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イタリア徒然

イタリアに暮らしながら、各地のロマネスクを訪ねた記録

プラトンから微積分まで(サン・ブノワ・シュル・ロワール45 その3)

2019年8月夏休み、フランス中部の旅、その93(ロワール)

サン・ブノワ・シュル・ロワールSaint-Benoit-sur-Loireのフルーリー修道院Abbaye-de-Fleury、続きです。

間があいてしまいましたが、さぼっていたわけではなくて、現地で購入した本を読んでいたんです。読むったって、フランス語ですから、いちいち自動翻訳通して、日本語にして…、とかなり面倒な上に、おそらく結構読みにくい文章だし、内容が「教会の歴史とシンボル」という、美術とは直接関係ないっていうか、いや、関係なくはないけど、装飾的アイテムだけを見ていくなら、知らなくてもいいかな、という内容で、正直言って、日本語にしてもさっぱり分からなかった…涙。
でも、シンボルとか図像学とか、分からないなりに興味を惹かれてしまうタイプなんで、読んでいけば分かってくるんじゃないか、という期待のもとに、100ページ超の本を、斜め読みしたんですが、最後までたどり着いても、さっぱり。基礎知識のないことが決定的に裏目に出ているんだと思います。
別に、専門の勉強をしかるべき場所で学んだわけでもないので、当たり前っちゃ当たり前ではあるのですが、でも、長く現場巡りをして、色々見たり聞いたり読んだりしても、蓄積が限りなく薄い事実を思い知らされて、絶望、いや、それは大げさですが、かなり情けない気持ちです。

そもそも、導入部がこんな文章ですから、そりゃ、あなたとは相容れないわ、ということですよね、笑。

「この大聖堂は、芸術が宗教と一体となっていた時代に建てられました。プラトンの学派では、美しさは真の、善の、一の輝きとして認識されます。大聖堂は本来、美的な目的のものではありません。その美しさは、真実、善性、それを超えた統一性を反映しています。」

プラトンですよ、いきなり。でかく出て来ますよね、笑。これは私が求めているものではないだろう、とビンビンに伝わってくる文章ですよね。ではなぜ読み進めてしまったというと…。

「聖ベネディクトは『修道士規則』の中で、”礼拝堂で、その目的に反することは何も行われない、あるいはそこに置かれない”と、かなり象徴的な意味を持つ教訓を記しています。礼拝堂は、一般または個人の祈りのためにあり、それ以外の何物でもありません。その特定の目的は、その装飾だけでなく建築にもインスピレーションを与えます。」
「したがって、このロマネスク様式の教会では、キリスト教の信仰を祝うのは図像だけではなく、計画、特性、構造、および建物のすべての要素にもよるのです。その意味を理解するには、当時の考え方や憶測に疑問を持ち、その神聖な科学(聖書、教父たち)と人間の科学、トリヴィウム(文法、修辞法、弁証法)とクアドリドリヴィウム(数学)、幾何学、天文学、音楽)。これらは、十字の計画、東への向き、高さの象徴、円(空、永遠)と正方形(宇宙、創造された地球)の象徴など、教会建築のいくつかの一般的な法則を理解するのに役立ちます。」

といったことが書かれており、その後、数字の話が始まり、延々と数字と建築の関係が語られていくのです。蘊蓄みたいなことが好きなタイプにはドツボです。

前々回、教会の歴史に触れた際、ちょっとは書くべきだったのですが、やはり美術に特化しようとして、あえて端折った人物がおります。その際言及したガウズリンGauzlinさんの前の時代に、この教会にかかわった人物、Abbonさん(987年-1004年)という方。この方が理論派というか、要は学者であり修道院長だった、という方で、算術、天文学、暦学に優れていた方で、私が読んだ本を書かれた方は、このアボンさんの数学理論が、如何に教会建築に反映しているか、ということを延々と書かれているようなんです(読んだはずだけど、薄紙が挟まっているような程度の理解しかできていないのです)。

数字の解説から、ある数字の二乗がどうだとかこうだとか…。そして、その数字のもとはキリスト教の暗示が含まれているとか…。数字が反映された、柱やアーチの数であるとか…。

