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イタリア徒然

イタリアに暮らしながら、各地のロマネスクを訪ねた記録

お迎えは、やっぱりランチ食いっぱぐれなの?の子猫のみ(レハス・デ・サン・エステバン)

カスティーリャ・エ・レオン、その45(ソリア県最終回)

セゴビア県に入る前に、もう一つ気になる事前メモがあり、そこに向かうことにしました。
それが、レハス・デ・サン・エステバンRejas de San Estebanです。




サン・マルティン教会Iglesia de San Martin。
メモに、11世紀とあったので、どうしても気になって。というのも、この前に訪ねた、やはり11世紀創建のベルソーサがとてもよかったからなんですけれど。

幹線道路から外れて、ちょっと北に向かうのですが、周囲に何もない田舎道。ひたすら平地の乾いた道を、ほぼまっすぐに進んでいくと、いきなり村に入るのですが、村の入り口は、大きなだだっ広い広場となっていて、ここでも、西部劇的というのか、ヒューッという通り抜ける風の音が聞こえるようなスケール感のある村です。
そういうたたずまいを撮影していないし、たとえ撮影しても、私の腕では、あの雰囲気を伝えることはできないと思うのですが、なんというのか、まるで、舞台の書割的な。イタリアではなかなか出会えない雰囲気だと思います。

その右手前方に、迷うことなく見えるのが、目的の教会というわけです。




すぐ目についたポルティカーダに、小躍り気分で近づきました。このあたりでは、ポルティカーダがよく残っていると、もうその様子だけで、条件反射的に嬉しくなります。だって、はるばる訪ねた甲斐が約束されているようなものだから。

小さいポルティカーダだけど、どこから見ても美しいです。




平地に建てられているから、あえてそうしたのか、と思われる階段でのアプローチも、教会を立派に見せるためなんでしょうか。または、結界的な意図があるのかも。いずれにしても効果的。
そして、柱頭は、朽ちているけれど、面白いんです。




細かいところはわからないですが、騎馬の人。もしかして、サン・マルティンその人でしょうか。




ダリの描くところのゾウ的にプロポーションの狂った、足の長い動物。
おなじみのモチーフのライオンも、どうも、足長さんスタイルです。




一転して、こちらは、鉄板だか網だかで焼かれちゃっている殉教者の姿っぽいですねぇ。




サン・マルティン、そういう殉教したんだろうか。

結構低い位置に、大サイズであるので、見るのも楽しいです。保存状態が良ければ、かなり楽しい柱頭たちです。




副柱頭も装飾的で美しいです。

ポルティカーダの後ろにある扉口。




洗いすぎちゃったのか、再建なのか、よくわからなかったんですが、アーキボルトは装飾的幾何学モチーフが並んでおり、柱頭は何もありません。ただ、入り口の敷石の減り具合は、本物ですねぇ。こういうのって、うっとりしちゃいます。
扉のスタイルは典型的なスペインロマネスクで、上部に軒持ち送りの彫刻が並んでいます。




ケンタウロスがいました。みんな地味でシンプルな彫り物ですが、どれも愛らしくって好みでした。上部はお団子横並びですが、よく見ると、十字の切れ込みが入っていて、ただお団子じゃないんですね。これは、肉眼ではとても気付かないところ。




そうそう、ケンタウロスは、柱頭にもいました。




確か、このソリア県、最初の方の記事に、この地域では、実にたくさんのケンタウロスに出会ったというようなことを書いたと思いますが、本当に、ケンタウロス、たくさんいましたね。
いつか、ケンタウロスならケンタウロス、二股人魚ならそれだけをリストアップしたページを作りたいというのが、一つの夢。モチーフだけでくくって、、あらゆる地域、あらゆる石工さんの作品を横並びして、時代を追ってみたりとか、地域性を考えたりとか、そういうところまでできたら…。多くの地域で共通するモチーフは複数ありますから、絶対に楽しいと思うんです。
でも、1週間程度の旅の写真をまとめるだけでこれだけ手間取っている現在、夢に過ぎません~!老後の楽しみ、と思っています…。

残念ながら、本堂はクローズで、入れませんでしたが、十分満足です。
ぐるりと、外観を一回りして、大切なものを見落としていないか確認しましたが、ポルティカーダのある面以外は、新しくなっていて、面白みはありませんでした。




ポルティカーダの面の軒持ち送りは、要確認。こちらも朽ちていますけれど、面白みが感じられます。




石色とか、見た目とか、凝灰岩系かな、と思うんですが、凝灰岩って、結構固いはず。でも、朽ちちゃうんですねぇ。
ここも、縁は十字入りお団子横並びですね。石工さんの何か、こだわりが感じられます。
お団子、大きさや形がまちまちで。見習い石工さんの仕事でしょうかねぇ。

例によって、人っ子一人いない村。
というより、私が到着したときは、道端で、老人と子供たちの姿が見えたのですが、教会見学を終えた時には、もう誰も。まさにお昼時だったと思います。
唯一、ちょっとだけかまってくれたのは、この子。




空腹の極致でしたが、朝ごはんでぱちってきたバナナと水で、何とか紛らわして、出発。
何か求めたくても、店もないんだから、仕方ないです。修行と呼びたくなるのは、こういうことでもあります。

さて、この地味な教会をもって、カスティーリャ・エ・レオンのソリア地区は終了です。いつか、サイト「ロマネスクのおと」にまとめるつもりでいますが、さて、いつになることやら。
この旅は、引き続きセゴビア県に移動して続くのですが、ちょっと小休止して、ロマネスク以外のことに寄り道するつもりです。
また、イタリアつれづれのくせに、スペインばかりでは何なので、久しぶりにイタリアについてもアップしようかと思ってもいますので、セゴビア県は、ちょっと先になりそうです。よろしく!

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  1. 2016/11/16(水) 07:39:33|
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