アブルッツォ週末ロマネスク修行(2018年11月)、その7
カラマニコ・テルメCaramanico Termeのサン・トンマーソ・ベケット教会Chiesa San Tommaso Becket、続きです。

やっとファサードの番です、笑。
さてこちらは、長年にわたり、色々な理由で、様々な変化を遂げてきており、オリジナルの名残はかなり少ないようです。
近年では、1706年、地域を襲った大地震による損害で、その後、かなり手が入ったということです。地震頻発地域ではないものの、まったくないわけではなく、数百年のリターンピリオドがあるということなんでしょうね。近年、リターンピリオドがかなり短くなっているのかもね。
創建時の計画では、柱で支えられたポルティコが設けられるというものだったそうですが、とうとう実現はしなかったのだそうです。どうやら計画倒れの名残が、扉の両脇にある角柱だと思われます。
考えると、こういう形で柱があるファサードって、結構見ている気がしますが、場合によっては、計画倒れのポルティコとか、損壊したポルティコの名残、という可能性もあるということなのかな。新たな発見だわ。
内部の構造に呼応して、ファサードには三身廊につながる三つの扉があります。

両脇の扉それぞれの上の方に、開口部がありますが、向かって左の方が、オリジナルの計画通りに作られたものだそうです。つまり、オリジナルは、無装飾の開口部、ということだったのかな。
右の方は、かわいらしい彫り物が施されている華やかな開口部です。

最も注目すべきは、扉上部のアーキトレーブにある彫り物と思いますが、解説では、このファサード全体に、工事を急いだ結果が表れているが、中でもこのアーキトレーブに顕著だとあります。

かなり深い浮彫で、玉座で祝福するキリストと、使徒たちが並んでいる図です。
もともとは、もっと横長の扉のために準備された図だったそうなんです。そのために、人物間のスペースなどが、ちょっとガタガタのプロポーションになってしまったりしているということです。

これさ、深彫りもすごいし、好き嫌い置いといて、まぁ保存状態がよろしいのはびっくりしますね。

全体のテイストは好きなタイプじゃないけど、とにかく保存状態に感動します。そして繊細さと、なんというか、生真面目さっていうのかな。この石工さん、絶対すっごい生真面目っていうかくそ真面目タイプの人ですよね?単なるイメージですけれど。
なんか、ポーズとか、絶対にモデル立たせてデッサンして、それで彫ったでしょう?と感じさせられるんですが、どうですか?
躍動感の反対で、限りなく作ったポーズを静止のまま表した様子。

服のひだも、完全に固まってますしね。
それでいて、あ、目線こっちにちょうだい!的な視線集中。もしかして、これって集合写真的な?みんな並べて、一人ずつポーズ決めて、全部決まった時に、はい!目線ちょうだい!チーズ!みたいな、ちょっとそんな感じに見えるんですよ。
だから、ごめん、キリストの祝福が、まさにピースに見えちゃうよ。
なんなら、ちょっと笑いをこらえている風にも…。
何人かの使途はとても美しいお顔をしています。

アップにして気付いたのですが、耳の後ろあたりについているハチの巣みたいのは何ですかね?何人かについているんですけど…。
さて、このアーキトレーブの上のリュネッタには、赤土で描かれた聖母子と二人の天使がうっすら見られますが、これは下絵で、とうとう実現しなかった絵なんだそうです。

きれいな絵ですね。時代は、創建よりはずっと後に下るものだと思います。
扉脇の柱柱頭を含む扉周りは、主に植物系の彫り物で装飾されています。
両脇扉についても同様で、主に植物ですが、ちょっとね、かわいいんですよ。最初が。向かって左の扉上。

かわいいですよね~。
キメラっぽい動物が口から緑を吐いていて、グリーンマン的な図になっているわけですが、この辺、やはり異教の名残があるらしいですね。そしてこんなところにも、カザウリアのサン・クレメンテとの共通項があるわけです。
右の方だって、負けちゃいない可愛さです。

こっちはドラゴンみたいなんですが、なんか固まっちゃってるドラゴン。やばいレベルの可愛さじゃないですか。
こちらも、植物の彫り物には、異常な几帳面さというか、粘着質系というか、そういう人なんですけど(決めつけ、笑)、このドラゴン見たら、全部許す、となりますよねぇ。なにを許すか分からないですけど。

さて、本堂内部でも言及したんですが、この教会、あちこちに落書き的な彫りものがはめ込まれていて、ファサードも例外ではないのです。というより、ファサードの落書きぶり、すごいんですよねぇ。最初は、扉周りとか王道の見学をしているわけですが、途中で落書きに気付いて、すっごく楽しくなりました。こんな宝探しも珍しいと思います。

これは、左扉のさらに左に置かれたもので、一番密で、一番よく残っている落書きたちかも。
それぞれがちゃんとしたテーマで彫られているので、これはどういう位置付けなのか、ちょっと分からないんですよね。他の場所に使われていた古い時代のアイテムを、修復とかの際にはめ込んだとかそういうことなのか、それとも、本当に落書き的にこういう風にあったのか。解説を複数読んでみたんですが、あまり明確な言及はないので、後者なのかと思えます。

一番左端に見えるのは、グリーンマンでした。
それから、右端のが、ちょっと解説が気になったやつ。

トウモロコシです。
もし、教会の創建が13世紀初頭だとすると、まだアメリカの発見はなく、トウモロコシはなかったはず、とあったんです。で、もしかすると、十字軍帰還の騎士によってもたらされたものか?とか。
思わずググってしまいました。
やはりアメリカ大陸原産で、コロンブスがヨーロッパに持ち込んだというのが定説らしいですね。で、広まったのはせいぜい15世紀とあるようなんです。だとすると、このアブルッツォにまで来るのは結構先になるはずなんで、十字軍による流通というのはあり得るかもしれませんね。いや、十字軍というより巡礼かな。
歴史の面白さ発見的なやつ。
現場で見ても、さすがにそれは考えもしなかったです。
これよりも中央扉より、というか中央扉のすぐ左側には、人物のうっすら浮彫があります。

すっきりしたお顔の様子からは、アーキトレーブの石工さんとの共通性を感じるので、同じ人かもね。
小さなサイズで、司教べラルドBerardoさんです。アゴスティーノ派の修道士で、杖に手を置き、もう一つの手には、教会のモデルを持っているようです。同人について、左側の扉に碑文で触れています。この教会が、サン・トマス・ベケットに捧げられることを望んだアゴスティーノ派の思いから生まれたことが記されています。
それにしても、司教の杖が、かわいいって、ありえないですよね。くるりんとしたところにかわいらしい動物のお顔が見えます。まじめなのに、落書き的な遊び心がある、不思議な石工さん集団です。
改めて写真を見ていて、もしかすると、全部の落書きは探せなかったのかもしれないという気がしてきて、うずうずと帰りたくなってきました。こういうタイプ、そそられますねぇ。
後陣にも回ってみます。

教会で最も古い部分ということですが、修復が行き届きすぎているのか、そういう感じもありませんね。
開口部が一つあり、両脇に二人の人物像が置かれていたようなんですが、多分、壊れていたと思うんです。というのも、この写真しかないのです。
像は、大天使ガブリエルと聖母で、受胎告知の場面を描いたものとあったのですが、ガブちゃんは、手に棕櫚を持っているとまであったので、一部は残っていたのかしら。わたしはここまで言っているのに、気付けませんでした、シュン…。
いずれにしても、写真整理で二度おいしい教会です。やっぱりもう一度行きたいな。
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- 2021/10/25(月) 19:12:34|
- アブルッツォ・ロマネスク
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