これだけたくさんの教会を訪ねて、本当に多くを見てきているにもかかわらず、12とか象徴的な数字が見えてもピンと来ない程度の私のおつむと知識では、とても、簡易にまとめて説明するなどできないので、詳細を書くことはしないのですが、ただ、なんとなく聞いたことはあるけど、まとめて考えたことはない数字の話、それも非常にプリミティブなレベルのやつね、そこは、注意が喚起された気もして、やはり、修行的な辛さを感じつつも、読んだことは無駄ではなかろうという気持ちではあります。

例えば、7という数字。「聖書の中では完成や完全を意味する。3は神の世界、4は自然を意味しているので、それを合わせた完成が7.7日目に、神は天地創造の仕事を完成し、第七の日を祝福し聖別され1週間が七日となった。とか、8「新しいスタートを意味する。洪水によって人類を滅ぼした神は、ノアを含む8人だけを助け、新しい人類を始めた。主は、8日目の朝に復活され、その日こそが新しい時代の始まりとなった。」

上は一般的な解説だけど、本では、こういったことが、延々とね、かなり複雑化して説明されていくんです。アボンさんが、複雑にしてるんだと思うんだけどね、笑。いや、建築に反映しているはず、ということで、若干そこまで?こじつけちゃうの?と感じるほどね、解説していきます。

例えばね、「大聖堂の身廊の大きな翼廊の丸天井は、交差のドームから完全数 28 の構造を再現しています (翼廊: 1 つのドーム + 2 つの支柱 + 4 つの小後陣 = 7; 身廊: 7;側廊: 7x2)。」みたいな感じ。
シンボル化された数が使われるというのはあるあるだし、実際あるんだろうけども、ここまで?ってのはある。でもアボンさんって、当時で微積分の本を物したりするガチ数学者だったらしいし、そういう点ではガチ実践したことはあり得るよね。
それにしても、当時って、知識人=宗教関係者だったわけで、信者である庶民と教会内部の人々の落差がすごいな。

というわけで、得たばかりの知識をひけらかすのは、笑、この程度にして、いつものようにレベルの低い美術探訪を始めたいと思います。情けないのう。

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内部なんですが、ここでさらに情けないのが、例によって順不同に撮影しまくっているため、何がどこにあったかも不明なら、適切な本を購入してないので、柱頭の内容も不明、とな…。

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とにかく、あらゆる場所に、それこそ立派な浮彫が施された柱頭がありますので、目移り必至。
こんなんだありますよ、敵に、並べてみましょう。たまには、そんなんもよし!

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後陣にあったらしい。ブドウ畑の人物。あ、ツルだけど、ブドウではなさそうですね。

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エリザベス訪問も、同じような場所にあったような。他のバージョンもあったような。
時代を超えて配置されているとか本にもあったので、おそらく異なる時代、もちろん異なる石工さんの作品が、割と混ざった状態で置かれているような様子もあります。もちろん、一定のテーマのもの、例えばサン・ブノワのエピソードなどは、まとめて置かれていたりするようですが、撮影した中には、ほとんど見当たらず。
ここは、後々ちゃんと整理したい方々は、本当にきちんとシステマティックに撮影しないと、ごっちゃごちゃになりますので、浮かれずに冷静に見学することをお勧めします、笑。

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手がかなり違いますよね。これは、ちょっとプリミティブというのか、全然方向性が違います。
違う、という点で驚いたのは、こちらのタイプ。

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これ、トスカーナにいくつかある大好きなパターンの浮彫とテイストが似てます。渦巻きモチーフもそうだし、ちょっとびっくり。
再建だったりするのかな。それにもしても、どっから来たと言ったら、やっぱりトスカーナ…。

ちなみに、下は、Montepisano地域のVicopisanoの教会にある浮彫。

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人物フィギュア的には、とても似ているなって思います。渦巻きモチーフを使ったちょいとプリミティブな様子の柱頭浮彫は、Stiaあたりにありますが、味があるんですよねぇ。
それにしても、このサン・ブノワの人たち、不思議になります。

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ろくな写真を撮っていませんね、あきれるわ。


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  1. 2023/12/03(日) 12:31:45|
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  3. | コメント:0
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