ミラノの町に出ることがめったになくなってしまった今日この頃、展覧会なども、ほとんど行ってませんが、唯一定期的に訪ねる美術館があります。
昨日、朝から用事で出かけた帰りに、しばらく訪ねていないことに気付き、立ち寄ることにしました。
ハンガー・ビコッカHanger Bicocca - Via Chiesa 2, Milano
なんせ、我が家からは車で5分強という近さ。その上、無料なんですよ、ここ。
多分以前にも紹介したことがあると思うのですが、大型の機械等の製造工場を改築した現代美術向きの容れ物で、ピレリ財団が運営しています。
ピレリは、ちょっと前に中国の資本が入ってしまいましたが、財団は独立組織として残ったようです。この美術館大好きなので、ほっとしたし、大変嬉しかったです。
それにしても、会社本体は身売りしたのに、この財団は、いまだに無料で美術館を解放しています。なんか知らんが、経済ってすごい。または、金持ちってすごい。ありがたい。
今回は、上の写真でHanger Bicoccaとある入り口棟からではなく、横の方から入るようになっていました。
こういう眺めも、産業遺産っぽくていいですよね。うまく再生したものだと思います。
この美術館、今のようにちゃんと美術館となる前、奥の方にある大きな建物だけがあり、わたしも経緯はよく知らないのですが、アンセルム・キーファーの超大型作品を展示することから始まったと思います。
その作品は、常設展示されているのですが、時々趣向を変えた展示を行うようで、これまで何度か、ちょっと異なるイメージを見てきました。
今回は、かなり趣向を凝らした展示です。
Anselm Kiefer - I Sette Palazzi Celesti 2004-2015
展示のメインは、勿論この巨大な七つの塔ですが、今回は、周囲の壁に、やはりキーファーの、巨大絵画が5枚、展示されていました。そして、これまでの展示では、塔のある部分には近づけないようになっていましたが、今回はまったくフリーになっていたのが驚きでした。
そして、音楽付き。
すべて効果的で、いきなりキーファーの世界に連れ込まれた感じ。塔の近くまでいけるのも、これまでとは違う臨場感を感じさせられます。
それで、思わず、説明のフライヤーをじっくりと読んでしまった次第。普段は、見て面白くて、それでよし、って言うタイプなんですけどね。あまりに引き込まれたので…。
この七つの塔、それぞれに、固有の物語、思い入れがあり、それが全体でまたひとつの思想を作り上げている上に、今回は絵画までコラボしている、というわけで、そういう意図的な迫力が伝わったということなんでしょうかね(音楽は、あとからお隣の展覧会のものだったとわかったのですが、ぴったりの音響効果がありました)。
縦長の広場に、七つの塔が不規則な感覚で建っていますが、おそらく、その並び方、距離感、そういったすべてに、アーチストの思想がこもっているものと思います。かなり緻密に計算されているな、と思うのは、七つを一望した写真を撮れない、という事実から。相当見ていますけれど、いまだに撮影可能なポイントがあるのかどうか不明です。
タイトルである「天の七つの建物」は、4/5世紀のヘブライの古文書に出てくる言葉に由来しているそうです。神に近づくための精神のイニシエーションのシンボリックな過程について書かれた書物だそうなんです。既に、難しい。
それぞれの塔は、鉄筋コンクリート製で、コンテナの形で整形されて積み上げられた90トンの重みのある建造です。塔のあちこちに、鉛製の楔石や書籍のフィギュアがはめ込まれていますが、これは、建物の安定性を助けるという実用的な目的と同時に、鉛という素材の意味があるということです。鉛って、憂鬱を表すマテリアルであることが、ポイント。そういわれれば、鉛って、そうかもしれないですね。
身体が鉛のように重いとか、鉛色の空とか、そういうイメージがあります。そういうことって、言われたらそうだけど、金属とその象徴する意味やイメージって、独立して考えてことなんてなかった。目からうろこ。
この作品で、キーファーが示唆しているのは、ヘブライの古代宗教の解釈、第二次世界大戦後、西側社会の廃墟、現在を認識するために見るべき可能な未来、などなど。アーチストってすごいなって、なんだか思います。
一つ目は、入り口から一番奥に位置する塔で、Sefiroth。
ちなみに、インターネットでセフィロスと検索したら、ファイナル・ファンタジーの登場人物の情報がずらずら~!と出てきて、びっくりしました。
全体の中では最も低い14メートル。天辺に鉛製の書籍一塊が置かれ、Sefirothのヘブライの10の名前がネオンでつけられています。
