このイベントを知った時、まず考えたのは、どうアクセスするか、ということでした。というのも、会場となる村はとても小さくて、世界中から集まる訪問客の車を収容するに十分な駐車場がないのは明らかだったからです。
そんな中、ロンバルディア州のローカル列車会社であるトレノルドが、イベントに向けた一日チケットを売り出したので、それを活用することとしました。なんせ、一日乗り放題で、13ユーロという安さ。
というわけで、日曜日の朝っぱら、7時25分ミラノ中央駅発のローカル線に乗り込みました。乗り込んだ時はガラガラの車内が、出発時には、目的を同じくする人々で、ほぼ満員。検札に来た車掌さんが、すごい人出で、当局はもう来るなって言ってるんだけどね、とお客にか、自分にか、言い聞かせるようにつぶやいた言葉に、乗客一同、どよめきました。
定刻にわずか遅れて、8時40分ごろ、ブレーシャBrescia到着。ここからイセオ湖沿いを北上する、超ローカル線に乗り換える必要があります。ホームに降りて、いきなり驚愕。
すでに、すごい行列です。わけのわからないまま、とにかく最後尾につきました。
電光掲示板では、乗る予定にしていた、9時07分発のローカル線が、すでに10分の遅れとなっていました。会場の村を通るローカル線は、増便をうたっていましたが、通常通り、半時間に1本というスケジュールに変わりがないようです。結局、ほとんど単線のローカル線をいきなり増便するなんて、無理な話で、思うに、通常は2両で走っているところを3両とか4両にする、という程度の話なのではないか、と。
そして、増便などの対策よりなにより、普段ローカルの仕事しかしていない人たちが、こんな世界レベルのイベントに対応できないのは、火を見るよりも明らか、ということだったんですね。
ローカル線は運行していなくても、ミラノやヴェローナから、訪問者を満載した列車はどんどん到着するし、他の手段でここまでたどり着く人も多数で、行列は長くなる一方です。が、遅れはいつの間にか30分まで膨れ上がり、並ぶ人々のイライラも募る一方です。
1時間以上たって、やっとアナウンス。「現在、浮橋は閉鎖されており、再開の可否を当局が協議中。閉鎖中は、列車の運行も停止する」というものでした。
その後、「10時半までは、運行はない」。このあたりから、脱落者が続出。人によっては、タクシーで直接乗り込むなどしていたようです。実際、後ろに並んでいた3人組に、5人まで乗れるからどうか、と誘われましたが、余計なお金がかかるうえに、現地がどうなっているかもわからないわけですから断ったり。でも、後悔したり。今日は、ブレーシャ観光でもして帰ろうか、と相談したり。
10時半も回った頃でしたか、やっと列車への乗り込みが開始されました。
その時には、ずいぶんと前の方にいたので、最初の列車に乗り込むことがかないました。そういう状況であるにも関わらず、みな、比較的お行儀よくて、押し合いへし合いになることもなく、整然と乗り込むことができたのは、意外でした。
小走りで、入り口から遠い車両に走り、乗り込んでからも小走りで、運よく二人分開いている席をゲット。二人ずつ向かい合った、四人掛けの席でしたが、驚くことに、すでに腰かけていたうちの一人が、日本人の方でした。
もう一人は、やはり一人で来ていたイタリア人の女性で、結局この日は、ほとんどの時間を、偶然出会ったこの方々と、ご一緒することになりました。
日本人の方は、なんとニューヨークから来られたということでしたが、イタリアにはしょっちゅういらしているので、このひどいオーガナイズにも、さほど驚かないということでした。すばらしい!
