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イタリア徒然

イタリアに暮らしながら、各地のロマネスクを訪ねた記録

床下にぽっかりと苔まみれの空間(ジウルディニャーノ)

2017.04.プーリアの洞窟教会巡り、その25

オートラントやカサラーノを訪問するために宿泊したのは、オートラントから内陸に少し入った小さな村ジウルディニャーノGiurdignanoですが、実はそこにも地下遺構がありました。

事前に観光庁に連絡し、ガイドさんの電話番号はゲットし、事前に電話すれば大丈夫、程度の情報を得ただけで、特に予約もしていなかったのですが、出発の日の朝に、思い立って電話したところ、イースターマンデーという、多くのイタリア人が浮かれて遊びに出る祝日であるにも関わらず、快く、訪問を受け付けてくださいました。

この旅では、どちらかと言えば、通常はクローズしている場所が多かったのですが、観光庁やガイドさんたちのおかげで、予想以上にしっかりと訪問することができ、驚きましたし、また感激でしたが、ここでもそうでした。だって、朝、かなり早い時間だったんですよね。

朝食後、町の中心の教会広場で待ち合わせ。




若干遅れましたが、駆けつけてきてくれたのは、若い娘さんでした。
なんということのない地方都市の、なんということのない普通の生活道路を進み、この、左手前方に見えるのが、目指す建物です。




が、この時点では、知る由もなかったので、ここです、と言われて、愕然としました。
正面は、こんな状態です。




扉前にいるのが、ガイドさんです。
扉の前には、看板が立てられていますが、このたたずまいだと、知っていなければ、完全に見過ごしますよね。
こうして、すっかり新しくなっている建造物から、新しい階段で地下におります。




一階踊り場を回り、さらに降りると、なんとまぁ。




いきなり、古い苔むした構造物が現れるのです。これはたまげますよ。




サン・サルバトーレ教会Cripta di San Salvatore(8/10世紀)。

短い階段が、千年以上の時を視覚化しているのですよ。これは興奮ものです。

この、地下遺構を中心に訪ねる旅で、一番最初に回ったモットラの教会群の、その最後にサン・グレゴリオ教会を見学した際、ガイドのマリアさんが、ジウルディニャーノの地下教会と、タイプが似ているとおっしゃっていました。
サン・グレゴリオは、フレスコ画も傷みが激しかったり、全体に他の教会に比べると、華やかさには欠けたのですが、構造的な印象は最もインパクト強くて、好きだったんです。それで、やはりこれは見ておきたいな、という気持ちになった次第です。

そして、やはり訪ねたのは大正解でした。




ここでも、フレスコ画の傷みが激しいのが残念ですが、でも、そういった装飾よりなにより、構造的なものが印象的なので、フレスコがダメだから楽しめないということはないのです。
上は、主祭壇ですが、素朴な祭壇に、うっとりしてしまいます。

全体は、以下のような構造となっています。




ビザンチンの典型的な構造で、三つ並ぶ後陣部分は、その手前よりも、ずいぶんと高い構造となっていて、間には、大きな障壁が置かれています。




奥が主祭壇、手前に黒くなっているのが障壁。
結構高い階段で、後陣が かなり高くなっているのがわかるでしょうか。

そして、他の地下教会でもありましたが、ここで注目すべきは、天上の装飾です。




ここでは、すべての天井装飾が見事に保存されていて、その存在感は、すごいです。










こういった装飾は、もともと建物を建てたのではなくて、岩盤を掘り出していることから考え出されたものなので、私はやはり、エトルリアなどの古代墳墓の装飾が、参考にされたと考えています。
何か、装飾を施したいけれど、たぶん、それほどの技術のある石工さんもいない中、こういったものであれば、比較的容易にできる装飾だと思うんですよね。

フレスコ画も、いくつか、うっすらは残っていますよ。




しっかりと技術のある人が描いた印象なので、この辺り一帯で活躍していた、フレスコ画家が、こちらにも来たのでしょうね。




おなじみの花が咲き乱れているこちらは、天国の図像があったのでしょうか。




実は、フレスコ画がダメなのは、時間の経過のためだけではなくて、教会としての機能がなくなって後、結構長い間、井戸として、水がためられていた時期があったせいもあるのだそうです。そのせいで、おそらく、岩に水がしみ込んで、苔もあるんではないでしょうか。大胆なことをしたもんです。
もともとは全体にフレスコ画があったそうですが、おそらく井戸として使おうとした時点で、多くは薄れていたんだと思いますけれど。

また、第二次世界大戦中には、防空壕として使われたと。多くの地下の遺構が、そういう役には立っていますよね。そのまま、忘れ去られていたそうです。

それが、近代になって、上に建てられた教会の、床工事の際に、ぽっかりと穴が開いて、再発見されたということ。おそらくその当時は、全面的に苔に覆われていたのでは、と想像します。
それにしても、かなり大きな空間ですから、本当にびっくりだったでしょうね。結構な町中だし。




さして広くない空間に、大きな柱がドカンドカンと立ち、後陣や障壁などの構造物に遮られて、全体の写真が撮れないもどかしさがあったのですが、それにしても、実に印象的で、訪ねてよかったです。

この地域に行かれる方には、是非訪ねたほしい場所の一つです。

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  1. 2018/07/05(木) 02:55:30|
  2. プーリア・ロマネスク
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
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コメント

No title

良い雰囲気が漂って居ますね!

この様な歴史の在る所を訪ねるのが大好きでした。
過去形なのが悲しい・・・・・
  1. 2018/07/04(水) 23:43:00 |
  2. URL |
  3. 古代遺跡めぐり<山下亭> #79D/WHSg
  4. [ 編集 ]

No title

> 古代遺跡めぐり<山下亭>さん
そうですね。
でも、世界中でいろいろなものを見たり触れたりされて、今は身近な世界に多くの発見をされていること、大変うらやましく思っていますよ。
  1. 2018/07/08(日) 17:18:00 |
  2. URL |
  3. corsa #79D/WHSg
  4. [ 編集 ]

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