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イタリア徒然

イタリアに暮らしながら、各地のロマネスクを訪ねた記録

最後の王デジデリオさんの習慣(カペストラーノその4)

アブルッツォ週末ロマネスク修行(2018年11月)、その34

さて、カペストラーノCapestranoのサン・ピエトロ・アド・オラトリウム修道院教会Abbazia di San Pietro ad Oratorium、続きです。

ファサードの扉周りですが、すでに紹介したもの以外についてです。

abruzzo 406

扉の左右両脇に、彫り物が見えると思いますが、これは、サン・ヴィンチェンツォ・ディアーコノと、預言者ダヴィデと解釈されており、近年の研究では、サン・クレメンテ・ア・カザウリアの中央扉にあるアーキトレーブ、そして、王の姿を彫った石工の作品ではないかとされているようです。

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カザウリア、旅の最初の場所なんで、忘却でしょうか。こんなやつです。左スレッドのアブルッツォ・ロマネスクから、前の記事を見ていただけるとディテールが見られます。

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向かって右側に置かれた、王冠をかぶった男性のフィギュアは、中世後期の造形性を感じさせるが、預言者ダヴィデとしているが、実はデジデリオ王を表しているのではないか、と複数の研究者によって、まことしやかに考えられているものです。その男性像が指さしている碑文に基づく解釈で、碑文は、

SCULPTORIS IMAGO APPARUIT ITA IN SOMNIS HAEC

とあり、意味は、「このイメージは、石工の夢にまさにこのように表れたものである」となります。

意味を考察する解説には、以下のようにあります。

「建物の本当の起源という謎が、夢の結果ということにされている。それは、レーノLenoの修道院の起源を彷彿とさせるもの。
王様が、狩の後の疲労から、Leno川のほとりで眠り込み、蛇が頭に巻き付いているという夢を見たが、実際にそのような状態になっていた。
従者は、蛇がかみつく危険を恐れて、王を起こさなかったが、運よく、蛇は勝手に遠ざかっていった。王が目を覚ました時、夢の話をした。従者は、実際に目の前で起こったと同じことを話すので、びっくりした。夢の中で、蛇は、ある場所を示したのだが、それは、実際に蛇が去っていった場所だった。その場所を彫ってみると、三頭の黄金のライオンが見つかった。
頭を取り巻いた蛇は、将来自分が王になるというメタファーで、この不思議な夢を見た場所に、レーノ修道院が建てられた。おそらく、この場所では、似たようなことが起き、それが、この碑文に彫られたのではないか。」

レーノ修道院というのは、ミラノから100キロほど東に行ったブレーシャ郊外にある土地で、実際に758年に創建の修道院があったそうなんですが、なんと、18世紀後半、ベネチア共和国に破壊されてしまったということです。ベネチアも悪いことやってますよねぇ。一部、碑文や彫り物などが、ブレーシャのサンタ・ジュリア博物館に所蔵されているということで、私も過去に、何かを目にしているのではないでしょうか。にわかには思い出せないけれど。

このエピソードで思い出すのは、前回も言及したと思うのですが、チヴァーテのサンピエトロ創建の話です。
改めて確認しないので、間違ってたらごめんちゃい、ですが、あそこもデジデリオ王が絡んでいて、狩の後ケガをしてどうたらこうたら、と言う話じゃなかったでしょうか。
つまり、デジデリオは、「狩が大好き、どこでもすぐ寝ちゃう、その場の思い付きや霊感に従って、教会や修道院建てまくり」という人だったのかな、と。

なお、写真右下、身体の下の方に、やはり文字が彫りこまれており、これも近現代の落書きではないですから、当時のものと思うのですが、言及は見つかりません。
文字も、Aの上に線画走っていたり、なんとなくアーキトレーブの文字との共通性が見えますよね。

abruzzo 409

ちなみに、右側に置かれたサン・ヴィンチェンツォとされているものについては、何らの説明もなく、ごめんなさい。一番著名なヴィンチェンツォさんは、14世紀の聖人らしく、この時代に取り上げられる人は、どこのどのヴィンチェンツォさんなんだろうか。

解説で、面白いと思ったのは、
「信者の多くが文盲であった時代からすでに、デジデリオ王とサン・ヴィンチェンツォの姿とともに、アーキトレーブに碑文をはめ込むなど、教会の創建が古いことをことさらに強調するように感じられる」という記述。
確かに、文盲率高い時代ですよね。アーキトレーブにだって、何か装飾性のあるフィギュアを彫った方が、信者は嬉しかったのではないかと思うんですよ。棟梁が、変にインテリだったのかなぁ。

扉脇の角柱になっている部分の装飾も、気になりますよね。すごく繊細な彫りです。
左側は、ドラゴンの口から吐き出されているブドウのつる枝。

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縁取りの装飾的な帯が、すごく細かくて、高度な技術が必要になるものですよね。これは石だと思いますから、石工さんのテクニックも道具も、ハイレベルです。時代が下るのかな。

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右側は、アーカンサスの葉っぱからつる草文様となっています。こちらも、周りの帯がすごい。

リュネッタには、フレスコ画があります。

abruzzo 412

割と古そうなんですが、そして、調べているときに、どこかで言及されているのを見たように思うのですが、見つかりません。重要度は低いようなので、同時代ではないのでしょうね。そもそも、こんな場所に放置してませんよね、12世紀のものだったら。

ということで、なかなか先に進めませんが、次回は中に入りましょう。


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  1. 2022/03/25(金) 18:00:27|
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