カバラ(ユダヤ教に基づく神秘論で、中世に、南仏やスペインのキリスト教思想家に影響を与えたもの)のヘブライの神秘主義において、神性の表現や手段を表すもので、Keter(至上の王冠)、Chochmah(賢明さ)、Binah(賢さ)、Chesed(愛)、Guvurah(権力)、Tiferet(美)、Netzach(忍耐、寛容)、Hod(威厳)、Yesod(世界の創造)、 Malkuth(王国)。
面白かったので、だらだらと解説を書きますが、多分、本物を見てない向きには、つまらないと思います。すみません。
二つ目の塔は、Melancholia。天辺に、多面体が置かれていますが、これは、アルブレヒト・デューラーが描いたエッチングに採用された多面体(4枚目の写真の左側の塔の天辺に、ちょこんと置かれているもの)。
そのデューラーのエッチングが、同じタイトルとなっていて、寓意的な小物が満載で、憂鬱を表しているとか。変に不安定な多面体の形状が、アンバランスなイメージなのかな。天辺への置かれ方も、落ちそうな落ちなそうな位置だし、明らかに意図的。
三つ目はArarat。これはわかりやすいですね、少なくとも名称は。ノアの箱舟が乗り上げたとされるアララット山。
天辺には、鉛で図案化された模型が置かれているようです。多分これ。
この右上の。よくわかりませんが、箱舟にインスパイアして、平和と救いを運ぶものをシンボル化、同時に、軍艦や戦車、荒廃なども含んだ模型。複雑~。
四つ目はLinea di Campo Magnetico。磁界ライン?なんだ、そりゃ?
これは、中でも最も巨大18メートルの高さを誇ります。
鉛で作られたフィルムのフィギュアが、全体を這っているのが特徴。床面から、内部にも、ドサドサとぶら下がっています。
こういうディテールは、やはり近くに寄ってみることが出来て、気付くことが出来ました。これまだと、見学場所は、一番近いところでも、塔からは数メートル離れているので、全体は見えても、塔の中までは見られなかったから。
塔の足元には、フィルムのリースとか撮影カメラも鉛で作られたものが置かれています。
ここでの鉛の意味は、鉛は発行に耐えられず、なんらのイメージも作れないというマテリアルだということ。それが、ヘブライ文化や少数文化を抹殺しようとしたナチから、ビザンチン時代~ルターの時代まで西側文化を定期的に襲う偶像破壊などの破壊思想まで、を、またキーファー自身が言うように、「すべての作品は、過去の作品を凌駕する」という考えまでを示唆すると。
深いなぁ。
5本目と6本目は、とても近い位置に仲良く建っていて、二本で一組。3枚目の写真の手前の二本です。
タイトルとしては、5本目がJH、6本目がWH。それぞれ、足元に、ナンバーのつけられた隕石がばら撒かれています。
この隕石も、鉛製。カバラに書かれた創造の伝説により、神が地上の人々と、ユダヤ人のパレスチナからの離散をもたらしながら、生命を吹き込んだつぼのかけらをシンボル化したもの、とありますが、ちょっとよくわからないんです。
写真ではわからないのですが、塔のトップに、イニシャルみたいにそれぞれ二つのアルファベットのネオンが置かれています。これを、ヘブライ語の音声学の規則に従って発音すれば、Jahwehという言葉になり、ユダヤの伝統では、決して口にしてはならない語彙となると。ヤハヴェ、つまり、エホバ。
モーセの十戒で、神のことはみだりに口にしてはいけないという戒から、聖書から削除されたということなんですね。ああ、わたしって本当に無知。
この辺りまでは、キリスト教の国の人だったら、漠然とでも、当然のように知っているのかなぁ。だとしたら、西洋美術を理解するというのは、やはり大変なことですね。
わたしは常日頃、ロマネスク美術を追っているので、それでもずいぶんと聖書には接するようになったものの、ベースがないので、苦労しています。しかし、現代美術でも、宗教が絡んでくるというのは、辛いなぁ。でも、文化のベースの一つだから、仕方ないんですねぇ。
七つ目の塔は、落ちた絵画の塔Torre dei Quadri Cadentiという名前。
時として割れたガラスがはまっているだけの額縁が、複数かけられています。額縁から人々が期待されるものが、何も与えられない空虚さ、その辺りがテーマらしい。ふむ。
そして、今回は、周囲に置かれた絵画が、インパクトありましたねぇ。最も気に入ったのが、これ。
ジャイプールというインドの都市の名がつけられた巨大油絵。
下部は夜景。建築物が描かれていて、それがさかさまのピラミッド構造になっています。上は、星空。これは、絵の丈夫に、他の画布がかぶせられているのです。
星座には、Nasaの分類システムに従ったコードが振られています。ピラミッドの方と合わせて、人々が神へ近づこうとする虚しい試みのシンボルということなんですけど、キーファー、ナサが好きらしいな。そして、信心深い。のか。