出発したのは、もう11時も回っていたころと思います。立ち見も含め、満員の乗客から、おもわず拍手が起こりました。乗客間にも、妙な連帯感があり、あちこちで、他人同士が、自然におしゃべりを始めるような感じ。トレノルドに文句を言いつつ、和やかっていうか。
本来の予定からは、2時間以上の遅れ。でも、ちゃんと出発できただけで、もううれしい気持ちで、本来の目的をうっかり忘れそうになるような状況でした。
出発してからも、スムーズには進まず、各駅で信じられないくらい長く停車したりの繰り返しで、30分程度でつくはずの道を、倍はかかったはずです。それでも、緑が増えてきて、イセオ湖が見えた時には、歓声が上がりました。
そして、車窓から、遠く黄色が見えた時には、ある種の達成感に襲われてしまいました。
しかし、試練はまだ続くのです。
というのも、この列車は、会場であるスルツァーノには停車しないということだったからです。慌てて調べたところ、先の駅からは3キロちょっとの道のりですから、そこから歩くしかありません。というわけで、やっと列車を後にしたら、今度は3キロ超のウォーキングです。トライアスロン状態。
幸い、曇りで涼しく、時々雨がぱらつくものの、ひどい降りになることもなく、ある意味、快晴よりも、快適なお天気でした。また、車を通行止めしているので、歩きやすいし、湖沿いの道なので、浮橋がどんどん近づいてくるという高揚感もありました。
半時間長のウォーキングで、いよいよ、スルツァーノへ、イン!
村にも、イエロー・ブリック・ロード!感激です。
しかし、試練は、まだ終わってません。
湖への道は、またもや行列に占領されていました。
すごい人なんですが、ここは、ワクワク感が強まったせいもあるのか、さほど待たされた感がありません。1時間はかからずに、どんどんと進みました。と言っても、ジグザグの行列ですから、移動距離は限りなく少ないんですけれど。
いくつもの関門を超えて、ふっと行列がほどけ、いよいよ、核心に迫った感があった瞬間。
細かい状況よくわかってなかったわけですが、実は、この先を右に曲がったら、いきなり入り口だったんです。
え、まじ?という感じで、さりげなく、浮橋に立っていました。
この後は、昨日の記事に続きます。
浮橋でも、さんざんウォーキングを楽しみまして、帰りは、大混雑で、一時島の道で渋滞にも巻き込まれつつ、何とかまた、スルツァーノまで帰還。
またもや、村に作られたイエロー・ブリック・ロードをたどって、駅へ。
村でもまた、布の美しさと、普段の後継とのミスマッチが、実に面白い味を出していました。浮橋とは異なる楽しみですね。
帰りは、スルツァーノの駅から、乗車できるはず。せめても、よかったね、と言いながら、駅に向かったのですが…。
知ってた、知ってたよ、と脱力するような、激しい行列が、展開されていました。
写真では取り切れていませんが、とにかくすごい人です。
その時点で並んだとしても、来た列車に乗れそうもない行列です。これはだめだ、と一駅先まで、また徒歩で戻ることを即決しました。
というわけで、また3キロ強、半時間強のウォーキング開始です。
誰もが、カジュアルな格好をしていましたが、これほどのウォーキングは想定していません。私も、運動靴ではありましたが、あくまで町用の、かかとのある運動靴もどき。同行者たちも、同様で、すでに相当疲れているところに、この最後の3キロは、実に辛かったです。
もうおしゃべりも言葉少なで、でも、少しでも早く駅に着きたくて、道端で休んでいる人、のろのろ歩いている人たちをどんどん追い抜いて、無事、目的の駅、サレ・マラジーノSale Maradinoへ、たどり着きました。
やった!数人が待っているだけです!
疲れ果てて、ベンチに座り込みました。そうしたら、なんと5分もしないうちに、ブレーシャ方面行の列車がやってきたのです!
