アブルッツォ週末ロマネスク修行(2018年11月)、その10
ボミナコには、前回の記事で紹介した教会のお隣にもう一つ、中世的には必見の物件があります。物件、というのも変ですけどね。

サン・ペッレグリーノ礼拝堂Oratorio di San Pellegrinoです。
この場所には、もともと修道院があり、前回のサンタ・マリア・アッスンタ教会は修道院の教会で、この礼拝堂も、もちろん修道院に属するものだったのですが、修道院のほとんどが消滅する中で、教会と、この礼拝堂だけが残った、ということらしいです。ただし、この礼拝堂の方は、一度ほとんど消滅状態だったのを、1260年、時の修道院長が再建したということで、今残っている内容は、教会に比べると、ちょっと時代が新しいということになります。
いずれにしても、外観は超の付く地味な様子ですし、この時は、細かいことについては事前にほとんど調べる暇もなく行っているため、この地に、教会と礼拝堂があることは知っているものの、見るべきアイテムについては、白紙でした。
それで、この地味な、なんなら結構新しそうな建物ですから、せっかくだから見ていきましょう、程度の気楽な気持ちで、鍵を開けていただいたわけです。

鍵番さんがいないと、この鉄柵、そして礼拝堂の二つのカギでブロックされてしまうので、直接コンタクトすることもなく、その上、本来の公開時間を過ぎているのに鍵が開けてもらえた、ということは、まさに僥倖でした。
それに、事前のインプットなしにいきなり遭遇、というのは、結構得難いことだと思いますので、それもある意味幸福だったのでは、と思います。

鍵晩餐が扉を大きく開けて、中にいざなってくださったとき、文字通り、息を飲みました。
内部のほとんどの壁がフレスコ画でおおわれているんです。それも、非常に色鮮やかで、保存状態も良好です。

(入り口方向を向いたもの。)
照明も考えられていて、まさに燦然と輝いていて、往時の人たちも、これほどくっきりと明瞭に見ることはできなかっただろう、という状態で、しばし、ここはどこ?という気持ちになること必定です。
いやこれ、事前に調べていれば、というか、ほとんどの人は何があるかちゃんとわかってくるのでしょうから、あ、想像以上にすごいな、ということはあっても、ここはどこ状態にはならないと思うんですよね。だから、白紙で行ったおかげで、なんというのか、常にない衝撃的な眺めを、衝撃とともに、ポカーン、と眺めることができたので、そういうのは面白かったな、と思います。
礼拝堂は、見ての通り一つのスペースからなり、天井は、とんがりのあるアーチ構造となっています。スペースとしては18x5.80メートルで、105平米ということですが、フレスコ画の施されている部分は、なんと470平米にもわたるんだそうです。
建てられている場所は、サンタ・マリア・アッスンタ教会の後陣の写真でも気付かれた方がいるかと思いますが、土台がちょっとした高低差のある、結構な岩場です。そのため、この礼拝堂も、その地形のままにたてられているようで、後陣に当たる部分は、平地ではないのですね。

それなら、もうちょっと前の方に建てたらよさそうなものなのに、あえてその岩場をそのままに立てているようで、奥の方は、階段構造になっています。

そういうのって、なぜ?と不思議に思うのですが、神聖な場所はここだから!となると、融通利かないんでしょうね、きっと。
構造的なところに注目すると、最初の内部の写真で、スコラ・カントラムのように見える障壁状のものが分かると思います。勝手にスコラ・カントラム、と思っていましたよ、なんか彫り物のモチーフも、古典的でとってもスコラ・カントラム的に思えたので。でもこれ、説教壇となっていますね。内側から見ると、確かにそういう構造みたいです(内部二枚目の写真で、彫り物の反対側が見えますが、人が建つような場所が作ってあるように見えますよね)。
左にドラゴン、そして右にグリフィン。


さて、フレスコ画は、お誕生と復活メインで、その他使徒や複数の聖人が描かれているようです。上の方に、お誕生ストーリーがあるようです。

時代的に、すでにゴシックが入っていています。アブルッツォにおいても、最初のゴシックの一つとされているようです。でも、まだ走りの時代だからでしょうか。フレスコ画も含めて、ゴシック苦手の私にも、さほど抵抗がない程度です。

下の方には、復活に至るまでのストーリー、


例によって、目移りしちゃって、おろおろうろうろ、撮影もめっちゃくちゃ。
この時は、教会同様、鍵番さんを、時間外拘束しているということも気になっていますから、さらにとりとめもなくうろうろしていたように思います。
鍵番さんは、親切にも、外に出て、掃き掃除などしていて、邪魔にならないように、というか、時間の無駄にならないように、でしょうかね?

うまい絵とは思えないのですが、いろんなテイストを無理やり盛り込んで、なんか一所懸命形にしているっていうような感じで、嫌みはあまりないんですよね。オリジナリティは少ないけど、とにかく努力家の方、みたいな。相変わらず、失礼発言、笑。
障壁の内側の方は、預言者などが描かれているようです。

それぞれの場面の縁取りなども、結構派手なんですが、古典的なモチーフも使われていますよね。
こちらは、ファサードの裏側でしたでしょうか。

絵の下の方が、傷つけられているところを見ると、このフレスコ画、少なくとも部分的には、漆喰に覆われていたのでしょうか。
よく、後代の上塗りしてフレスコを施す際、上塗りの漆喰が定着するように、こういう傷つけ方をしますよね。でも、ごく一部にとどまっているので、そういう計画があったものの、幸い実行されなかった、とかそういうことなのかもね。

脛を出して、いかにも川を渡る様子のクリストフォロさんがいますね。彼の衣装が、とても装飾的でビザンチン的。
装飾的モチーフに、ビザンチン風も取り入れているみたいです。あたかもモザイクのようなタイプのやつ。

フレスコ画の作者は、修道士たちであったとされているようです。よくは分かりませんが、修道士には、各地に滞在している人などもいますから、それで色々なテイストを学んだ人などがいたのではないでしょうか。
当時の知識人とか芸術家的な職人さんは、ほとんど聖職者が担っていたわけですけれど、技術偏執タイプとか、表現力偏執タイプとか、とにかく聖書教条一本やりタイプとか、いろんな人がいたんじゃないかなぁ、とか思うんですよねぇ。そういうのって、時代が下るにつれて、さらに方向性が分かれていくっていうか。
ロマネスクのあたりまでは、職人さんと同レベルで、とにかく形にすること優先なのが、徐々に個性とかやりたいこととか強くなるっていうか。
もしかすると、ゴシックというのは、そういう方向への過渡期となるのだとしたら結構見方が面白くなるかもね。
ということで、せっかく購入した本を、ろくに読まずに、また勝手なことを書いてしまいました。
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- 2021/11/01(月) 16:53:34|
- アブルッツォ・ロマネスク
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| コメント:2
すばらしいですね。 息をのまれた、と言うのがよく分かります。
こういうのを見せてたいただくと、体力的にもう海外が無理になってしまったことがとても残念に思えます。
- 2021/11/03(水) 15:08:02 |
- URL |
- ykharuka #C8Q1CD3g
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ykさん
体力気力もそうでしょうが、Covidの影響がとにかく大きいですよね。
昨年も今年も、海外に行けない分、これまでに気になっていたイタリア内の中世を深めることができたのは、怪我の功名と言えるかもしれませんが、やはり、何も気にしないで、普通に飛行機になって、当たり前のように海外に行ける日々が戻ってきてほしいと思います。
- 2021/11/07(日) 16:44:53 |
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- Notaromanica #-
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