫り物の怪しさとあいまって、怖いような空間になっていたのかもしれません。トリップできそうな。
この部分のたたずまいは、まるでクリプタのようです。
観光客は結構来るのですが、ディテールにこだわって見学する人は少なく、幸い貸切状態で、なめるように見学することができました。
見ても見ても面白い。繰り返しますが、かわいさはないんですけれども。
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- 2014/06/26(木) 05:46:58|
- ラングドック・ルシヨン
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