ええ~、こんな幸運があるだろうか、と小躍りして、乗り込みましたが、停車したまま、動こうとしません。何人かが降りていきます。当初は、疲れに動きたくない気持ちでしたが、さすがに埒が明かないため、降りて、そこにいた車掌さんに尋ねると、なんと、個の列車は、イセオ止まりだというのです。イセオは、ブレーシャの手前なので、そこで乗り換えて、ブレーシャに向かう必要があります。
イセオの状況については、「わからない」。
ホームで思案しました。
イセオで、すぐに乗り換えの列車が複数あればいいけれど、さっきスルツァーノで見た人たちが乗り込んでくるとすると、すごい数の乗客になるはずで、いずれにしても、乗り換えた後は、座れないことは確実。それなら、やはりここで次の列車を待って、座ってブレーシャに行った方がいいのでは。いや、でも、次の列車が、車掌が言ったように、1時間後に来るとは限らないのでは。云々カンヌン。
でも結局、座っていく、という考えにとらわれて、次の列車を待つことにしました。
相当たってから、出発した列車の後、おそらく半時間も待たないうちに、次の列車がやってきたのは、うれしい驚きでした。
計画通り、しっかりと座って、スルツァーノで席を求めて走りこんでくる人たちを、憐れむように眺めていました。疲れたけど、その甲斐はありました。
行き同様、長時間停車を繰り返しながらの運行。
途中、イセオの駅で、かなりの時間停車。ホームには、トレノルドの職員が、鳩首会議?っていうか、とにかくどこでも、こういう感じなんですよね。警察官も、イベントのボランティアも、関係者も、数だけはたくさん動員されているのが認められるのですが、実際に必要な場所、やるべきことがある場所には、誰もいない、という状況。
駅でも、一体何をしているんだろう、というほどの駅職員がうろうろしていて、苦笑いするしかありません。
車中で、ブレーシャからミラノへの列車の時刻を調べていましたが、なんということか、ちょうど、出発時刻ごろに、ブレーシャに到着らしい…。実際、まさに、これに乗れればいいな、という19時25分ブレーシャ初の列車が、お隣のホームに停まっている時間に、こちらの列車もホームに滑り込みました。
最後の頑張り。
走りました!到着したホームを、ずっと走って、階段を下りて、上って、すでに扉を閉じて出発待機している列車の、開いている扉を求めて、気が狂ったように走りました。他にも同様の人が多数いたため、気が利く駅員さんが、カギを使って扉を無理やり開けてくれて、一団がなだれ込むことができました。
なだれ込んだとたんに、出発したので、まさに間一髪でした。
次の列車は、30分後だったんで、助かりました。
この状況で、また30分待つのは、かなりの苦行でしたから。
そして、たちんぼで、1時間半超の列車の旅。これは、幸いにも、この日最後の苦行でした。列車は、またもや遅れましたが、最後の半時間ほどは、席に着くことができ、車窓から、美しい虹を拝むというおまけまでありました。
ミラノ到着は、すでに21時も近い時間でしたか。
それでも、日のあるうちに、帰宅できたのは、奇跡のような気持ちでした。
家の前の公園で、美しい夕焼けに気付きました。
激しい疲れがあったにも関わらず、この時、感じていたのは、満足感だけでした。夕焼けの美しさに、湖の、あの稀有な風景を喚起され、この一日を、心の底から楽しく反芻することができました。
しかし、筋肉痛、まだ続いています。トータルで、14キロ近く、歩きました。げろげろ~!それも、飲まず食わずです。これを、苦行と呼ばず、何を苦行を呼ぶか、ってとこですね。
それでも、ぜひ多くの人に、体験してほしいと思います。本音を言えば、実は夜間に、もう一度行きたいのです。でも、あの行列を繰り返す元気は、ほとんどない…。
最近はまっている写真サイト。ロマネスク写真を徐々にアップしています。
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- 2016/06/22(水) 06:21:35|
- アートの旅
-
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| コメント:4
おはようございます
雑誌に掲載される美術展報告よりずっと楽しい・・・中身が濃い
「なだれ込んだとたんに、出発したので、まさに間一髪でした。」
でかした!というところですね。
楽しみました
- 2016/06/22(水) 00:25:00 |
- URL |
- poetryfish9 #79D/WHSg
- [ 編集 ]
こんなに凄い前談が在ったとは・・・・・
諦めて断念した人も多く居た事も想像出来るトラブルでしたね?
感激の度合いがヒートアップ!も、納得ですね。
因みに昨日のコメントは、橋ではなく道路の間違いの様です。
イギリス南西部のBC4000年ぐらいのスイート・トラックと言われる遺跡でヨーロッパ最古の道路だそうです。
- 2016/06/22(水) 01:31:00 |
- URL |
- 古代遺跡めぐり<山下亭> #79D/WHSg
- [ 編集 ]
> poetryfish9さん
おかげさまで~、濃い中身体験です笑!
関係者とかは、招待で、落ち着いて見学できますからね~。一般人の難行苦行は、日を追うにつれひどくなっていますから、まさに、でかした!って感じです。
- 2016/06/23(木) 22:20:00 |
- URL |
- corsa #79D/WHSg
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山下さん
すごいことになっています。村の人々も、予想外の結果という様子で、結局24時間オープンは中止になったらしいです。身の丈を、何倍にも超えてしまったイベント。アート、恐るべしです。
- 2016/06/23(木) 22:21:00 |
- URL |
- corsa #79D/WHSg
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