バルガ、続きです。
これがファサード。かなり地味ですね。そして、上部は、後代の再建のものだと思われます。というのも、前回も触れましたが、1900年代初頭に大地震があり、屋根が落ちたらしいので。本来のファサードのスタイルは不明です。
ポルタイユの装飾は、多分オリジナル。かわいらしいですよ。
こんな古そうな彫りこみがあります。意味、全然分かりませんけど。
さて、後陣を外から見るため、脇に回りこみます。南側はロンバルディア帯があるくらいの装飾でしたが、北側に、小さな扉があります。以前、北側は死者の側なので、装飾も地味、という説明のある教会がありましたが、ここでは北側の方が装飾的。
その小さな扉には立派なアーキトレーブがのこっていて、素敵なレリーフがありました。
この北側に、元は司祭さんとかの居住用だったらしい建物があり、今は、そこが地域の博物館となっています。時間がありましたので、入場したんですが、そこの受付をしていた地元の学生さん風の女性に、地震のこととか、いろいろと話を聞けたので、面白かったです。
とても地味な博物館でしたけど、展示は丁寧で、よかったです。
こんな素敵なレリーフが展示されていたり。
そして、この建物の地下は、近代に牢獄として使用されていたとかで、その部分も公開されています。他に誰もいなかったので、この二重の重い扉の中の独居房に入るのは、ちょっと勇気がいりました。中世の建物を牢獄に利用するというのは、結構あちこちで見られます。厚い壁で開口部が少なくて、適しているんでしょうが、なんというか、すごい再利用法ですよね。
さて、見るべきものは見たし、後はこの古い町並みを楽しみながら散策。そしてランチ。
旧市街の中心部にあったピッツェリアに入りました。そもそも、メニューを持ってくるのが遅い。注文を取りに来るのが遅い。で、すぐにいらいらっ、とするわたくし。
やっと注文取りに来た女の子に、「ガス入りのお水と、○○のピザね」と(勿論イタリア語で)注文したところ、返ってきたのは、「ホワッツ?」いやいや、これは絶句でした。
なんせ外人比率が高かったのは確かで、わたしの周囲からは英語しか聞こえてこなかったですしね。それにしても、イタリアの田舎で、イタリア語が通じないという事態は、さすがに驚きました。そして、注文した品の出てくるのが、また異常に遅かったので、切れそうになりましたよ(でも、ピザは意外とおいしかったので、切れずに済んだ。ホッ)。
なんだかな~、とちょっと鬱々とした気分で歩いていたところ、街角で変なもの発見!中世アンテナ、結構敏感です。
ちょうど手のひらサイズくらいの、いかにも中世らしいフィギュアが、改装されてきれいになっている建物の壁の一部に、ぽつんと落し物のように残されています。なんだろう、かわいいからとりあえず写真撮っとこう、と撮ってると、その建物にあるレストランの、屋外テラスに座っている女性二人が、日本人がどうとか言っているのが、耳に入りました。どうせまた、日本人は何でも写真に撮るくらいのことを言って、馬鹿にしてるんだろう、と嫌な気持ちになっていると、一人が近づいてきたのでした。
なんだろう?わたしが何を撮っているか興味があるのかな、と思っていると、やおら、「あなた、これ何か知っているの?」と来るのでびっくり。いやいや、かわいいんで…。「これはね、厄除け!」
ハート型に三つのくぼみがあるんですが、そこに、親指、人差し指、小指を当てると、厄除けになるんだそうですよ!昔は、どの家の壁にもあったけど、今はほとんど残っていないと。そして、これが残された建物にあるレストランの名前は、まさに「厄除け」でした!
こういうのは、楽しいですね。言葉が出来ることによる喜び。相手が言葉が出来るどうかなんてお構いなく、教えたかったら教えようとするイタリア人の気質の楽しさ。 なんせ、来るときに、黒猫に横切られているし、よしよし、これでチャラになったか、またはちょっと運が上向くかも、とほくそえんだわたしでした。 が、帰り道、ルッカへの途上にあるロマネスクに立ち寄るつもりで、バスの運転手に、どこで降りればいいかわかんないから、絶対教えてね、止まってね、と念押ししたのに、あえなく通過されて、気付いたらルッカに到着していました。ま、あれは厄除けだから、違うか。もしくは黒猫でもたらされたかもしれない不運をこの程度の軽い不運に払拭してくれたのか…。なんか納得できず。仕方ないけど。また来いということですね。確かにこの谷には、他にもいくつか素朴系、かつかわいらしい彫刻物がいくつかあるようですので、いつか行きたいと思いますし。 それに、予定より早く町に戻ったので、お買い物の時間が出来て、とても素敵な小物を買ったとさ。ラッキーなのか、ただの無駄使いなのか。
バルガの項お仕舞い。 次はピストイアに行きましょう。
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2009/09/26(土) 05:45:31 |
トスカーナ・ロマネスク
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| コメント:4
トスカーナのロマネスク聖堂のこと、なかなかいいですね。文と写真両方とも素敵です。初期キリスト教時代の直線的志向が残っていて、こういったものがスペインの初期ロマネスク時代11世紀初頭頃のカタルーニャ地中海周辺に移転してきたのだと思いました。次回以降の記述も楽しみにしています。
2009/09/26(土) 06:57:00 |
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勝峰 昭 #79D/WHSg
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elromanicoesさん、こんにちわ。
北イタリアとカタルーニャには、かなり共通要素がありますよね。今回、数年ぶりにバルセロナ近郊のカルドナで、パラドールになっている城砦のあるサン・ビセンスを訪ねました。以前行ったときはまだ今のようにロマネスクにはまっていなかったので、さらりと見てましたが、今回、多くのものを見た目で再訪して、こりゃすごい、と感動ひとしおでした。現地でちょいと情報収集したし、ミラノ・バルセロナは格安航空券があるので、近々、またまた訪ねるつもりです。
トスカーナは、普段親しんでいて大好きなロンバルディア系とは異なるのですが、でもいろいろな発見がありました。
2009/09/26(土) 20:59:00 |
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corsa #79D/WHSg
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東京の日曜日の朝はどんよりした空模様です。
カルドナのSant Vicenc聖堂は、ご存知のようにマッス性を如実に感じさせる壮大な初期ロマネスク美術時代初頭のもので、確かに凄いものです。横のパラドールの支配人のご好意で、説明を受けました。
確か身廊の高さは、スペインで3番目(一番はサンティアゴ大聖堂で22m、二番はハカ大聖堂で20m弱、三番目がカルドナで18m)だといっておられました。地下祭室もよかったでしょう?
この聖堂も、またずっと北の地中海沿岸の山腹にあるSant Pere de Rodes修道院聖堂も、北イタリアの初期キリスト教聖堂の影響をもろに受けていると思います。
イタリアには来年、一週間ぐらいの予定で、行きたいなあと思っています。種々教えてください。
2009/09/27(日) 01:52:00 |
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勝峰 昭 #79D/WHSg
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こちらは快晴。あまり気持ちのよい朝なので、思い切って、夏休みでサボっていたジョギングを再開。よい汗をかきました。
カタルニアの、比較的アクセスしやすい聖堂はかなり回ったのですが、Sant Pere de Rodesは、まだなんですよね。ジローナ周辺の小さいのをいろいろチェックして、次回はレンタカーで、是非訪ねてみたいと思っています。
イタリアですか、楽しみですね。お役に立てるかどうか分かりませんが、何なりと。
2009/09/27(日) 15:51:00 |
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corsa #79D/WHSg
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