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イタリア徒然

イタリアに暮らしながら、各地のロマネスクを訪ねた記録

大きければいいってもんじゃなかろうもん!みたいな気がしてきました…(モワサック その4-タルン・エ・ガロンヌ82)

2017.08.ミディピレネー及びオーベルニュはカンタルの旅、その105

モワサックMoissacのサン・ピエール修道院教会Ancienne Abbaye Saint-Pierre、続きです。
この教会は、ロマネスク美術史上の金字塔の一つとなるのかとも思いますが、かといって、ここもまた他の多くの教会同様、すべてがロマネスク時代のものではないのですね。

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ちょっと見えにくいかと思いますが、黄緑の部分が、最も古い時代9世紀のものと、近代のものが混在しているらしい場所、薄いピンク(回廊の内側の四角形部分になります)が、11世紀から13世紀、赤が12世紀、水色は15世紀となっていました。
というわけで、見学すべきは回廊、そしてずんぐりとした鐘楼の部分となります。

前夜、ナイトツアーをあきらめた回廊、翌日のこの日は、時間もたっぷりあるので、朝から入場して、じっくりと堪能することができました。

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見学しがいのあるボリューム感が、見て取れるような壮観な眺めですよね。正直、あり過ぎだろう、と思います。ここまであるとね、もうどうしていいかわからず、とりあえず、足が止まってしまうというか、ひるむっていうんですかね。そして、次の瞬間にはやにわに覚醒して、アワアワ脈絡もなく撮影を始めたりしてしまうわけです、毎度です。
でも、ここはある程度冷静に行かないと、何が何だか分からなくなりますから、よゐこの皆さんは、焦らず落ち着いて、取り組んでください、笑。

上の写真は、回廊という表示に従って、最初にアクセスするポイントだと思います。このころ、インスタでよく、こういう角度の写真を拝見していたもんで、まねて撮ったやつです。

時間かかっちゃうんですが、読んでます、解説。ということで、受け売りで行きますね。今回は、ロマネスク知識欲を満たす記事となります、珍しくね。

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この回廊は、当時のヨーロッパでも最大級のもの(38mx41m、回廊は5m幅)。
北西の角に、大理石の水槽も持つ泉が置かれていたが、1780年には姿を消してしまったということです。回廊には、水場がつきもので、よくあるパターンは、中央部の井戸ですね。そして、中庭は、ハーブ園などの植物栽培に使われていたのではないでしょうか。
水場は、修道院にとっても必須のアイテムですから、考えたら、そこに置かれる回廊は最重要なスペースという位置づけにもなるんでしょうかね。

それにしても、これだけ広大なスペースだと、瞑想しながら過ごす修道僧が何人いても、交差することもなく瞑想にふけることができそうです。

この回廊は11世紀のものとなっていますが、これ以前に、おそらくより小さいサイズの回廊があったということのようです。サイズが違うということは、完全にスクラップ&ビルドということなんでしょう。
石灰岩、または大理石で作られた円柱、角柱、柱頭が、ロマネスク時代のもので、その後13世紀、時代はゴシックになった頃に手が入り、レンガによるアーチ構造が作られたということです。

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この、柱頭の上の部分だと思うんですが、この際、どういう形で工事が行われたのかは不明、となっています。
もともとの構造は、おそらくレンガではなかったんでしょうけれど、でも構造的にはやはりアーチでしかありえないわけで、でも、なぜそれほど大規模な工事をしたかったんでしょうかね。
さて、その後は、近代になり、革命とか戦争の時代、宗教とは無関係な使われ方をした時代もあったそうです。硝酸工場とか、騎馬軍団の宿舎とか…。広さがよかったということなんでしょうけれど、当然そういった使い方によって、傷みが進んだということ。19世紀後半から20世紀に、それぞれ大規模な工事があり、戦後の20世紀における工事で、かなりオリジナルの姿が取り戻されて、今がある、というのが、大まかな歴史ということになります。

まずは、構造のかなめとなる、四つの角にある角柱部分から。
ここには、回廊の方に向けて、それぞれ二人ずつのペアで、使徒の姿が彫られ、計八体のフィギュアを見ることができます。

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これは、サン・アンドレア、北西角の北側にいます。そしてお隣には、サン・フィリッポ。

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御親切にも、各フィギュアの上に、ちゃんとお名前が記されているので、私でも分かるようになっているんです。見学の時に、いちいちちゃんと計算しながらとかできないもんで、あとから認識できず困ることも多くて、大いにありがたい石工さんですね。

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北東部の東を向いているこれはサン・ジャコモ、つまりサン・ヤコブさん、大きい方のヤコブです。そしてお隣はサン・ジョバンニ、つまりヨハネ。こちらは両人ともはだしで、立派なおみ足ですね。

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現地で、英文のガイドも買ったのですが、サン・ジェームスとか、サン・ジョンとかって、ちょっとなじまないですね、びっくりしちゃう。しっくりくるイタリア語を多用して申し訳ないのですが、聖人の名前って、どうしても英語読みは無理。

その昔、英国に英語を学びに行ったとき、まだイタリア語のイの字も知らない頃ですが、イタリア人のクラスメートがパオロというんで、「パオロってなんだよ、ポールだろ?パオロなんて発音するだけで気恥ずかしいわ」とか、ルチアという友人にも、ルーシーだろよ?と思ったもんですが、イタリア語になじんだ今となっては、英語発音が気恥ずかしくなるという逆転現象が起きております。不思議なもんですね。

さて、その他、東南の角には、東向きのピエトロさんと、パオロ。そして西南の角の西向きにバルトロメオ、お隣にマッテオ、というコンビでたたずんでいます。もれなく撮影したつもりでいましたが、どうやらそうでもなかったようです。

あ、バルトロメオさん、発見しました。

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とすると、お隣はマッテオさんですね。螺髪感がちょっとすごい。大きすぎてお饅頭サイズみたいになっていますが。

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この8名以外の使徒三名、については、どうやら、今は消失してしまった泉の場所に彫られていたそうです。あ、シモンは、西側の真ん中にいました。

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こう見ると、どうやら12使徒の名前もうろ覚えだな、オレ、という事実に気付かざるを得ません…。やはりもう少し聖書知識、必要ですな、反省!

