fc2ブログ

イタリア徒然

イタリアに暮らしながら、各地のロマネスクを訪ねた記録

巡礼路の具体的な距離を考えると(セレシュタ?/セレスタ? その1)

最初で最後のアルザス中世、多分…(2019年4月)、その11

alsace 104

セレスタSelestat(例によって正確な読み方不明のため、グーグルで出てきた表記としてます)のサント・フォワ教会Eglise Sainte-Foy。

長らくブログ見てくださっている方にはお判りでしょうが、こういう壮大タイプの教会、私の好みではないです。イメージとして、ゲルマン系ですよね。もともとドイツ・ロマネスクには全く興味がないのですが、アルザス来て、さらに実感したといいますが、合わないわぁ。
こういう好みって、やはり最初の刷り込みっていうか、好きになったきっかけによるのかな。私の場合はカタルーニャでのロンバルディア・タイプがきっかけなので、どうしたって南欧、それもタイプ的にはカテドラルではなくて田舎の礼拝堂レベルへの偏りが激しいです。

そういう意味で、アルザスでは、一見で気持ちが引けてしまい、投げやりな見学もしてしまった反省があり、この辺りからちゃんと宝探ししないといけないことが分かってきまして、それはもう徹底的に、なめるように、精神で突撃です。

alsace 105

後陣側は、なんか安定の美しさで、ほっとします。
ところで、現地では気にも留めていなかったのですが、この教会、聖フォワに捧げられているんですよね。フォワさん推し教会って、基本フランスだし、基本、あそこしか知らない、っていう程度ですよね。あそこ、そう、コンク。

今、解説読んで知りましたよ。ここね、あのコンクのサント・フォワ修道院い従属する参事会修道院教会なんですってよ。
解説によるとですね、「1087年、Bürenのフリードリヒの未亡人であるイルデガルダが、サン・セポルクロの祈りのために礼拝堂を建て、その息子であるストラスブール司教オットーによって奉納されました。1092年、オットー、ホーエンシュタウフェンのフリードリヒ(有名なバルバロッサ=赤ひげ王らしい)とコンラッドが、サンチャゴ巡礼からの帰りに、コンクの修道院に泊まりました。大変な世話になったこともあり、母親のイルデガルダに、コンクの修道士たちに、新しい礼拝堂を寄進することを提案しました。1094年、コンクの修道士たちがセレスタに定住し、修道院長は、その本部から、サント・フォワの名前を受け取りました」ということで、ガチ、創設がサント・フォワとつながっていたということなんですよ。

ちょっとね、どのフリードリヒやらコンラッドやら混乱しますが、いずれもスヴェーヴォの人たちだと思います。この辺り、つまりホーエンシュタウフェンだっということなのね。

でさ、ファサードに二本の塔、翼廊の交差部分にもう一本の塔というスタイル、サント・フォワと同じとなるのかな。同じタイプ、アルザスでは、こことGuewillerだけだそうです。

エピソードのどこまでが真実で、どこから持っているのか不明ですが、サンチャゴまで行ったというのは、へーっと思いました。カンタベリーからローマ(1630キロくらいらしい)に巡礼したシジェリコは、確か900年代のことだったと思うけど、その100年後くらいの話だからありとは思うけど、聖職者じゃないしね。

ちなみに、このセレスタから、コンク経由でサンチャゴ行くと、1780キロ超。
すごいよね。
免許取り立てで、ミラノからスペインのカタルーニャまで行ったけど、それが約1000キロ。マイカーで行ったことはないけど、列車で直行したことあるパレルモが約1000キロなんで、そこまでのイメージはあって、しかしそこからさらに長い旅って、すごいよね。だってさ、行くのはいいけど、行ったら必ず帰らないといけないんだからね。疲れたから帰りは飛行機にしようってできないんだからねぇ。
あ~、脱線しまくり。

中に入ってみましょう。

alsace 106

窓もこんなで、ゴシック風満載です。
でもね、全体見るとこんな様子で、割となじめるし、何かありそう。

alsace 107

こういう写真見ると、事前事後、って感じちゃう。なにがってCovidです。今は、こうやって椅子が並んでいたとしても、間にバッテンがついていたりするしね、ひどい時は椅子が半減どころか、という数しか置いてなかった…。これは事前だから、当たり前の日常だった姿。

alsace 108

シンプルな植物モチーフの柱頭がありました。

alsace 109

解説には、アルザスの伝統的なモチーフが彫られているとあります。コンクとは違って、聖書エピソードなどもありませんし、あちらから石工さんを呼ぶということはなかったということになるのかな。

alsace 110

シンプルさが身上、的な彫りが多いですね。

alsace 111

幾何学テイストとフィギュアを合わせるというのが、アルザス風とあるので、この上のなどはそういう一つになるのかな。植物モチーフが、ちょっと幾何学的な様子で、面白いですよね。フィギュアは超プリミティブでかわいいし。

alsace 112

時代も、石工さんも、複数というか多岐にわたる印象です。柱頭それぞれが、ずいぶん違うテイストなんですよね。どれもそれなりに面白いんです。
悪い癖で、気持ちがはやっちゃうんで、興奮すればするほど順不同で撮影しちゃうんで、いつもどこに何があったのか分からなくなっちゃうんですけど、そういうところ気を付けると、もうちょっと流れだったり意図だったり、そういうものも見えてくるのかもしれませんね。ま、そこは、研究者及び研究者体質の方にお任せしましょう。

下は、洗礼盤の脇の壁に掛けられていた石版。

alsace 113

例のにっくきフランス革命ですかね。顔がなくなっていて、大変残念な彫りです。お二人、手をつかまれて、ご昇天ですね。どなたかしら?

で、ふと足元に目が行って…。

alsace 114

久々のお足元注意!でした、笑。
忘れずに、確認くださいね!

alsace 115

ちょっと長くなってしまったので、一旦切ってから外観いきます。好みじゃないとかほざきながら、お宝満載ですよね。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
日々の生活をつづる別ブログです。ご興味あれば、以下に飛んでくださいね。
イタリアぼっち日記

ブログランキングに参加しています。よろしかったら、ポチっとお願いします。
にほんブログ村 美術ブログ 建築鑑賞・評論へ
にほんブログ村

にほんブログ村 海外生活ブログ イタリア情報へ
にほんブログ村

インスタグラムに、これまでのロマネスク写真を徐々にアップしています。
Instagram, Notaromanica
スポンサーサイト



  1. 2022/08/25(木) 11:54:49|
  2. アルザス・ロマネスク 67-68
  3. | コメント:0
<<塔の装飾と開口部(セレシュタ?/セレスタ? その2) | ホーム | マネゴルトさんと叙任権闘争(マルバック修道院)>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する