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イタリア徒然

イタリアに暮らしながら、各地のロマネスクを訪ねた記録

ニッコロ棟梁(ロショーロ・ディ・マルシ その2)

アブルッツォ週末ロマネスク修行(2018年11月)、その20

ロショーロ・ディ・マルシRosciolo di Marsiの、サンタ・マリア・イン・ヴァッレ・ポルクラネータ教会Chiesa di Santa Maria in Valle Proclaneta、続きです。

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正面は、こんな様子。正直、何らの魅力も衝撃もないですよね。
後ろの方はどうかというと、こんな感じとなります。

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後陣も、私は特段好きではなく、外観的には、すっごく頑張ってきた割には、意外と大したことないじゃん、という印象に尽きるかも。

この地域、直近では2009年に地震に見舞われたのですが、実は歴史的にも、それなりの頻度で、繰り返し地震があったようです。2009年の前は1915年で、その時はかなりの損壊があったようですし、前述した本でも、中世のころから、100年前後のリターン期間で地震が起こっているようなんですよ。

イタリアは、もともと南部の方に地震がある国で、それは知っていたのですが、自分がイタリアに暮らしだしてから、比較的最近に集中して、ちょっとずつ震源地ずらしながら、中部の地震が定期的に続いているので、だからなんとなく、南部ではなく中部に頻発しているからいやだな、そのうち北部にも来るかもしれないし、などと考えていたのですが、そういう記録を見ると、最近が、たまたま、繰り返しの時期に当たっていた、ということになるのかもね。
まぁ、そのように度々地震に見舞われているので、あちこち損壊しており、修復や再建がなされているということだと思います。

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さて、後陣ですが、写真に見られるように、カクカクしたスタイルで、購入した本では、装飾部分はロマネスクが採用されたプレゴシックとされています。

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後陣の筒状の部分は、三段に分割されていて、一番下の段の柱頭は、最も繊細な装飾があり、ビザンチン風となっています。真ん中部分へとつながる帯は、アーカンサスのとげとげで、柱頭の上には、ライオンまたはそれ以外の動物フィギュアが載せられていたようです。損壊してしまって、全体が残っているのはなかったかと思います。
上の方は、装飾が単純化していき、シンプルな植物モチーフとなっています。

一番上部の軒下部分ですけどね、現地ではもちろん、今見ていても、本読まなきゃ気付かなかった。

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アーチ状になっているけど、半円のと、クローバー上のが交互になってるのね。
これって、よくフランスで見かける、半円ととんがり三角のブラインドアーチが交互になっているやつを彷彿とします。イタリアのロマネスクでは、多分ないよね?
ということは、やはりゴシックのテイスト、ということになるのかな。
作られたのは、1400/1450年と、かなり後付になるようです。

つまり、かなり新しいですけど、教会の創建は古いし、他の部分は?
ということで、ファサード側に戻ります。

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ファサード側には、ナルテックスともプロナオスともされている前室スペースがありまして、その入り口の右側柱部分だったと思いますが碑文がはめ込まれています。

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すごいはっきりした彫りですが、もうね、古文書というだけで、私はダメ。ラテン語らしいので、もうちょっと分かってもいいんじゃね?と思うんですけど、ダメです。「この作品は、有名なニッコロNiccolo’の手によってなされた」とあるそうなんですが、最初の「H LOPVS EST CLARI MANIBVS FACTV NICOLAI」とあるところかな。

じゃあ、ニッコロが誰かというと、よくわからないそうですが、いずれにしても、スポンサーが地元の有力者であり、ベネディクト派がいたことから、それらの人々に、もともとあった教会を再建依頼されるに足る高位専門建築家であったはず、ということになっているようです(聖職者であった可能性もあり)。

このマエストロが、自らの装飾的知識のみならず、この地域または他の土地からも、優れた職人や技術者を連れていたらしいです。
この時代、この土地では、モンテカッシーニ修道院が権勢を誇っており、そこに連なる地域の修道院教会には、多くの共通する装飾が見られることから、同じようなメンツが、そこかしこで働いていたのでは、となっていますが、これは、実際に現地を回れば、だれでも納得する話と思います。

話が前後しますが、諸説ある中で、多くの研究者が同意している現在の教会は起源は、以下となっているようです。
「最初の教会は、おそらく2世紀に、異教の教会の上に建てられたもの。その後8世紀から9世紀に、修道士または隠遁の聖職者によって建てられた教会。さらに、10世紀、ローマ風のバジリカ様式の建物に、棟梁ニコロによって立て替えられ、11世紀及び12世紀に、今でもみられる装飾的な部分が付け足されたもの。」

分厚い本=資料がふんだんにあると、色々興味も沸いて来ちゃって、楽しいけれど、まとめるのが大変です。
次回、衝撃の内部です。

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