えっと、使徒が置かれた順番は、マルコの福音書に出てくる順番ということになっています。伝統に従って、パオロがユダと入れ替わっているということですが、手元の聖書を調べてみても、意味が不明…。

さて、この人物フィギュア、扉の預言者たちじゃないですが、ほぼ実際の人と同じサイズとなるようです。どこもここもすごいですな、壮大で。で、私が、ちゃんとフランス語を理解できているのかどうか、若干疑問が残るところなのですが、出自は、近場にあった墓所の石棺に彫られていたもの、とあるんです。石工または工房は同じということです。
石工さんまたは工房が同じというのは、明らかですよね。
解説に指摘されていますが、誰もが、顔半分の、ほぼ横顔、右手を挙げていて、足はぶらぶらしているような様子、という同じポーズを取っています。彫りの深さは3センチか5センチ。これを浅いとするのか、深いとするのか、私などにはわかりませんが、中間的な深さのようですね。

解説では、トゥールーズのサン・セルナン教会の周歩廊の壁にはめ込まれている浮彫との共通性を指摘し、カロリングの象牙細工とか、金細工による祭壇装飾を彷彿とさせるものである、としています。
なんとなくのっぺりとした様子は、確かにサン・セルナン風ではありますが、ここのフィギュアは、それほどの装飾性を持っていませんし、全体にはあまりうなずけないような…。

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彫りは細かく、技術力はありますが、類型的な様子もあります。線もすっとシンプルだし、余計なものを排除したミニマリズムの感じで、石棺のために、もしかして量産されていたような既定のデザインのやつ?とかいう疑惑も…。

ただ、南側の真ん中に置かれた、この修道院長らしい浮彫を見ると、ちょっと似た感じも…。

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確かに共通性を感じますよ。正面向いているから、というのも大きいですが、これだけスタイルが異なるような。これは修道院長という特定のモデルがいるからですかね。やはり他は定型作品ですかね?

ひゃあ、グラン・フィナーレのモワサック、さらりと終わる予定が、なんだか半端に読み込んで、収拾つかない状態になっています。早く完了して次に行きたいのに、まだ柱頭が山ほど…。
ミラノも一気に暑さがやってきて、集中しにくい季節になってきましたのに、ふぅ。

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  1. 2021/06/13(日) 15:31:29|
  2. ミディ・ピレネー・ロマネスク 31-81-82-46-12-48
  3. | コメント:4
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コメント

ああ懐かしい

力の入ったモワサック特集ありがとうございます。
実は私のロマネスクッ原点がここなのです。1994年妻と娘2を伴ってフランスの古城(田舎)巡りをしたのですが、途中でロートレックのアルビを訪ねることに。ついでに近場だったモワサックを滑り込ませたのですが、彫り物の多さと回廊の静謐に打たれたのでした。そのとき一回きりですからこれほど丹念に見ることもなかったし知識もまるでなかったのですから、何に心打たれたのか不明です。
今回初めて、しっかり味合わせていただきます。ありがとうございます。
  1. 2021/06/14(月) 12:46:59 |
  2. URL |
  3. ote #TQU6yXy2
  4. [ 編集 ]

モワサック

今頃になって気がついたのですけれど、 この柱の聖人たち、 トゥールーズの サン・セルナン教会クリプトの天使たちと彫り方がにていますね。 特に二番目の聖人、頭とか衣文とか。
場所てきにも近いですし、 関連がありそう、どうでしょうか。



  1. 2021/06/15(火) 00:47:12 |
  2. URL |
  3. yk #C8Q1CD3g
  4. [ 編集 ]

Re: ああ懐かしい

Oteboxさん
1994年とは、ずいぶん昔にいらしていたのですね。当時は今ほど観光客の数も多くなく、どこもよい時代でしたね。そして私などは、ロマネスクのロの字も認識してなかった時代です。
Oteboxさんの原点はスペインかと勝手に思い込んでいたので、意外でした、笑。
フランス物は、なんとなく資料を読んでしまうことも多くて、どうせわかりゃしないんですが、読み込んで時間ばかりかかってしまい、こんな有様になっています。楽しんでいただけているなら、本当に嬉しく思います。
  1. 2021/06/20(日) 12:23:10 |
  2. URL |
  3. Notaromanica #-
  4. [ 編集 ]

Re: モワサック

YKさん、おっしゃる通りで、私も解説に疑いを持って、笑、改めて写真を見に行って、天使の姿にびっくりしました。ということは、これ、当時のはやりのスタイルで、定型的な図像だったりするかもしれませんし、面白いです。
いずれにしても、サン・セルナンとの共通性は、あちこちにみられるようですよ。距離的に近いし、どちらも大規模な建造物ですから、共通の石工さんがかかわっていることは、逆に当然な気もします。
  1. 2021/06/20(日) 12:25:49 |
  2. URL |
  3. Notaromanica #-
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