このでかさだけでも、飲み込まれそう。
渇いた大地。砂漠の風景。その上にひまわりの種が巻かれているの。この黒い点々がひまわり。ひまわりに、彼は生命力を強く感じてるみたい。
お隣には、立体の秤と組み合わせた絵がありますが、ここでも秤の片方にはひまわりの種が積まれているみたいです。
渋い乾いた大地にふってくる黄金のひまわり。なんかちょっと琳派的な。
このスペースの一番奥に置かれた絵は、どれよりも大きいもので、380x1100 cm、ドイツの救済とでもいったタイトルらしい。ドイツ語分からないし。Die Deutsche Heilslinie。
画面を横切る虹の上に、書き込みがあり、カール・マルクスの思想を受けたドイツ人哲学者の名前だということ。おお、ここでもマルクスに遭遇するとは。
何だろう。全体に暗いんだけど、虹のせいのみならず、希望を期待する的な思想を感じました。キーファーはドイツ人だけど、1993年くらいから南仏暮らしらしいけどね。
そうそう、キーファーは、南仏のBarjacという町にある、かつての絹織物工場を改装した住居兼アトリエに暮らしているとか。35万平米の住居で、多くの巨大作品を要する個人的な美術館のようでもあるとか。公開しているのかどうか知りませんが、行ってみたいなぁ。
実は、同時にもうひとつ展覧会があり、それがまたぶっ飛びの面白さだったので、それで記事にしとこうと思ったのですが、キーファーにもつい入れ込んでしまいました。ということで、続きます。
それにしても、長い。ここまで読んでくださる方は多くないと思いますが、たどり着いた方には、有難うございます。疲れるよね。
最近はまっている写真サイト。ロマネスク写真を徐々にアップしています。
インスタグラム
スポンサーサイト
- 2015/11/16(月) 00:48:02|
- アートの旅
-
| トラックバック:0
-
| コメント:6
昔、タロットカードに凝っていた頃に(40年ぐらい前ですが)
カバラの秘宝の書を読み漁った事が在りました。
「生命の樹」と「カバラ」と「タロットカード」一連の関連性が有る様ですよ?
- 2015/11/16(月) 00:55:00 |
- URL |
- 古代遺跡めぐり<山下亭> #79D/WHSg
- [ 編集 ]
山下さん、いろんなことにお詳しいですね。
カバラなんて、わたしはうっすらと聞いたことがある程度の言葉に過ぎず、うへぇ、と思いました。
どの文化もそうでしょうが、自分にベースがないものというのは、なかなか難しいところがありますよねぇ。
- 2015/11/16(月) 23:18:00 |
- URL |
- corsa #79D/WHSg
- [ 編集 ]
Barjacのアトリエを撮ったドキュメンタリー映画"Over your cities grass will grow"のDVDを持っていますが、この映画に塔が出ていて、崩れたら危険だなと思っていました。
近寄って見れるんですね。
Barjacのアトリエに対してキーファーが情熱を失い、公開されることもなく放っておかれていると何かで読んだ覚えがあります。
- 2015/11/24(火) 16:09:00 |
- URL |
- dkd*k00 #79D/WHSg
- [ 編集 ]
> dkd*k00さん
訪問およびコメント、有難うございます。
この塔は、ずいぶん前からミラノに常設されていますが、今回のように近寄れたのは、初めてでした。
ところで、Barjacのアトリエは、放置されているんですか。パリと半々くらいに住んでいるような記事を読んだことがあるんですが、ほとんどパリになっちゃったんですかね。でも、こういう巨大作品には、スペースが必要ですよね。巨大、やめちゃったんですかね。
- 2015/12/03(木) 22:41:00 |
- URL |
- corsa #79D/WHSg
- [ 編集 ]
すいません、返答いただいていたことに今気づきました。
先日横浜美術館の村上隆コレクションでキーファーの作品を3点見ましたが、塔の写真が使われていたり、映画のリールがあったり、セフィロトという作品があったりしました。
> ところで、Barjacのアトリエは、放置されているんですか。
記憶違いかもしれないという気がしてきました。
- 2016/03/12(土) 11:26:00 |
- URL |
- dkd*k00 #79D/WHSg
- [ 編集 ]
とんでもないです、わざわざコメント、有難うございます。先日の記事、面白く読ませていただきました。
- 2016/03/13(日) 19:03:00 |
- URL |
- corsa #79D/WHSg
- [ 編集 ]